農業の担い手が急速に減少するなか、「機械を入れれば解決する」という時代は終わりつつあります。スマート農業技術を導入しても、従来の生産方式のままでは性能を十分に発揮できない——この課題に正面から向き合った法律が、2024年10月に施行された「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律」(スマート農業技術活用促進法)です。
本記事では、この法律の全体像を整理したうえで、農業者・農業法人が直接活用できる「生産方式革新実施計画」の認定メリットを5つの軸で徹底的に解説します。施設園芸や加工・業務用野菜の産地形成に取り組む方にとっても重要な内容を含んでいますので、ぜひ最後までお読みください。
1.法律制定の背景
1-1 農業を取り巻く環境変化
農林水産省のデータによると、農業を主な生業とする基幹的農業従事者数は2005年から2020年の15年間で224万人から136万人へと約40%減少しました。特に2015年から2020年の5年間では2割以上減少しており、2000年以降で最大の落ち込みとなっています。
さらに深刻なのは今後の見通しです。従来の人手を前提とした慣行的な生産方式を維持したままでは、2030年には基幹的農業従事者が約30万人にまで減少するという試算もあります。食料の安定供給体制を維持するためには、農業の生産性を抜本的に引き上げることが国家的な課題となっています。 【図1】基幹的農業従事者数の推移と将来予測
| 年 | 基幹的農業従事者数 | 備考 |
|---|---|---|
| 2005年 | 224万人 | — |
| 2015年 | 175万人 | — |
| 2020年 | 136万人 | 5年間で約2割減(2000年以降最大) |
| 2030年(予測) | 約30万人 | 慣行的生産方式を維持した場合の試算 |
出典:農林水産省「基幹的農業従事者(農林水産省)」をもとに作成
1-2 スマート農業技術の普及が進まない理由
ドローンやロボットトラクターなどのスマート農業技術に対する関心は高まっています。たとえばドローンによる農薬等の散布面積は近年急速に拡大しており、2023年度には約109万7千haに達しています。
しかし、技術の導入が期待通りの効果を生まないケースも多く見られます。その根本的な理由は、従来の人手を前提とした栽培方法のままスマート農業機器を導入しても、機器の性能を十分に発揮できないという点にあります。たとえば、自動収穫ロボットを入れても畝の形状や品種が機械収穫に適していなければ稼働率は上がりません。また、機器の導入コストが高いにもかかわらず稼働率が低ければ、費用対効果が発揮されにくいという課題もあります。
1-3 法律の位置づけ
こうした課題を踏まえ、2024年6月に成立・10月に施行されたのがスマート農業技術活用促進法です。この法律は、単なる技術導入の補助ではなく、「技術の活用」と「生産方式の転換」をセットで推進するという点に大きな特徴があります。
農林水産大臣が「基本方針(告示)」を定め、制度運用の詳細を規定する仕組みを採用しており、2024年9月に同告示が制定・公表されました。
2.法律の全体像:2つの認定制度
2-1 制度の骨格
スマート農業技術活用促進法は、生産側と開発側の両面からスマート農業技術の活用を推進する構造になっています。具体的には以下の2つの計画認定制度を設けています。 【図2】スマート農業技術活用促進法の2つの認定制度
| 計画の名称 | 対象者 | 取り組みの内容 |
|---|---|---|
| ①生産方式革新実施計画 | 農業者・JA等 | スマート農業技術の活用+農産物の新たな生産方式の導入 |
| ②開発供給実施計画 | 農機メーカー・スタートアップ・大学・公設試等 | スマート農業技術等の開発+その成果の普及(供給) |
出典:農林水産省「スマート農業技術活用促進法について」をもとに作成
①が農業の生産現場での技術導入を促進し、②が実用化に至っていない技術の開発速度を引き上げる——この「生産×開発」の好循環を制度面から後押しする設計です。
なお、本記事では農業者が直接関係する①生産方式革新実施計画に焦点を絞って解説します。
2-2 「スマート農業技術」とは何か
法律が対象とするスマート農業技術は、ロボット・AI・IoTなどの先端技術を農業に活用するものです。具体的な例を営農類型別に整理すると以下のとおりです。
スマート農業技術の具体例(営農類型別)
| 分類 | 具体的な技術例 |
|---|---|
| 土地利用型農業 | ロボットトラクター、自動操舵システム、自動収穫機、運搬ロボット、草刈ロボット、収量センサ付きコンバイン、水管理システム、農業用ドローン・人工衛星 |
| 施設園芸 | 環境制御システム、収穫ロボット、自動かん水システム |
| 共通 | 経営・生産管理システム、スマート選果システム、家畜の生体管理システム |
