「露地栽培はもう時代遅れだ」「これからは全て工場のような施設で野菜を作るべきだ」——農業の未来について語られる際、しばしばこのような極端な議論が交わされることがあります。確かに、異常気象が常態化し、猛暑や豪雨が毎年のように農作物を襲う昨今、環境を完全に制御できる施設園芸や植物工場の魅力は増しています。しかし、果たして本当に露地栽培は「オワコン(終わったコンテンツ=時代遅れ)」なのでしょうか?

結論から言えば、その答えは明確に「No」です。日本の農業において、露地栽培は依然として食料供給の根幹を支える極めて重要な役割を果たしており、その重要性は今後も変わることはありません。むしろ、スマート農業技術の進展によって、露地栽培は新たな進化のフェーズに入ろうとしています。

本記事では、感情論やイメージではなく、農林水産省の最新の統計データ(農林業センサス、野菜をめぐる情勢など)に基づき、露地栽培と施設園芸の現状を客観的に分析します。そして、両者がどのように役割を分担し、共存していくべきか、その未来像を提示します。

データで見る日本農業の厳しい現実

深刻化する農業従事者の高齢化

まず直視しなければならないのは、日本農業を支える「人」の問題です。令和7年2月に公表された「2025年農林業センサス結果の概要(概数値)」は、農業現場の高齢化が限界に近い水準まで進行していることを示しています。

データによると、基幹的農業従事者の平均年齢は67.6歳に達しています。これは単なる数字以上の重みを持っています。一般的な企業であれば定年退職を迎えている年齢層が、炎天下での農作業や重量物の運搬といった重労働を担っているのが実情です。さらに衝撃的なのは、65歳以上の従事者が全体の約70%を占めているという事実です。これは、今後数年から10年の間に、大多数の農業者が引退の時期を迎えることを意味しています。

具体的な人数で見ると、令和2年の個人経営体における基幹的農業従事者数は約136万人でしたが、令和7年には約102万人にまで減少しました。わずか5年で約25%もの労働力が失われたことになります。この急速な減少ペースは、従来の人力に頼った農業モデルが維持不可能であることを強く示唆しています。

農業経営体の減少と規模拡大

担い手の減少に伴い、農業経営体の数も大きく減少しています。令和7年の農業経営体数は82.8万経営体となり、5年前と比較して約23%(24.7万経営体)も減少しました。これは、小規模な農家が次々と離農していることを反映しています。

一方で、残った経営体への農地集積が進み、経営規模の拡大が加速しています。1経営体当たりの経営耕地面積は3.7haとなり、5年前より0.6ha増加しました。特に注目すべきは、経営耕地面積20ha以上の農業経営体の面積シェアが初めて5割を超えたことです。日本の農業は、「多数の小規模農家」が支える構造から、「少数の大規模経営体」が農地の過半を耕作する構造へと、劇的な転換期を迎えています。この大規模化の流れは、後述するスマート農業技術の導入と密接に関連しており、特に広大な面積を扱う露地栽培においてその傾向が顕著です。

異常気象による生産の不安定化

人の問題に加えて、環境の問題も深刻です。近年、線状降水帯による豪雨被害や、記録的な猛暑による干ばつ被害が頻発しています。自然環境の中で作物を育てる露地栽培は、こうした気候変動の影響を直接的に受けます。予期せぬ天候不順による収量減や品質低下は、経営リスクを増大させ、露地栽培の持続可能性に対する懸念を生じさせています。また近年は真夏に気温が35度を超える猛暑日が増加し、日中に作業ができない状況となっています。これが、「環境制御が可能な施設園芸への移行」が叫ばれる大きな理由の一つとなっています。

施設園芸の拡大とその限界

施設園芸が得意な品目

露地栽培のリスクを回避し、安定生産を可能にする手段として施設園芸(ハウス栽培など)は発展してきました。特定の品目においては、施設栽培が圧倒的なシェアを占めています。

農林水産省の「施設園芸をめぐる情勢(R7)」等の資料によると、品目別の施設栽培の割合(作付面積ベース)は以下のようになっています。

  • トマト:作付面積の57%、収穫量の74%
  • いちご:作付面積の68%、収穫量の74%
  • きゅうり:作付面積の69%、収穫量の56%
  • ピーマン:作付面積の59%

これらのデータから分かるように、果菜類(実を食べる野菜)を中心とした高単価な品目では、すでに施設栽培が主流となっています。特にトマトやいちごは、雨に弱かったり、温度管理が品質に直結したりするため、施設栽培との相性が極めて良いのです。

