日本の農業構造は今、歴史的な転換点を迎えています。2025年農林業センサスの速報値において、全国の農業経営体数は82万8千経営体となり、5年前と比較して23.0%もの大幅な減少を記録しました。農業従事者の高齢化と後継者不足が深刻化する中で、個人経営体の撤退が相次いでいることが浮き彫りとなっています。

しかし、この数字の裏側にはもう一つの重要なトレンドが隠されています。それは、法人経営体が5年前比で7.9%増加し、経営規模の拡大が進展しているという事実です。担い手が減少する一方で、意欲ある法人が農地を集約し、効率的な大規模経営へとシフトする動きが加速しています。実際、農業総産出額は2023年に前年比5.5%増の約9.5兆円に達しており、市場としてのポテンシャルは依然として底堅いものがあります。

こうした状況を好機と捉え、異業種からの参入意欲も高まりを見せています。日本政策金融公庫が2025年5月に発表した「食品産業動向調査」によれば、食品関係事業者の約17%が既に農業に参入しており、さらに約26.6%が参入を検討または関心を持っていることが明らかになりました。

一方で、農業参入は決して平坦な道のりではありません。過去のデータを参照すると、農業参入した企業のうち、黒字化を達成できた主体は全体の約3割にとどまり、当初の参入計画期間内に黒字化を実現できた主体に至っては約2割に過ぎません。農業は天候リスクや生物を扱う難しさがあり、一般的なビジネスの常識が通用しない場面も多々あります。

大和総研の2025年の試算によれば、黒字化までの期間は平均で約5年を要するとされていますが、近年の資材価格や光熱費の高騰を踏まえると、実質的には7〜8年程度かかると見積もるべきでしょう。それでもなお、2017年までにリース方式で参入した株式会社は1,904社に上り、多くの企業がこの困難な、しかし意義深い挑戦を続けています。本稿では、中小企業がこの挑戦を成功させるために乗り越えなければならない「3つの壁」とその突破法について詳述します。

第1の壁:農地取得・確保の壁

課題:地域社会との信頼と法規制のハードル

農業ビジネスにおいて、土地は単なる場所ではなく、最も重要な生産要素の一つです。しかし、工場用地やオフィスを借りるのとは異なり、農地の取得には独特の難しさがあります。最大の問題は、企業が元々農地を保有していないため、リース等の方法で新たに確保しなければならない点にあります。

農地は地域資源としての側面が強く、地権者である農家から農地を借り受けるためには、地域コミュニティとの深い信頼関係の構築が不可欠です。「見ず知らずの企業に先祖代々の土地を貸したくない」「一度貸したら耕作放棄地のまま返されるのではないか」といった不安を持つ地権者も少なくありません。参入初期段階では地域からの信頼が得られていないため、条件の良い圃場を借りることができず、耕作放棄地を借り入れざるを得ない事例が多いことが指摘されています。

また、法規制の壁も存在します。企業が農地を利用するためには、農地法、農業経営基盤強化促進法、農地中間管理事業という3つの制度のいずれかに基づく手続きが必要です。以前は、農地を借りて耕作する場合、取得後の耕作面積が都府県で50アール(0.5ヘクタール)以上、北海道で2ヘクタール以上必要という「下限面積要件」がありましたが、2023年(令和5年)4月1日の改正農地法施行により撤廃され、1アール(100平方メートル)未満の小規模な農地でも借りることが可能となりました。

突破法:制度活用と地域貢献による信頼獲得

この壁を突破するための第一の鍵は、公的な仲介機関の活用です。農地中間管理機構(通称:農地バンク)を活用することで、企業は地主と個別に交渉する手間を省き、まとまった農地を借り受ける手続きを大幅に軽減できます。農地バンクは地域内の農地を集積・集約化する機能を担っており、企業参入の強力なサポーターとなり得ます。

また、より本格的な参入を目指すのであれば、農地所有適格法人の設立も選択肢に入ります。一定の要件を満たす法人を設立することで、農地の賃借だけでなく所有権の取得も可能になり、長期的な投資や施設整備がしやすくなります。

近年注目されているのが、「経営継承型参入」というモデルです。これは、離農する農家の農地だけでなく、機械、施設、そして栽培技術といった有形・無形の資産を丸ごと引き継ぐ方法です。この際、農家に対して「指導料」「施設・機械の残存価値の買取料」「土地賃借料」を適切に設定し支払うことで、農家側の経済的メリットも確保しつつ、企業側は初期投資を抑えてスムーズに事業を開始できます。

