「食料は国家の安全保障の問題である」——この認識が、今ほど切迫した現実として迫ってきた時代はなかったかもしれません。

農林水産省が令和6年に改正した食料・農業・農村基本法では、食料安全保障の確保を基本理念として明確に位置づけました。そこには「国民が最低限度必要とする食料は、凶作・輸入の途絶等の不測の要因により国内需給が著しくひっ迫した場合においても、国民生活の安定に支障が生じないよう供給の確保が図られなければならない」と定められています。この文言が示すように、今や日本政府は食料危機を「起こりうるリスク」として法律に明記するほどの局面を迎えています。

2022年のロシアによるウクライナ侵攻は、世界の食料・エネルギー市場を直撃しました。肥料価格は数倍に跳ね上がり、小麦価格は高騰し、農業経営は根底から揺らぎました。そして2024年以降、中東情勢の緊迫化に伴う紅海封鎖、そして今(2026年3月)アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃によるホルムズ海峡封鎖と、地政学リスクはさらに複雑化・深刻化しています。

主な地政学リスクの全体像:
① エネルギーリスク(原油・天然ガス価格の高騰と農業コストへの波及)
② 中東情勢リスク(ホルムズ海峡・紅海封鎖と日本農業への直撃)
③ 農業資材リスク(農薬・農機の中国依存と調達脆弱性)
④ 肥料リスク(三大肥料の産地集中と価格高騰)
⑤ 食料調達リスク(輸出規制の頻発と食料の武器化)
⑥ 気候変動×地政学の複合リスク

これらの地政学リスクが農業にどう影響するかを体系的に解説し、国・企業・農家それぞれのレベルで取り得る対策を整理します。

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エネルギーリスク:「農業はエネルギー産業である」

農業におけるエネルギー依存の構造

現代農業は「エネルギー多消費型産業」です。トラクターや農業機械の燃料(軽油・ガソリン)、ハウス栽培の暖房用A重油・灯油、農薬・化学肥料の製造に使われる天然ガスや石油化学製品——農業の川上から川下まで、化石燃料が深く組み込まれています。

農林水産省の令和6年度農業白書によれば、農業経営費に占める光熱動力費・農薬・肥料のウェイトは決して小さくありません。原油や天然ガスの価格が上昇すると、農業コストは「燃料費の上昇」「暖房費の上昇」「肥料価格の上昇」「農薬価格の上昇」「輸送コストの上昇」という複数の経路から同時に圧迫されます。

原油・天然ガス価格高騰が農業コストに波及するメカニズム

原油価格の上昇は、農業コストに多段階で波及します。まず直接的な燃料費の増加——トラクターや農業機械を動かす軽油・ガソリン、施設園芸の暖房に使う重油の価格が上昇します。次に間接的なコスト増加——窒素肥料の原料である天然ガスの価格が上がれば、尿素や硫安などの化学肥料の製造コストが上昇します。農薬や農業用フィルムも石油化学由来の製品であるため、価格に連動します。さらに食料の輸送コスト(物流費)も上昇し、最終的に消費者価格に転嫁されます。

中東情勢・OPEC+の動向と農業への影響

2022年以降、OPECプラスは複数回にわたる減産を実施し、原油価格の下支えを図ってきました。2026年3月現在、米国・イランの軍事的緊張が高まりを見せる中、WTI原油価格は一時119ドル/バレル近くまで急騰するなど、エネルギー市場の不安定性は高まっています。

再生可能エネルギーへの転換と農業への恩恵・課題

農業分野でも太陽光発電(ソーラーシェアリング)、バイオガス発電、地熱利用などの再生可能エネルギー導入が広がっています。これらは化石燃料への依存を下げる点で有効ですが、初期投資の大きさ、農業との両立における技術的課題、農地法・景観規制との整合性など、普及のボトルネックも存在します。再エネへのシフトは中長期的な解決策ではあるものの、短期的なエネルギー危機への対応策としては限界があります。

中東情勢リスク:「ホルムズ海峡が封鎖されたら、日本の農業は止まる」

エネルギー供給への直撃

日本の原油輸入の約90%は中東に依存しています。その大半がホルムズ海峡を通過するタンカーによって運ばれています。丸紅経済研究所の2026年3月10日付レポートによれば、ホルムズ海峡を通過する石油・石油製品は日量2,090万バレル(2025年上半期)に達し、世界消費量の約20%を占めます

