近年の資材価格高騰で苦しんできた農業経営に、明るい兆しが見え始めています。農林水産省が公表した令和6年の農業物価指数によると、農産物価格と農業生産資材価格の相対関係を示す「農業交易条件指数」が前年比8.7%上昇の97.3となり、大きく改善しました。この改善の背景にある要因を農産物価格・資材価格の動向から多角的に分析します。

農業交易条件指数とは何か
農業経営の収益環境を把握するうえで、農産物の販売価格と生産コストのバランスは非常に重要です。しかし、個々の品目の価格動向を追うだけでは、農業経営全体の「儲けやすさ」を把握することは困難です。そこで農林水産省では、農業経営全体の収益環境を一本の指標で示す「農業交易条件指数」を算出・公表しています。
農業交易条件指数は、以下の計算式で求められます。
計算式
農業交易条件指数 = 農産物価格指数 ÷ 農業生産資材価格指数 × 100
(令和2年=100を基準とする)
この指数が上昇すれば生産者の経営環境が改善、低下すれば悪化していることを意味します。農産物価格が上がるか、資材価格が下がれば指数は上向きます。
この指数は「交易条件(Terms of Trade)」という経済学の概念を農業に応用したものです。本来は輸出価格と輸入価格の比率で国際競争力を測りますが、農業においては「売る農産物の価格」と「買う生産資材の価格」の比率で農家の経営体力を測ります。この指数が100を上回れば、農家は基準年(令和2年)と比べて「買うコストに対して、売る収入が相対的に多い状態」にあることを意味します。
直近の推移:令和3年以降の大きな変動
農業交易条件指数は、令和元年から令和6年にかけて大きなV字回復の軌跡を描いています。農林水産省「農業物価統計調査(令和6年)」のデータを整理すると、その変化は一目瞭然です。
| 年次 | 農産物価格指数① | 農業生産資材価格指数② | 農業交易条件指数(①÷②×100) | 前年比 |
|---|---|---|---|---|
| 令和元年 | 98.5 | 100.1 | 98.4 | — |
| 令和2年(基準) | 100.0 | 100.0 | 100.0 | — |
| 令和3年 | 100.8 | 106.7 | 94.5 | △5.5% |
| 令和4年 | 102.2 | 116.6 | 87.7 | △6.8% |
| 令和5年 | 108.6 | 121.3 | 89.5 | +1.8% |
| 令和6年 | 117.3 | 120.6 | 97.3 | +8.7% |
出典:農林水産省「令和6年農業物価指数(令和2年基準)」
この表が示すように、農業交易条件指数は令和4年に最低値87.7を記録した後、令和5年に小幅回復、そして令和6年に大きく改善しています。令和4年からの回復幅は約9.6ポイントに達し、コロナ禍の基準年(令和2年=100)にほぼ近い水準まで戻ってきたことがわかります。
米:26.9%の大幅上昇
令和6年の農業経営において最も注目すべきトピックは、米価の大幅な上昇です。米の価格指数は114.5となり、前年比で26.9%上昇しました。農業利益創造研究所の分析によると、2024年の農業簿記ソフトデータ(青色申告個人農家15,780人分)を見ると、普通作(稲作)の販売金額が500万円もアップしており、農業所得は339万円増加しています。
背景には、2024年夏頃からのお米の需要急増があります。いわゆる「令和の米騒動」と称される状況が発生し、米の需給がひっ迫したことで産地価格が急上昇しました。農林水産省の令和6年農業白書でも、令和6年8月以降、米や野菜等の価格が大きく上昇したことが確認されています。

野菜・果実:二桁の上昇
野菜の価格指数は127.7となり前年比12.7%上昇しました。きゅうりやキャベツ等の価格が押し上げ要因となっています。果実も124.9と前年比18.6%上昇しており、りんご(ふじ)やみかん(早生温州)などの価格上昇が寄与しています。野菜・果実ともに、農業利益創造研究所の分析でも販売金額の微増が確認されており、経営改善につながっています。
野菜・果実:二桁の上昇
野菜の価格指数は127.7となり前年比12.7%上昇しました。きゅうりやキャベツ等の価格が押し上げ要因となっています。果実も124.9と前年比18.6%上昇しており、りんご(ふじ)やみかん(早生温州)などの価格上昇が寄与しています。野菜・果実ともに、農業利益創造研究所の分析でも販売金額の微増が確認されており、経営改善につながっています。
農業生産資材価格の動向:ピークアウトが明確に
農業交易条件指数の改善は、農産物価格の上昇だけでなく、農業生産資材価格のピークアウトによっても支えられています。令和6年の農業生産資材価格指数(総合)は120.6となり、前年比0.6%のマイナスとなりました。これは令和3年から続いた上昇基調からの初の転換です。
肥料:6.9%の下落