そして何より重要なのが、地域への貢献姿勢です。単に利益を追求するだけでなく、耕作放棄地の再生、地域の用水路や農道の維持管理への参加、農業研修の受け入れなどを通じて、地域社会の一員としての役割を果たすことが、結果として優良農地の確保につながります。調査によると、76.2%の参入企業が農地を拡大することに成功しており、特に10ha以上の大規模拡大型の企業は全て露地栽培を行っています。これは、地域との信頼関係を築き上げた企業こそが、規模拡大を実現できることを示唆しています。

第2の壁:栽培技術習得の壁

課題:自然相手の難しさと技術継承の断絶

異業種から参入する企業にとって、プロの農家が長年の経験と勘で培ってきた栽培技術を習得することは、極めて高いハードルです。製造業のようにマニュアル化・標準化が容易ではなく、天候や土壌条件によって最適な対応が日々変化するためです。

失敗事例としてよく見られるのが、急速な規模拡大に栽培技術の向上が伴っていないケースです。経営規模を拡大すればするほど、管理すべき圃場や作物の量は増え、目の行き届かない部分が出てきます。その結果、病害虫の発生や品質低下を招き、経営を圧迫することになります。

例えば、産業ガス大手のエア・ウォーターが運営する「エア・ウォーター農園」の事例では、参入当初は農作物栽培の知識が十分でなかったため、施設稼働の初年度(2011年度)から4年間は赤字が続いたといいます。大企業であっても、農業特有の技術的な壁を乗り越えるには相応の時間と試行錯誤が必要なのです。

また、建設業や食品関連業などが本業の傍らで農業を行う場合、本業の業務スケジュールに縛られるという制約もあります。これにより、収穫時期を限定したり、ニッチな作目を選定したりするなど、高度な栽培管理技術や作付計画が求められることになります。山本氏の研究によれば、農業担当者の確保数とその質の差が、経営状況が良好な企業と低迷している企業との決定的な差をもたらしているとされています。さらに、経営継承においても、「栽培技術などの無形資産をどのように継承するか」という手法が未確立であることも課題となっています。

突破法:専門人材の確保とスマート農業の導入

栽培技術の壁を突破するためには、まず「人」への投資が不可欠です。社内で未経験者を育成するだけでなく、農業技術を有する人材を外部から採用し、農業担当者として専任配置することが近道です。また、地域の農業普及指導員(協同普及事業)からの技術指導を積極的に活用したり、周辺の熟練農家から指導を仰いだりすることも有効です。大学との共同研究や研修受け入れを通じて、最新の知見を取り入れる企業も増えています。

経営継承型参入を選択した場合は、前述の通り、引退する農家を「技術顧問」として迎え入れ、継続的に技術習得する仕組み(指導料の設置など)を構築することで、暗黙知を形式知へと転換していくことが可能です。

そして、現代の農業参入において強力な武器となるのがテクノロジーです。2025年4月に施行された「スマート農業技術活用促進法」も追い風となり、ドローン、センサー、AI(人工知能)などを活用した生産性向上が国を挙げて推進されています。ICT・スマート農業技術の活用により、経験の浅いスタッフでも一定レベルの栽培管理が可能になります。

具体的な成功事例として、水道工事業から参入したキュウセツAQUAでは、オランダ式の養液栽培法を導入し、コンピューターによる自動制御を徹底することで、安定生産を実現しました。また、情報通信業から参入した大和コンピューターは、自社の強みであるICT技術を活用して農作業の自動化やデータ管理を行い、人件費の削減と品質の安定化に成功しています。テクノロジーで「経験不足」を補い、データに基づく科学的な農業を実践することが、技術の壁を越える鍵となります。

第3の壁:販路開拓の壁

課題:「作る」ことと「売る」ことのギャップ

多くの参入企業が陥りがちな罠が、「良いものを作れば売れる」という思い込みです。農業参入の成功ポイントとして、「生産と販売への等分のコミットメント」が重要であると指摘されていますが、実際には生産技術の習得にリソースを集中させるあまり、販売力の構築が後回しにされがちです。

専門家の研究でも、企業参入において組織的な販売体制が構築されていないことが、経営低迷の主要因になっていると分析されています。既存の卸売市場への出荷(市場出荷)は、全量買い取ってもらえるメリットがある反面、相場による価格変動リスクを直接受けます。一方で、契約販売は価格が安定しますが、定時・定量・定質の供給責任が伴います。この「契約販売と市場出荷のバランス」を見誤ると、豊作貧乏や欠品によるペナルティといった事態を招きます。

突破法:本業シナジーとバリューチェーンの構築

販路開拓の壁を突破するためには、企業が持つ最大の武器である「本業のノウハウ」を活用すべきです。多くの企業には、農業界にはない「営業販売力」「商品開発力」「厳格な生産管理」「コスト管理」のノウハウがあります。これらを農業経営に適用することで、差別化を図ることができます。