出典:農林水産省「スマート農業技術活用促進法について」をもとに作成
3.生産方式革新実施計画とは
3-1 「生産方式革新事業活動」の定義
生産方式革新実施計画の申請対象となる「生産方式革新事業活動」とは、以下の2つをセットで、相当規模で実施することにより農業の生産性を相当程度向上させる事業活動です。
- (A)スマート農業技術の活用
- (B)農産物の新たな生産の方式の導入
AとBをセットで行うことが必須である点が、この制度の最大の特徴です。農水省は「従来の生産方式のままスマート農業技術を導入するだけでは、稼働効率が低くなり、人手に頼らなければならない細かい作業が残る」と明確に課題を整理しており、本計画はスマート農業技術に適した生産方式への転換に踏み切る農業者を制度面・資金面で後押しすることを目的としています。
3-2 「農産物の新たな生産の方式の導入」の3類型
(B)の「農産物の新たな生産の方式の導入」については、法律が以下の3つの類型を規定しています。
新たな生産の方式の導入:3類型と具体例
| 類型 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| (あ) | 作業効率向上に資する圃場形状・栽培方法・品種等の導入 | 直播ドローン導入+直播適性が高い水稲品種への転換 無人運搬ロボット導入+省力樹形導入による導線の確保 |
| (い) | 機械化体系に適合した出荷方法の導入 | 自動収穫機導入+機械収穫に適した規格統一による省力化出荷体制の構築 |
| (う) | 技術で得られるデータの共有・有効活用 | センシングドローン導入+データに基づく可変施肥の実施 精密出荷予測システム+収穫時期・量のデータを出荷先と共有 |
出典:農林水産省「スマート農業技術活用促進法について」をもとに作成
3-3 申請できる主体と3つの導入パターン
申請できるのは農業者またはその組織する団体(JAなど)です。重要なのは、スマート農業機器を自ら所有しなくても計画に参加できる点です。以下の3パターンが認められています。
- パターン① 農業者が自らスマート農機等を導入する
- パターン② 複数の農業者がスマート農機等を共同利用する
- パターン③ 農業者がスマート農業技術活用サービス事業者を活用(レンタル・農作業委託等)する
いずれのパターンでも、農業者およびサービス事業者の双方が税制・金融等の特例措置を受けられます。初期投資負担を抑えたい農業者でも活用しやすい設計です。
3-4 認定を受けるための3つの要件
生産方式革新実施計画の認定を受けるには、以下の3つの要件をすべて満たす必要があります。
【認定要件の3条件】
- 労働生産性を計画全体で5%以上向上させる目標を設定すること
- 生産方式の革新を申請者の作付面積または売上高のおおむね過半数規模で実施し、費用対効果を確保できる規模で取り組むこと(下限面積は設けない)
- 農業所得が維持され、かつ黒字となるよう取り組むこと
3-5 計画の実施期間と申請手続き
申請手続きの概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 申請先 | 最寄りの地方農政局等 |
| 審査期間 | 原則1か月(取り組み内容によっては延長する場合あり) |
| 申請期限 | なし(常時受付) |
| 実施期間 | 原則5年以内(果樹等の植栽・育成を伴う場合は10年以内) |
4.認定を受けると何が変わるか――メリットの全体像
認定メリットは大きく5つの軸に整理できます。まず全体像を俯瞰してから、各メリットの詳細を解説します。
生産方式革新実施計画の認定メリット:5つの軸
| No. | メリットの種類 | 主な内容 |
|---|---|---|
| ① | 金融上の特例 | 日本政策金融公庫による長期低利融資(最長25年・据置5年) |
| ② | 税制上の特例 | スマート農業技術活用投資促進税制(特別償却) |
| ③ | 行政手続きの簡素化 | 農地法・航空法の届出・手続きのワンストップ化 |
| ④ | 補助事業での優遇 | 各種補助事業でのポイント加算・優先採択 |
| ⑤ | 野菜関連法令の特例 | 指定産地外でも「登録生産者」とみなされる(野菜生産出荷安定法の特例) |
出典:農林水産省「スマート農業技術活用促進法について(令和7年4月版)」をもとに作成
4-1 ①金融上の特例:日本政策金融公庫の長期低利融資
認定を受けた農業者等は、株式会社日本政策金融公庫からスマート農業技術活用促進資金の融資を受けられます。この融資の大きな特徴は、長期・低利・据置期間の長さにあります。 【表4】スマート農業技術活用促進資金の主な条件
| 項目 | 条件 |
|---|---|
| 償還期限 | 25年以内(食品等事業者は10年超25年以内) |
| 据置期間 | 5年以内(事業者の初期償還負担を軽減) |
| 貸付金利 | 借入期間に応じて0.70%〜1.45%(令和6年1月1日現在) |