最も改善が大きかったのが肥料です。肥料の価格指数は136.9となり、前年比6.9%の大幅下落を記録しました。複合肥料等の価格低下が主な要因です。令和4年には前年比27.4%という異常な上昇を示していた肥料ですが、ロシア・ウクライナ情勢の影響を受けた国際的な資材需給の安定化が進んだことで、価格の正常化が農家経営に大きなプラス要素となっています。
飼料:3.6%の下落
飼料の価格指数は140.5となり、前年比3.6%低下しました。配合飼料等の価格低下が主な要因です。農業利益創造研究所の分析でも、2023年に高騰した飼料費が2024年には大幅に減少したことが確認されています。畜産農家においては、高価格の購入飼料を減らし自給飼料を積極活用するという経営改善行動も見られており、コスト削減効果がさらに上乗せされています。
農機具・諸材料:上昇が続く懸念要因
一方で、農機具の価格指数は108.3(前年比+3.1%)、諸材料は116.9(前年比+4.1%)と引き続き上昇しています。コンバインや乗用トラクタ等の農機具の価格上昇は、主に部品コストや輸入価格の上昇によるものです。また、野菜用段ボール等の諸材料も上昇しており、これらは農業経営のコスト増として引き続き農家を圧迫する要因となっています。
農業経営への実態影響:決算データが示す改善
農業交易条件指数の改善は、実際の農家経営にどのような影響をもたらしているのでしょうか。日本政策金融公庫の「令和5年農業経営動向分析」(令和5年決算データ)と農業利益創造研究所の2024年分析データを合わせて見ることで、経営改善の実態が見えてきます。
稲作農家の所得が大幅に改善
農業利益創造研究所のデータによると、2024年の普通作(稲作)の世帯農業所得はトップの860万円に達しました(2023年は酪農の694万円がトップ)。前年差で見ると339万円もの増加です。農産物価格指数の改善が、実際の農家の懐に届いていることが数字から確認できます。
日本政策金融公庫のデータでも、令和5年の稲作において個人北海道は前年比107.6%の売上増・121.1%の利益増、個人都府県でも前年比108.1%の売上増・111.5%の利益増と、米価回復の恩恵が広く行き渡っていることが示されています。
野菜・果樹農家も微改善
野菜農家、果樹農家についても農業利益創造研究所の分析では販売金額が微増し、農業所得も微増しています。日本政策金融公庫のデータでも露地野菜の個人都府県では前年比107.2%の売上増が報告されており、農産物価格の改善が幅広い業種に波及していることがわかります。
畜産農家:飼料費低下で改善傾向
酪農については、農業利益創造研究所のデータで販売金額が300万円ほどアップしたものの、雑収入(補助金等)が大きく減少したことで農業所得の増加は90万円にとどまっています。2023年は肥料・飼料の高騰に対応するため国の支援金が支給されていましたが、2024年はその支援金が縮小されており、補助金依存から自立した収益構造への転換が求められています。
肉用牛については販売金額はほぼ横ばいながら、経費が減少したことで農業所得が80万円増加しています。飼料費の低下が肉用牛農家のコスト圧縮に寄与していることが示されています。
農業経営の改善ポイント まとめ
- 農産物価格が前年比+8.0%上昇(特に米が+26.9%と大幅上昇)
- 肥料・飼料価格がピークアウトし、農業生産資材価格指数が初の前年比マイナス(△0.6%)へ
- 農産物価格の上昇と資材価格の低下が重なり、農業交易条件指数が前年比+8.7%の大幅改善
- 実際の農家決算でも稲作の世帯農業所得が大幅増(+339万円)など経営改善が確認できる
課題と今後の展望
価格転嫁が依然として課題
農業交易条件指数の改善は喜ばしいことですが、農林水産省の農業白書(令和6年度)は価格転嫁の難しさを重要課題として指摘しています。公益社団法人日本農業法人協会が令和5年9月〜令和6年2月に実施した調査によると、農業法人の経営課題として「資材コスト(肥料、飼料、農機等)」(60.1%)が最上位を占め、「価格転嫁ができない」(35.5%)も上位に挙がっています。
また、食品製造業(中小企業)における発注企業から見たコスト増に対する価格転嫁の割合は55.3%にとどまっており(中小企業庁調査)、農業者や食品企業が生産コストの上昇を販売価格に適切に反映できていない実態が浮かび上がります。コストが上昇しても価格転嫁できなければ、農業経営の持続性が損なわれます。
農機具・諸材料のコスト上昇への対応
肥料・飼料はピークアウトした一方、農機具や諸材料の価格上昇は続いています。農機具の価格上昇は農業法人の大型化・機械化への投資に直接影響します。スマート農業の普及やドローン活用の拡大など、新技術の導入コストも増加している中で、機械コストをどのように効率化・シェアリングするかが今後の経営課題として浮上しています。
農業白書が目指す「合理的な価格形成」