特に食品製造業などの場合、「本業商品の付加価値化・差別化」や「原材料の安定的な確保」といった明確なシナジー効果が期待できます。自社で生産した農産物を自社製品の原料として使用すれば、トレーサビリティの確保やブランドストーリーの構築にもつながります。

また、規格外農産物のブランディングも収益向上のポイントです。例えばGOKOカメラの事例では、市場流通の規格に縛られない独自の販売方法を開拓し、味は変わらないが形が悪いものも積極的に販売することで収益性を高めています。さらに、農産物の高付加価値化・6次産業化を進め、加工食品の製造販売、直売所の運営、外食・中食サービスへの展開など、バリューチェーンを川下へと広げていくことも有効です。

物流大手のセンコーグループは、廃校を活用した植物工場で葉物野菜やきのこを栽培するだけでなく、地域農作業の請負や地元スーパーへの卸など、多角的な展開を行っています。このように本業以外への販路を持つことは、利益確保やリスク分散につながります。

販路選択においては、農協と地方卸売市場の特徴を理解することも重要です。農協出荷は手数料が16%程度かかりますが安定性が高い一方、地方卸売市場は手数料が7.5%程度と低く抑えられる場合があり、自社の物流網や営業力次第では利益率を高めることが可能です。最終的には、単に作るだけでなく、バリューチェーンを戦略的に構築・拡大していく視点が、事業の成否を分けます。

成功のための共通原則

以上の3つの壁を乗り越え、農業参入を成功させている企業には、いくつかの共通する原則が見られます。

  1. 長期視点での事業計画:黒字化まで7〜8年かかることを前提とし、その期間を耐えうる十分な運転資金を確保すること。短期的な赤字に動じない財務体力が求められます。
  2. 全社戦略における位置づけの明確化:なぜ農業をやるのか、本業にどう貢献するのかという目的を明確にし、経営トップがコミットし続けること。
  3. 本業との相乗効果(シナジー)の確保:自社のコアコンピタンス(中核的競争力)と農業事業のシナジーを追求すること。技術、販路、人材など、自社の強みを活かせる領域で勝負することが重要です。
  4. 地域コミュニティとの信頼関係:地域に溶け込み、共に発展しようとする姿勢を持ち続けること。農業は地域と共にある産業です。
  5. バリューチェーンの段階的拡大:生産から始まり、加工、流通、販売へと、自社の関与する領域を段階的に広げ、付加価値を最大化していくこと。

支援制度の活用

最後に、国や自治体が用意している支援制度を賢く活用することで、参入障壁を下げることができます。資金面では、以下のような制度融資が利用可能です。

  • 農業近代化資金:施設や機械の導入に利用可能。貸付限度額2億円(特認あり)、低利での長期償還(15年以内)が可能。
  • 経営体育成強化資金:前向きな投資を行う農業者向け。貸付限度額5億円(特認あり)、償還期間25年以内。
  • 農業経営基盤強化資金(スーパーL資金):認定農業者向けの強力な資金。最大10億円(特認あり)、25年以内償還。特に農地中間管理機構から農地を借り受ける場合は、貸付当初5年間が実質無利子になる特例措置があります。

また、自治体から「認定農業者」としての認定を受けることで、農業経営基盤強化準備金制度による税制優遇(損金算入等)や、経営所得安定対策等の各種交付金を活用する資格が得られます。さらに、2025年4月施行の「スマート農業技術活用促進法」に基づき、生産方式革新実施計画の認定を受けることで、税制や金融面での新たな支援措置・特例措置も活用可能です。

中小企業の農業参入は、日本の食料安全保障や地域活性化に貢献する意義深い事業です。3つの壁の存在を正しく認識し、適切な戦略と準備を持って挑めば、新たな成長の柱となる可能性を秘めています。

参考文献

  1. 公益社団法人中小企業研究センター「中小企業の農業参入に関する調査研究」調査研究報告No.132(平成30年12月)
  2. 株式会社大和総研「シリーズ 民間企業の農業参入を考える 第2回 異業種参入:持続的成長をもたらす戦略とは」(2025年3月)
  3. 農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要」(令和7年11月)
  4. 農林水産省「食料・農業・農村白書」(令和6年版)
  5. 日本政策金融公庫「食品産業動向調査(令和7年1月調査)特別調査:食品関係事業者の川上事業への参入状況」(2025年5月)
  6. 添田信行・稲村肇「企業による経営継承型農業参入のビジネスモデルの開発と参入地域への影響」第58回土木計画学研究発表会
  7. 和田龍之介・松本邦彦「農業参入企業による農地面積拡大と地域マネジメントへの参画の特徴」ランドスケープ研究 88(5),2025
  8. 農林水産省「スマート農業技術活用促進法について」(令和7年4月)