| 貸付限度額 | 貸付負担額の80%以内 |
| 貸付金の使途 | 機械・ソフトウェア等の取得、施設整備等に加え、長期運転資金(研修費・販売促進費等)も対象 |
出典:農林水産省「スマート農業技術活用促進法について(令和7年4月版)」をもとに作成
据置期間が5年以内と設定されているため、導入直後の売上が安定しない時期の返済負担を抑えられます。また長期運転資金(研修費・販売促進費など)も使途に含まれる点は、単なる設備補助とは異なる大きな特徴です。
4-2 ②税制上の特例:スマート農業技術活用投資促進税制
認定を受けた農業者等が対象となるスマート農業機械等を取得した場合、通常の減価償却に加えて一定額を上乗せして損金に算入できる「特別償却」が適用されます。これにより、導入当初の税負担を大幅に軽減できます。
スマート農業技術活用投資促進税制の特別償却率
| 対象資産の種類 | 特別償却率 | 適用期限 |
|---|---|---|
| 機械装置・器具備品(通常) | 32% | 令和9年3月末まで |
| 機械装置・器具備品(一部) | 25% | |
| 建物・構築物 | 16% |
出典:農林水産省「スマート農業技術活用投資促進税制」をもとに作成
具体的なイメージとして、1,400万円・耐用年数7年のスマート農業機械を導入した場合、特別償却率32%を適用すると通常の償却分に加えてさらに448万円を損金算入でき、初年度の税負担を大きく軽減できます。
なお、中小企業経営強化税制(C類型:デジタル化設備に係るもの)との重複適用はできない点に注意が必要です。税理士等の専門家と事前に確認することをお勧めします。
4-3 ③行政手続きのワンストップ化
認定を受けると、関連する行政手続きが簡素化されます。
- 農地法の特例:農地をコンクリート等により覆う措置(ハウスの基礎工事など)を実施する場合の農地法に基づく届出が、ワンストップ化されます。
- 航空法の特例:農業用ドローン等の無人航空機による農薬散布等の特定飛行を行う場合の航空法上の許可・承認の手続がワンストップ化されます。開発供給実施計画に記載することで、航空局への別途申請が不要になります。
これらの手続き簡素化は、農業者が複数の行政窓口を往来する手間を削減し、計画の実行に集中できる環境を整えるものです。
4-4 ④補助事業における優遇措置
令和7年度補正予算および令和8年度当初予算において、生産方式革新実施計画の認定を受けることで、各種補助事業の審査でポイント加算・優先採択等の優遇措置が設けられています。
具体的には「スマ転事業(スマート技術体系への包括的転換加速化総合対策事業)」などとの連携も打ち出されており、認定を受けることが補助事業の採択可能性を高める要素のひとつとなります。詳細は農水省の最新情報をご確認ください。
4-5 ⑤野菜生産出荷安定法の特例(施設園芸・加工用野菜産地向け)
施設野菜・加工業務用野菜の生産に取り組む農業者にとって特に注目すべき特例があります。
産地連携野菜供給契約に基づく指定野菜の供給事業が生産方式革新実施計画に記載されている場合、その認定を受けた農業者は指定産地の外にある産地であっても「登録生産者」とみなされ、「契約指定野菜安定供給事業(数量確保タイプ)」を活用できるようになります(野菜生産出荷安定法の特例)。
これは、指定産地でない地域の農業者が、スマート農業技術を通じた契約取引に参入できる道を開くものであり、加工・業務用野菜の増産を目指す取り組みを強力に後押しします。
5.認定事例から見る活用イメージ
令和6年度中(2024年10月の施行から2025年3月末まで)に、生産方式革新実施計画は22件、開発供給実施計画は8件が認定されました。ここでは代表的な事例を紹介します。
事例① しかりべつ高原野菜出荷組合(加工・業務用キャベツ)
北海道の「しかりべつ高原野菜出荷組合 加工キャベツ部会」は、加工・業務用キャベツの栽培において精密出荷予測システムを導入し、収穫時期・収穫量等のデータをサービス事業者や食品等事業者と共有しました。これにより、作業員の計画的な手配や予冷庫等の計画的な活用によるコスト削減を実現するとともに、栽培履歴データの分析結果を産地全体の品質・収量向上に向けた肥培管理に活用しています。
これは新たな生産の方式の導入3類型のうち「(う)データの共有・有効活用」のモデルケースといえます。
事例② 株式会社ファームヤマザキ(宮崎県えびの市・水稲)
山あいの地域で大規模な米づくりに取り組む同社は、自動操舵トラクター・ロボット田植機・農業用ドローンを導入し作業を省力化するとともに、畦畔の除去による農地集約で中山間地でも作業効率の高い米づくりを目指しています。これは「(あ)圃場形状の変更」と技術導入を組み合わせた典型例です。
施設園芸農家が活用する場合のイメージ
農水省は施設園芸農家向けのチラシも公表しており、たとえば以下のような組み合わせが想定されます。