2026年3月、米国・イスラエルによるイランへの攻撃への報復として、エネルギーインフラへの被害が広がり、ホルムズ海峡の通航はほぼ停止する事態が生じました。同レポートは、代替輸出として利用できるサウジアラビアとUAEのパイプライン経由で日量470万バレルが迂回可能とする一方で、ホルムズ海峡を通過する量(1,470万バレル)と比べると到底補いきれない規模だと指摘しています。

農業への直撃メカニズム(ホルムズ海峡封鎖シナリオ)
原油供給停止 → 燃料価格急騰(農機・施設暖房) → 農業コスト急増
天然ガス不足 → 窒素肥料(尿素・硫安)の製造停止 → 肥料価格急騰・入手困難
タンカー停止 → 農業資材(肥料・農薬原料)の輸入停滞
電力コスト上昇 → 施設園芸・農産物加工・冷蔵保存のコスト増

日本総合研究所のレポート(2026年3月)は、石油・ガス価格が2倍の水準で推移した場合、アジア全体の実質GDPが1年間で▲1.5%押し下げられるリスクを試算しています。エネルギー純輸入国の日本への影響はとりわけ大きく、農業コストの上昇は農家経営を直撃します。

海上輸送ルートの寸断リスク

紅海・スエズ運河ルートは世界の海上貨物の約10%が行き交う大動脈です。みずほリサーチ&テクノロジーズの分析(2024年2月)によれば、フーシ派によるイエメン沖での船舶攻撃を受け、バブ・エル・マンデブ海峡の通過船舶数は2023年9月比で約6割減少し、喜望峰迂回ルートの通過船舶数は約4割増加しました。

喜望峰を迂回する場合、航行日数が約30%延びます。日本向けの農業資材——化学肥料、農薬の原体、農業機械の部品——はこの混乱の影響を受けることになります。特に収穫・播種のシーズンに農薬や肥料の輸入が遅延した場合、農業生産に直接的なダメージが発生します。

ジェトロの2024年のレポートは、紅海情勢の悪化が中東・アフリカ向け物流全体に影響を与え、コンテナ運賃の上昇が農業関連資材の調達コストにも波及している実態を指摘しています。コストの増加は、農家の経営を圧迫する要因のひとつになっています。

肥料・食料産地としての中東

中東は単なる「エネルギー産地」ではありません。リン鉱石(肥料原料)の産地という観点でも、中東は世界市場に深く組み込まれています。農林水産省「肥料をめぐる情勢」(令和5年5月)によれば、イスラエルは世界のカリ鉱石生産において一定のシェアを持つほか、ヨルダンもリン鉱石の主要産出国(世界7位、年間1,000万トン)です。イスラエル・ハマス紛争の長期化は、これらの農業資源の供給に影響を与える可能性があります。

また、トルコ・エジプトは農産物(小麦・野菜・果実)の輸出国であるとともに、スエズ運河という物流の要衝を抱えています。中東地域全体の不安定化は、農産物の供給ルートにも影を落とします。

中東情勢悪化の波及シナリオ

【シナリオA】ホルムズ海峡封鎖(短期〜中期):燃料・肥料・輸送の同時危機
原油供給量が日量2,000万バレル規模で途絶。日本の農業用燃料・施設暖房コストが2〜3倍に。天然ガス価格が急騰し、窒素肥料の製造・輸入が停滞。農業資材全般の調達が困難となり、食料生産に直接的な支障が生じるリスク。

【シナリオB】紅海封鎖の長期化(中期):アジア向け物流コストの恒常的上昇
喜望峰迂回が常態化し、農業資材・食料輸入のコストが恒常的に上昇。コンテナ不足・輸送遅延が農薬・資材の在庫切れリスクを高める。農家の経営コストが構造的に増加し、産業全体の競争力が低下。

【シナリオC】中東全域不安定化(長期):食料・エネルギー価格の同時高騰
エネルギー・肥料・食料の価格が同時多発的に高騰。食料の輸入競争が激化し、財政力の弱い途上国では食料危機が深刻化。日本でも食料・エネルギーのダブル高騰が農業経営と食料安全保障を圧迫。

資材リスク:「農業資材の調達網は想像以上に脆弱だ」

農薬・農業用フィルム・農機の原材料と主要産地

日本の農業を支える各種資材は、その原材料の多くを特定の国・地域に依存しています。農薬の有効成分(原体)の多くは石油化学由来であり、農業用マルチフィルムや被覆資材はポリエチレン・ポリプロピレンといった石油化学製品から作られます。農業機械のエンジン部品や電子部品にも、希少金属や半導体が使用されています。