農林水産省は令和5年8月に「適正な価格形成に関する協議会」を設立し、飲用牛乳・豆腐・納豆・米・野菜の品目別にワーキンググループを立ち上げ、コスト構造の把握と価格形成の仕組みづくりを進めています。食料システム全体で合理的な費用が考慮される仕組みの構築が、農業経営の持続可能性と消費者利益の両立に向けた政策の根幹となっています。
今後の見通し
農林水産省の農業白書によると、令和6年(2024年)下半期の農業交易条件指数は基準年(令和2年平均)を上回る水準で推移しており、令和7年2月時点では農産物価格指数が136.0、農業生産資材価格指数が123.0となっています。この結果、令和6年下半期以降、農業交易条件指数は100を超える状況が継続しており、令和2年以来久しぶりの「農家に有利な局面」が続いています。
ただし、米価については過剰な高騰が続くと消費者離れや輸入圧力を招くリスクもあり、需給のバランスを注視する必要があります。また、為替動向・エネルギー価格・国際農業資材市況によっては、肥料・飼料の再上昇も否定できません。農家としては好調な局面を活かして財務体力を回復しつつ、中長期的なコスト構造の最適化に取り組むことが重要です。
農家が今できること:改善局面を経営強化に活かす
農業交易条件指数の好転は、農家にとって経営立て直しと強化のまたとない機会です。この局面を最大限に活かすために、以下の視点が有効です。
① 財務の立て直しと内部留保の強化
令和3〜4年の資材高騰期に悪化した収益体質を回復させるため、好収益期に借入返済を前倒しするか内部留保を積み上げることが重要です。日本政策金融公庫のデータでは、令和5年にすでに耕種全体で個人経営は増収増益となっており、この流れを令和6年の大幅改善に続けることが経営安定につながります。
② 価格競争力の強化:直接販売・ブランド化
農業利益創造研究所の南石名誉教授も指摘するように、消費者・小売店・レストラン等への直接販売により農家の販売価格を高め、消費者も鮮度の良い農産物をより安く調達できる直売モデルが注目されています。一般に農家の販売価格と小売価格の間には2〜4倍の格差があるとされており、流通を短縮することで農家の取り分を増やす余地があります。
③ 資材調達の見直しと規模の最適化
肥料・飼料の価格が落ち着いている今こそ、資材の調達先・調達量・使用量の見直しを行う好機です。農業利益創造研究所の分析では、畜産農家が高価な購入飼料を減らして自給飼料を活用することでコストを下げた例も示されています。農機具はシェアリングや集落営農による共同利用で固定費を分散する工夫も有効です。
まとめ
令和6年の農業交易条件指数は97.3となり、前年比8.7%の大幅上昇を記録しました。その背景には、①米・野菜・果実を中心とした農産物価格の上昇(+8.0%)と、②肥料・飼料を中心とした農業生産資材価格のピークアウト(△0.6%)という二つの要因が重なっています。
令和3〜4年に資材高騰で大きく悪化した農業経営は、令和5〜6年にかけて着実に回復軌道に乗っており、実際の農家の決算データにも稲作農家の農業所得大幅増加など改善の実態が反映されています。
ただし、農機具・諸材料のコスト上昇は継続中であり、価格転嫁の難しさも依然として存在しています。農林水産省が推進する「合理的な価格形成」の取り組みを注視しながら、好転局面を財務回復・経営体質強化・収益モデルの多様化に活かしていくことが、持続可能な農業経営実現への鍵となります。
農業交易条件指数は、今確かに上がっています。この回復の機会を最大限に活かせるかどうかは、一人ひとりの農業者の経営判断にかかっています。
参考文献
- 農林水産省「令和6年 農業物価指数(令和2年基準)農業物価統計調査」(令和7年7月30日公表)
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noubukka/pdf/bukka_24.pdf - 農林水産省「令和6年度食料・農業・農村白書 特集2 合理的な価格の形成のための取組を推進」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/pdf/1-0b_tokusyu2.pdf - 農林中金総合研究所「農林金融 2025年1月号」
https://www.nochuri.co.jp/kanko/pdf/nrk2501-2.pdf - 日本政策金融公庫「令和5年農業経営動向分析結果」(2024年12月)
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/r06_zyouhousenryaku_3.pdf - 農業利益創造研究所「2024年度の営農類型別の農業経営収支はどうだったのか?」(2025年7月7日)
https://nougyorieki-lab.or.jp/management/14435/