周年安定供給を実現する施設園芸

施設園芸の最大の功績は、野菜の「旬」を超えた周年安定供給を実現したことにあります。例えばトマトは、かつては夏に収穫される露地野菜でしたが、現在では北海道から九州まで産地リレーを行いながら、施設内での環境制御を駆使することで、一年中スーパーマーケットの店頭に並ぶようになりました。

消費者のライフスタイルが変化し、いつでも同じ品質の野菜が手に入ることが当たり前となった現代において、定時・定量・定品質での出荷が可能な施設園芸は、社会インフラとしての食料供給に不可欠な役割を果たしています。

施設園芸の課題

しかし、すべての農業を施設園芸に置き換えることは現実的ではありません。そこには明確な課題と限界が存在します。

まず、コストの問題です。ビニールハウスやガラス温室の建設には多額の初期投資が必要です。さらに、冬場の加温に使う重油代や、環境制御機器を動かす電気代などのランニングコストもかさみます。近年の燃油価格高騰は、施設園芸経営を直撃しています。

また、データを見ると、施設園芸に利用したハウス・ガラス室のある経営体数は減少傾向にあります。令和2年には約13.95万経営体となり、高齢化による離農の影響は施設園芸の世界でも例外ではありません。施設面積も約328万a(令和2年)と、農地全体から見ればごく一部に留まっています。

そして最大の問題は、「施設栽培に向かない品目」が数多く存在することです。次章で詳しく述べますが、私たちの食卓を支える主要なカロリー源や根菜類の多くは、経済的・物理的な理由から、施設内での栽培が極めて困難なのです。

露地栽培が担う不可欠な役割

施設栽培が困難な品目

「露地栽培オワコン説」を否定する最大の根拠は、施設で作ることが物理的あるいは経済的に合わない重要品目の存在です。

  • 穀物(米、麦類、大豆など):これらは土地利用型作物と呼ばれ、収益を上げるためには広大な面積での作付けが必須です。ヘクタール単位の農地をすべてハウスで覆うことは、建設コストを考えれば不可能です。
  • 根菜類(だいこん、にんじん、ばれいしょ等):深い土層を必要とし、単位面積当たりの単価が比較的安いため、高コストな施設栽培では採算が合いません。
  • 大型葉菜類(キャベツ、はくさい、レタス等):これらも広い面積を必要とし、露地での大量生産が基本となります。

これらの品目は、日本人の食生活のベースとなるものであり、国内生産量の約半分を占めています。もし露地栽培がなくなれば、私たちは国産の米も、カレーの具材も、冬の鍋料理も手放さなければならなくなります。

野菜の需給における露地栽培の重要性

野菜全体の需給構造を見ても、露地栽培の重要性は明らかです。令和5年の野菜産出額は2兆3,243億円で、農業総産出額の約4分の1を占めます。その生産基盤を支えているのは、依然として露地栽培です。

国内の野菜生産量は約1,119万トン(令和4年)で、需要の79%を賄っています。特に重量野菜と呼ばれるキャベツ、たまねぎ、だいこんの3品目だけで国内生産量の約3割を占めており、これらはほぼ全量が露地栽培です。

また、近年需要が伸びている加工・業務用野菜(カット野菜、冷凍野菜、外食向けなど)は、全体の約6割に達しています。加工・業務用では、外観の美しさよりも「定価格・大量供給」が求められます。高コストな施設栽培よりも、低コストで大量生産が可能な露地栽培の方が、この需要に応えるには適しているのです。

大規模生産によるコスト競争力

露地栽培の最大の強みは、太陽光や雨といった自然の恵みを最大限に利用できる点と、面積の制約を受けにくいことです。遮蔽物がないため、大型のトラクターや収穫機を導入しやすく、機械化による劇的な効率化が可能です。

前述の通り、20ha以上の大規模経営体が農地の過半を占めるようになった現在、スケールメリットを活かして生産コストを下げられるのは露地栽培ならではの利点です。国際的な穀物相場や肥料価格が高騰する中で、低コストでカロリーを生産できる露地栽培の価値は、食料安全保障の観点からも再評価されるべきです。

スマート農業技術が変える露地栽培の未来

かつての露地栽培は「3K(きつい、汚い、危険)」の代名詞でしたが、現在はテクノロジーの力でその姿を大きく変えつつあります。スマート農業技術は、施設園芸だけでなく、むしろ広大なフィールドを持つ露地栽培でこそ、その真価を発揮します。

ドローンの活用

最も普及が進んでいるのが農業用ドローンです。農林水産省の資料によれば、ドローンによる農薬散布面積は令和5年度には109.7万haに達し、急速な拡大を続けています。かつては重いタンクを背負って炎天下で行っていた防除作業が、ドローンを使えば短時間で、しかも遠隔操作で完了します。これにより、労働負担は劇的に軽減されました。