中国依存リスク

農薬原体については、中国が世界の主要生産拠点となっており、日本の農薬製造も中国産原体への依存度が高い状況です。農業用フィルムの原料も中国からの輸入に頼る部分が大きく、農機部品では半導体や希少金属の中国依存が課題として指摘されています。農林水産省の農業白書(令和4年度)でも、農業資材の調達先が特定国に偏在するリスクが明記されています。

台湾海峡有事が発生した場合、半導体の供給が途絶するだけでなく、日中間の経済関係が急速に悪化し、農薬原体や農業資材の輸入に深刻な支障が生じる可能性があります。

海上輸送の混乱リスク

台湾海峡・スエズ運河・パナマ運河はいずれも世界的な海上輸送の要衝であり、それぞれ独自の地政学リスクを内包しています。これらのルートが同時に混乱した場合、農業資材の調達は世界規模で停滞するリスクがあります。パナマ運河では近年、気候変動による水位低下が通航能力に影響を与えており、地政学と気候変動が複合するリスクも現実化しています。

国内代替生産・調達先多角化の現状と限界

政府は農業資材の調達先多角化を推進していますが、原体製造の設備投資には多大なコストと時間がかかります。また、国内での代替生産が技術・コスト面で困難な品目も少なくありません。短期的な「リスクヘッジ」としては在庫の積み増しが有効ですが、保管コストや品質劣化の問題もあり、万能な解決策とは言えません

肥料リスク:「三大肥料の産地集中が日本農業を直撃する」

窒素・リン・カリウムの世界生産マップ

農作物の生育に不可欠な三大肥料成分——窒素(N)・リン酸(P)・カリウム(K)——は、その原料の産出地が世界的に偏在しています。農林水産省「肥料をめぐる情勢」(令和5年5月)は以下のような実態を示しています。

肥料成分主な原料主要産出国・輸入先(日本)
窒素(N)天然ガス(アンモニア合成)尿素:マレーシア60%、中国25%
リン酸(P)リン鉱石りん安:中国76%、モロッコ18%、米国3%
カリウム(K)カリ鉱石塩化加里:カナダ80%、イスラエル9%、ベラルーシ3%、ロシア3%

リン鉱石の経済埋蔵量は中国・モロッコ・エジプトの3か国で世界の約80%を占め、カリ鉱石はカナダ・ベラルーシの2か国で約70%を占めています。この極端な産地集中が、地政学リスクと直結した「肥料安全保障」の弱点を生み出しています

ロシア・ベラルーシ制裁が引き起こした肥料危機(2022年)

2022年のロシアのウクライナ侵攻後、ロシアおよびベラルーシへの経済制裁が発動されました。ロシアはカリウム・窒素肥料の主要輸出国であり、ベラルーシもカリウム肥料の主要輸出国です。制裁の影響で肥料の国際価格は急騰し、日本も肥料の調達難・価格高騰に直面しました。

農林水産省の同資料によれば、令和3年秋以降、中国による肥料原料の輸出検査厳格化とロシアのウクライナ侵攻の影響が重なり、日本の肥料原料輸入は停滞しました。これを受け、代替国からの調達を模索する動きが本格化しましたが、調達先の切り替えには時間とコストがかかりました。

肥料価格高騰が農家経営に与えるダメージ

肥料は農家にとって避けることのできない「固定的な生産コスト」です。肥料価格が急騰した場合、農家はコストを販売価格に転嫁できなければ経営赤字に陥るリスクがあります。特に中小規模の農家は価格転嫁力が弱く、経営への打撃が大きくなる傾向があります。農業白書は、こうした資材価格高騰が農家の経営意欲の低下や離農につながるリスクを指摘しています。

国産肥料・代替肥料の可能性

こうしたリスクへの対応策として、下水汚泥から回収されるリンの利用・堆肥などの有機質肥料・家畜ふん尿の資源化といった国産肥料の活用が注目されています。農林水産省もこれらの取り組みを推進しており、一定の需要を国内資源で代替できる可能性があります。ただし、化学肥料の需要量すべてを国内で賄うことは現時点では困難であり、中長期的な取り組みとして位置づける必要があります。

食料調達リスク:「食料の武器化」が始まっている

主要穀物の産地集中リスク

小麦・トウモロコシ・大豆といった主要穀物は、生産が特定の国・地域に集中しています。農林水産省「食料自給率・食料自給力について」によれば、日本の食料自給率(カロリーベース)は令和4年度で38%にとどまっており、食料供給の6割以上を輸入に依存している状況です。

