現代の農業において、施設園芸(温室栽培)は単なる「冬の野菜作り」の枠を超え、AIやデータサイエンスを駆使した高度な「製造業」へと進化を遂げています。気候変動による不安定な気象、世界的な人口増加に伴う食料需要の増大、そして労働力不足といった社会課題に対し、施設園芸は「制御された環境(CEA: Controlled Environment Agriculture)」という解決策を提示しています。

本記事では、BDOやRoboBank、農研機構などの最新レポートを基に、施設園芸の世界的リーダーであるオランダの動向から、急速に成長するモロッコ、そして日本が置かれている現状と今後の展望まで、グローバルな市場トレンドを詳しく解説します。

オランダ施設園芸の現状:高付加価値化とエネルギー転換の最前線

施設園芸の世界的な中心地といえばオランダです。九州ほどの国土面積でありながら、農産物輸出額で世界第3位を誇る背景には、徹底した技術革新と産学官の連携があります。

オランダ市場の経済規模と構造変化

BDOの最新レポートによると、オランダの施設園芸および種苗部門の生産価値チェーンの規模は312億ユーロ(約5兆円)83億ユーロ(約1.3兆円)を超えると予測されています。

しかし、その一方で業界構造は大きな転換期を迎えています。

企業の集約化: 温室栽培を行う企業数は、2019年の3,480社から2024年には3,250社へと減少しています。これは、エネルギーコストや人件費の高騰を受け、小規模な経営体が合併や買収(M&A)を通じて大規模化・効率化を進めているためです。

作物の転換: エネルギーコストの上昇に伴い、栽培品目にも変化が現れています。例えば、エネルギー負荷の高い大玉トマトから、よりエネルギー効率の良いキュウリへと転換する農家が増えており、2023年のキュウリ収穫量は前年比7%増加しました。

「データ駆動型農業」への完全移行

オランダの強みは、単なる温室のハードウェアではなく、AIやデータサイエンスを活用したソフトウェアにあります。 温室内では、温度、湿度、CO2濃度、光量、水分量などがリアルタイムで収集・分析され、最適な栽培環境が自動制御されています。最近では、「生成AIを活用したデジタルアシスタント」や「収穫ロボット」といった最新技術が展示会(GreenTechなど)でも大きな注目を集めており、労働力不足とコストカットを同時に実現する手段として期待されています。

グローバル市場の勢力図:中国の規模とオランダの質

世界の施設園芸市場を見渡すと、面積と技術の面で明確な特徴が見えてきます。

面積で圧倒する中国

世界で最もCEA(環境制御型農業)の面積が広いのは中国です。その面積は約189万ヘクタールに達し、世界の他地域を圧倒しています。ただし、その多くはプラスチックフィルムを利用した簡易的な温室(Low-tech)であり、高度な環境制御を行うHigh-tech温室の割合はまだ限定的です。

技術レベルの比較

BDOのデータによると、国ごとのハイテク温室の普及率には大きな差があります。

オランダ: 施設面積の99.1%がハイテク温室であり、そのほとんどがガラス製です。

ドイツ: ハイテク温室の割合は38.4%で、オランダに次ぐ技術水準を誇ります。

日本: 施設面積は約4.2万ヘクタールで世界第7位ですが、ハイテク温室の割合は3.8%にとどまっており、その90%以上がいまだにプラスチック(ビニールハウス)を利用しています。

このように、面積規模ではアジア諸国が目立ちますが、「1平米あたりの収益性と持続可能性」という質的な側面では、オランダが依然として世界の標準(スタンダード)を定めています

新興勢力の台頭:なぜ今「モロッコ」なのか?

近年のグローバル・トレンドにおいて、最も注目すべきプレイヤーの一つがモロッコです。

ヨーロッパの「冬の野菜蔵」としての成長

モロッコは施設園芸面積において、日本に次ぐ世界第8位(約2.4万ヘクタール)に位置しています。特にトマトの輸出において大きな存在感を示しており、フランスを主要市場としながら、近年ではイギリス向けでもシェアを拡大しています。

競争力の源泉と課題

モロッコの強みは、「低コストな運営」「豊富な日照」「政府の積極的な支援」にあります。

コスト競争力: ラボバンクの分析によると、イギリスへのキュウリ輸出価格において、モロッコ産はスペイン産よりも安価であり、高い競争力を維持しています。

品目の多様化: トマトへの依存を減らすため、キュウリやパプリカ(ペッパー)への多様化を進めており、パプリカの輸出額はこの10年で年平均6%成長しています。

しかし、課題も少なくありません。2023年には50.4度という記録的な猛暑に見舞われ、ウイルスの発生も重なってトマトの収穫量が激減しました。これを受け、モロッコの生産者は「環境・社会的なサステナビリティ」や「気候リスク管理」への投資を急いでおり、ここにオランダや日本の技術が入り込む余地が生まれています。

日本の施設園芸:強みと克服すべき課題

日本は世界的に見ても広大な施設園芸面積を有していますが、その構造は欧州とは大きく異なります。

日本の現状:小規模・プラスチック温室の限界

日本の施設園芸の最大の特徴は、「小規模分散型の家族経営」と「ビニールハウス主体の低コスト設備」です。

高まるリスク: 近年の燃料価格や資材費の高騰は、エネルギー効率の低いプラスチック温室を主体とする日本の農家にとって、経営を直撃する大きな打撃となっています。

労働力不足と高齢化: 農業従事者の平均年齢が上昇し続ける中で、オランダのような自動化・ロボット化の導入が急務となっていますが、投資コストの高さが障壁となっています。