AI・IoT技術の導入

広大な農地を少人数で管理するための技術も進化しています。

  • 自動走行トラクタ:無人で耕起や整地を行うロボットトラクタの実用化が進んでいます。熟練の技術がなくても、高精度な作業が可能になります。
  • 水田の遠隔水管理システム:スマートフォンで水門の開閉や水位の調整ができるシステムにより、毎日の見回り労力が大幅に削減されています。
  • 営農管理システム:GPS位置情報と連動して作業記録を自動化し、経営データを「見える化」することで、勘と経験に頼らない科学的な農業経営が可能になっています。

環境負荷低減への貢献

スマート農業は環境保全にも貢献しています。香川県の事例では、AIを活用してブロッコリーの根こぶ病の発病リスクを診断し、土壌消毒剤の使用を低減する取り組みが行われています。必要な場所に必要な分だけ農薬や肥料を散布する「可変施肥」や「精密農業」の技術は、コスト削減と環境負荷低減を同時に実現するものです。

人手不足への対応

これらの技術革新は、深刻な人手不足への回答でもあります。自動化・省力化技術が進めば、高齢者や女性でも大型機械を扱えるようになり、身体的なハンディキャップが解消されます。また、データに基づいた栽培マニュアルが整備されれば、新規参入者の技術習得期間も短縮されます。スマート農業は、露地栽培を持続可能な産業へとアップデートする鍵なのです。

露地栽培と施設園芸の共存の可能性

ここまで見てきたように、露地栽培と施設園芸は対立するものではなく、相互に補完し合う関係にあります。今後の日本農業が進むべき道は、両者の「共存」と「最適化」です。

品目特性に応じた棲み分け

最も合理的なのは、品目の特性に応じた明確な棲み分けです。

  • 施設園芸が担う領域:トマト、いちご、きゅうりなどの果菜類や、ほうれんそう等の軟弱野菜。高単価で鮮度が重視され、環境制御による品質向上のメリットが大きい品目。
  • 露地栽培が担う領域:米、麦、大豆などの穀物、だいこん、ばれいしょ等の根菜類、キャベツ、白菜などの大型葉菜類。広い面積が必要で、機械化による大量生産・低コスト化が求められる品目。また、加工・業務用野菜の供給基地としての役割。

企業参入による新たな担い手

担い手不足を補う動きとして、企業の農業参入も進んでいます。農林業センサスによれば、個人経営体が減少する一方で、法人経営体は5年前に比べて7.9%増加しています。特に露地栽培においては、資本力を持つ企業が参入し、耕作放棄地を集約して大規模な機械化農業を展開するケースが増えています。これにより、地域の農地が守られ、生産力が維持されるという好循環が生まれつつあります。

技術革新による両者の進化

技術革新は両者の境界線を良い意味で曖昧にするかもしれません。露地栽培でも、簡易な雨よけハウスやトンネル栽培、高機能な被覆資材を活用することで、環境制御の要素を取り入れる動きがあります。一方、施設園芸では、太陽光利用型の植物工場など、省エネルギー技術の高度化が進んでいます。それぞれの強みを活かしながら、弱点を技術でカバーしていく進化が、今後さらに加速するでしょう。

まとめ:「共存と進化」の時代へ

データに基づいた分析から導き出される結論は、露地栽培は決して時代遅れになったわけではないということです。むしろ、日本の食料自給率を維持し、加工・業務用を含む旺盛な野菜需要に応えるためには、露地栽培の維持・発展が不可欠です。

施設園芸は、高品質な果菜類の周年供給という重要な役割を担っていますが、コストや栽培特性の面で万能ではありません。穀物や根菜類、重量野菜を低コストで大量に供給できるのは、依然として露地栽培だけです。

農業従事者の減少という危機的な状況下において、希望の光となるのはスマート農業技術です。ドローンやAI、ロボット技術の実装により、露地栽培は「労働集約型」から「資本・技術集約型」の産業へと生まれ変わろうとしています。

これからの日本農業に必要なのは、露地か施設かという二元論ではなく、品目特性に応じた「適材適所の生産体制」と、技術革新による「共存と進化」です。このハイブリッドな構造こそが、食料安全保障を守り、豊かな食卓を次世代に繋ぐための唯一の解となるでしょう。

参考文献

  • 農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要(概数値)」
  • 農林水産省「令和7年野菜をめぐる情勢」
  • 農林水産省「施設園芸をめぐる情勢」
  • 農林水産省「施設園芸に利用したハウス・ガラス室のある経営体数と施設面積」
  • 農林水産省「経営耕地面積規模別経営体数」
  • 農林水産省「年齢別基幹的農業従事者数」
  • 農林水産省「農業白書2024特集3 スマート農業技術の活用と今後の展望」