小麦はロシア・アメリカ・カナダ・オーストラリアの4か国が生産の大宗を担い、トウモロコシ・大豆はアメリカ・ブラジル・アルゼンチンの「大西洋トライアングル」への依存が顕著です。これらの産地で同時に不作や輸出規制が生じた場合、世界の食料市場は急速にひっ迫します

輸出禁止・数量規制の頻発

近年、食料の輸出規制は頻発する傾向にあります。2022年のロシアによる小麦輸出停止、インドによるコメ・砂糖の輸出規制、中国による各種食料輸出への制限——これらは、自国の食料安定を優先し輸出を制限する「食料の武器化」の事例と言えます。農林水産省の食料安全保障関連資料でも、「政治情勢に起因した食料や肥料貿易の制限・規制等」が食料安全保障上の主要リスクとして明記されています。

中国による農地・種子企業の買収戦略

中国による農業関連企業・農地への投資・買収は、世界的に警戒感が高まっています。種子企業の買収は農業技術の囲い込みにつながり、農地の確保は食料供給源の地政学的コントロールを意味します。三菱総合研究所のコラム(2024年)は、こうした動きが食料安全保障を脅かすリスクシナリオのひとつとして現実味を帯びていると指摘しています。

日本の食料自給率38%が意味するリスクの深刻度

食料自給率38%という数字は、国際的にみて先進国最低水準です。農林水産省の資料によれば、世界的な食料需給のひっ迫時に「買い負けリスク」が生じる可能性も指摘されています。新興国・途上国の所得向上による食料需要増加が続く中、日本は輸入競争においても不利な立場に置かれかねません。

気候変動×地政学の複合リスク:「二重の脅威」が農業の未来を変える

気候変動による主要産地のシフトと生産不安定化

農林水産省の令和6年度農業白書は、異常気象の頻発化・被害の激甚化が食料安全保障の重大なリスクとなっていると明記しています。干ばつや高温による世界同時不作のリスクは、地政学的な緊張と相まってより深刻な食料危機を引き起こす可能性があります

水資源をめぐる国際紛争リスク

農業は大量の水を必要とする産業であり、水資源の争奪は既に各地で紛争の火種となっています。中東・北アフリカ・中央アジアでは水不足が深刻化しており、上流国による取水増加が下流国の農業生産を脅かす構図が生まれています。水を巡る国際紛争は食料生産の不安定化を招き、輸出規制や価格高騰につながりかねません

複合リスクが連鎖するシナリオ

【複合リスクの連鎖】最悪シナリオの可視化
中東情勢悪化(エネルギー危機) + 主要産地での干ばつ(食料不作) + ロシア・ベラルーシ制裁継続(肥料高騰) + 台湾海峡緊張(農業資材調達途絶)
→ エネルギー・肥料・食料・農業資材が同時多発的に高騰・不足
→ 農業コストが急騰、農家経営の連鎖的悪化
→ 国内食料生産能力の低下、食料輸入価格の急騰
→ 消費者物価の急上昇、食料安全保障の危機的状況

農林水産省の食料安全保障関連資料は、これらのリスクが単独で発生するだけでなく、複数のリスクが同時・連続的に発生する「複合リスク」こそが最も深刻な脅威であると位置づけています。

日本農業への影響と対策:「リスクを知り、備える」

国レベルの対策

① 備蓄政策の強化と食料安全保障法制の整備
令和6年に成立した「食料供給困難事態対策法」に基づき、政府は不測時の対策を総合的・一体的に実施するための基本方針を策定しました。官民トータルでの備蓄把握や、事態の深刻度に応じた段階的対応が定められています。 ② 中東産油国との関係強化とエネルギー外交
エネルギー依存度の高い中東との外交関係を維持・強化し、危機時のエネルギー確保ルートを多様化することが求められます。サウジアラビア・UAEとの農業・食料分野での協力関係構築も重要な課題です。 ③ 農業自給率向上と国内生産基盤の強化
食料・農業・農村基本法の改正に基づき、担い手の確保・農地集積・スマート農業の普及により国内農業生産を増大させることが、地政学リスクへの根本的な対応策となります。

企業レベルの対策

① 調達先の多角化と在庫の戦略的管理
農業資材・肥料の調達先を特定国に依存しない多角化を進めることが不可欠です。中国一辺倒の農薬原体調達から、インド・東南アジア・欧米への分散を図ることが求められます。 ② 中東リスクを織り込んだBCP(事業継続計画)策定
ホルムズ海峡封鎖・紅海封鎖・エネルギー価格急騰を想定したBCPを策定し、代替調達ルートの確保や備蓄量の設定、コスト増加に対する財務的バッファーを確保することが重要です。 ③ 垂直統合と契約農業の推進
サプライチェーンの上流から下流までを一元管理する垂直統合や、農家との長期契約農業による安定調達の確保が、食料企業の戦略的優位性を高めます。