日本の「逆転の鍵」は冷却技術にある

一方で、日本にはオランダが持っていない独自の強みがあります。それが「高温対策(冷却技術)」です。 オランダの技術は、寒冷な気候下でいかに温室を「温めるか」という点に最適化されています。しかし、東南アジア(ASEAN)などの熱帯・亜熱帯地域で温室栽培を行う場合、最大の課題は「いかに効率よく冷やすか」です。

農研機構のレポートによると、日本の施設園芸で培われた「換気・遮熱・ミスト冷却」などのノウハウは、ASEAN地域などの高温多湿な環境において、オランダ型よりも適応性が高い可能性が示唆されています。

グローバル・施設園芸の3大トレンド

BDOおよび各機関のレポートから、これからの温室栽培における決定的なトレンドを3点に整理します。

① 持続可能なエネルギーへの完全転換(サステナビリティ)

気候変動への対策は、もはや「努力目標」ではなく「必須の規制」となりつつあります。 オランダ政府は、2030年までに温室効果ガス排出量を4.3メガトンに抑える目標を掲げており、業界全体で化石燃料(天然ガス)からの脱却を急いでいます。

地熱発電の活用: 2,000メートル以上の深さから熱水を取り出す地熱利用が広がっており、2040年までに65〜80箇所のシステム構築が計画されています。

ヒートポンプとLED: 従来の暖房機から、ヒートポンプやLED補光、高断熱カーテンなどを組み合わせた「オール電化」に近い環境制御へと移行が進んでいます。

② 労働力不足を解消する「極限の自動化」

世界中の農業現場で共通の悩みとなっているのが労働力不足です。オランダでも収穫期には労働力の80%以上を外国人労働者に依存していますが、今後はさらに確保が難しくなると予想されています。 これを解決するのがAIロボティクスです。

タスクの自動化: 葉かき、収穫、パッキングといった反復的な作業をロボットが代替し始めています。

自律栽培(Autonomous Cultivation): データサイエンスにより、熟練農家の「勘」をアルゴリズム化し、AIが作物に最適な環境を24時間体制で判断するシステムの実装が進んでいます。

③ CEA(環境制御型農業)の普及と垂直農業の現実

「いつでも、どこでも、高品質な野菜を」というニーズは、都市部近郊でのCEAの普及を後押ししています。

温室 vs 垂直農業(植物工場): 垂直農業は土地効率が温室の数倍から数十倍高い一方で、莫大な電気代という弱点があります。 BDOの分析によれば、現在の高いエネルギーコスト環境下では、太陽光を利用する「水平型の温室」が依然として主流であり、垂直農業は特定の品目(リーフレタス等)に限定される傾向にあります。

日本が目指すべき方向性:技術と経営の統合

オランダの事例は、日本の施設園芸の高度化に向けて多くの示唆を与えています。

1. 「技術」だけでなく「経営」を育てる: オランダではワーゲニンゲン大学などの教育機関を通じて、「データ解析ができる経営者」を体系的に育成しています。単に高価な機材を導入するだけでなく、それを使いこなし、投資対効果(ROI)を最大化できる人材の育成が不可欠です。

2. 地域適応型の「ローカル・イノベーション」: オランダの技術をそのままコピーするのではなく、日本の「冷却技術」とオランダの「制御技術」を融合させ、アジア諸国のニーズに応える「省エネ・低コスト・地域適応型」モデルを構築することが、国際競争力を持つ鍵となります。

3. グローバルな知識輸出: すでにオランダ企業は温室建設の80%に関与し、知識やノウハウを世界中に輸出することで大きな収益を得ています。日本も自国の優れた品種や栽培技術を、ASEANなどの成長市場へ「システム」として輸出する戦略が求められます。

まとめ

施設園芸の市場は、今後10年でさらに進化し「持続可能な食料供給の柱」としての地位を固めるでしょう。BDOのレポートが示す通り、世界のCEA市場は2030年までに1,367億ユーロに達すると予測されており、その成長のエンジンは「テクノロジー」と「サステナビリティ」です。

日本がこのグローバルな波に乗り、農業を「稼げる産業」へと変革させるためには、これまでの枠組みにとらわれない大胆な投資と、グローバルな視点でのパートナーシップが今まさに必要とされています。

オランダのような高度な効率性と、日本独自の細やかな技術、そしてモロッコのような果敢な市場開拓精神。これらが融合した先に、日本の農業の明るい未来があるはずです。

参考文献

• BDO, Dutch Floriculture & Horticulture Market Research, July 2025.

• RaboResearch, Global Greenhouse Update 2025: Positive Outlook for Greenhouse Production, February 2025.

• 農研機構(筧雄介), 「データ駆動型農業の担い手育成と地域展開 〜オランダと東南アジアの事例〜」, 『野菜情報』, 2026.1.

• Dutch Government / Topsector Tuinbouw & Uitgangsmaterialen, The Power of Technological Value Chains in Dutch Horticulture, 2022.

• Crophouse Ltd, Innovative Technology to Transition to a Low-carbon Greenhouse Industry, April 2021.