農家レベルの対策

① 省エネ農業・再生可能エネルギーの導入
ソーラーシェアリングや農業用バイオガス発電の導入により、化石燃料依存を低減することが農家レベルでの最も直接的な対策です。施設園芸での断熱資材の利用や、省エネ型農業機械への切り替えも有効です。 ② 有機肥料・堆肥の活用による化学肥料依存の低減
堆肥・家畜ふん尿・緑肥など国内調達可能な有機質資源の活用を進めることで、化学肥料への依存度を下げ、肥料価格高騰のリスクを緩和できます。 ③ スマート農業の導入によるコスト最適化
精密農業技術(土壌センサー・ドローン施肥など)の導入により、肥料・農薬の使用量を最適化し、資材コストの削減と地政学リスクへの耐性強化を同時に実現できます。

おわりに

地政学リスクは「遠い国の話」ではありません。中東のホルムズ海峡で何かが起きれば、日本の農家の燃料費と肥料代が翌シーズンには跳ね上がります。ロシアとウクライナの紛争は、畑で使う化学肥料の価格を2〜3倍に押し上げました。この連鎖は、世界が平和であるという前提に立って構築されてきた現代農業のサプライチェーンの脆弱性を白日の下にさらしました。

農林水産省は令和6年改正の食料・農業・農村基本法において、「食料安全保障の確保」を基本理念に格上げしました。これは日本政府が初めて法律に「食料危機への備え」を明記したという意味で、歴史的な転換点と言えます。

しかし法律や政策だけでリスクを消し去ることはできません。リスクを正確に理解し、農業の現場から企業、国レベルまで多層的に備えることが、これからの農業に求められる本質的な「強さ」です。

本記事で整理した地政学リスクは、今この瞬間も進行中のものです。エネルギー、肥料、食料、農業資材——それぞれの調達構造を見直し、代替策を準備し、リスクを分散していくことが、日本農業の持続可能性を守る道筋となるでしょう。


参考文献

  1. 農林水産省「令和6年度食料・農業・農村白書」
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/pdf/zentaiban.pdf
  2. 農林水産省「我が国の食料事情について(食料安全保障パンフレット)」
    https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/attach/pdf/panfu1-42.pdf
  3. 農林水産省「令和4年度農業白書 第1節 世界的な食料情勢の変化による食料安全保障上のリスクの高まり」
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r4/r4_h/trend/part1/chap0/c0_1_01.html
  4. 農林水産省「肥料をめぐる情勢(令和5年5月)」
    https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_hiryo/attach/pdf/HiryouMegujiR5-5-1.pdf
  5. 農林水産省「食料需給レポート(令和5年度)」
    https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_rep/monthly/attach/pdf/r5index-3.pdf
  6. 農林水産省農林水産政策研究所「農業と地政学リスクに関する研究」
    https://www.maff.go.jp/primaff/seika/attach/pdf/250418_2034_01.pdf
  7. 農林水産省農林水産政策研究所「令和6年度農林水産政策研究所研究成果報告」
    https://www.maff.go.jp/primaff/kanko/project/attach/pdf/250331_r06cr13.pdf
  8. 三菱総合研究所「『食料安全保障』を脅かすリスクシナリオ(食料自給率と安全保障 第6回)」(2024年6月)
    https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20240605_2.html
  9. 日本総合研究所「中東危機の長期化がもたらすアジア経済の下押しリスク」(2026年3月10日)
    https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/research/pdf/16519.pdf
  10. みずほリサーチ&テクノロジーズ「中東情勢悪化と欧州経済——真に警戒すべきは資源価格の上昇」(2024年2月)
    https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/2024/research_0026.html
  11. 丸紅経済研究所「ホルムズ海峡封鎖の原油・ガス市場への影響」(2026年3月10日)
    https://www.marubeni.com/jp/research/report/data/20260310_ise.pdf
  12. ジェトロ「紅海情勢悪化による物流への影響(地政学的影響を踏まえた中東・アフリカの物流動向)」(2024年9月)
    https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2024/0903/392c24adf9ffa3df.html
  13. 農業研究「農業と地政学リスクをめぐる考察」(農業研究 No.36-2023)
    https://www.nohken.or.jp/NOGYOKENKUYU/No.36-2023/2023-02_tsubota.pdf