- 環境制御システム導入+データ連動型の栽培管理への転換(類型(う))
- 収穫ロボット導入+機械収穫適性の高い品種・栽培体系への転換(類型(あ))
- 自動搬送システム導入+搬送動線に合わせた栽培レイアウトの変更(類型(あ))
特に施設園芸における収穫・搬送・環境管理の自動化は、開発供給実施計画の重点開発目標にも位置づけられており、今後対応技術の供給が拡大することが見込まれます。
6.申請にあたっての実務ポイント
実際に申請を検討する場合、以下の点を押さえておくことをお勧めします。
6-1 計画策定の手引きを活用する
農水省は「生産方式革新実施計画の申請・認定に関する情報」として、計画策定の手引き(記載例つき)をホームページ上で公表しています。申請書の様式(ワード形式)も公表されており、地方農政局ごとの申請先ページからダウンロードできます。
6-2 地方農政局への事前相談を早めに行う
農水省は「計画の開始を予定している時点から、時間的余裕をもって事前相談を行うこと」を推奨しています。審査期間は原則1か月ですが、取り組み内容が複雑な場合は期間が延びることもあります。補助事業の公募スケジュールとの調整も考慮し、余裕をもって動くことが重要です。
6-3 サービス事業者との共同申請という選択肢を検討する
機器の購入コストが負担となる場合は、スマート農業技術活用サービス事業者を活用するパターン(前掲パターン③)で計画を策定することも有効です。この場合、農業者は機器を所有せずに特例措置を受けられる可能性があり、設備投資リスクを軽減できます。サービス事業者との連携も含めた計画の組み立てについて、地方農政局に相談することをお勧めします。
6-4 税制特例の適用は税理士等と事前確認を
特別償却の適用にあたっては、対象機器の要件確認や中小企業経営強化税制との重複適用不可の問題など、専門的な判断が必要です。計画認定後に税理士等の専門家と連携し、適切に手続きを進めることを強くお勧めします。
7.おわりに
スマート農業技術活用促進法の核心は、「技術を導入すること」ではなく「技術が最大限に機能する生産方式に転換すること」を支援する点にあります。この本質を理解することが、制度を有効に活用するうえで最も重要です。
農業者・農業法人の皆さまにとっては、長期低利融資・特別償却・行政手続きのワンストップ化・補助事業での優遇という4つの実務的メリットに加えて、施設園芸・加工業務用野菜の産地形成を目指す方には野菜生産出荷安定法の特例という第5のメリットが用意されています。
申請はいつでも可能(期限なし)ですので、スマート農業技術の導入を検討している方は、まずは最寄りの地方農政局等への事前相談から始めてみてください。
次回の記事では、施設園芸農家がこの制度をどのように活用できるか、より具体的なシナリオを掘り下げる予定です。
参考文献
- 農林水産省「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(e-Gov 法令検索)」
https://laws.e-gov.go.jp/law/506AC0000000063 - 農林水産省「スマート農業技術活用促進法について」(令和7年4月版)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/houritsu.html - 農林水産省「スマート農業技術活用促進法に基づく計画認定制度の申請受付がスタートします!」(令和6年10月1日プレスリリース)
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/kihyo03/241001.html - 農林水産省「スマート農業」総合ポータル
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/ - 農林水産省「開発供給実施計画の申請・認定に関する情報」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/kaihatsu.html - 農林水産省「令和6年度農林水産白書 特集3 スマート農業技術の活用と今後の展望」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/r6_h/trend/part1/chap0/c0_1_03.html - 農林水産技術会議「スマート農業技術の開発・供給関係事業」
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/kaihatu_kyokyu_zigyo/index.html - 農林水産技術会議「スマート農業実証プロジェクト」
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/smart_agri_pro/smart_agri_pro.htm - 農研機構(NARO)「令和6年6月 スマート農業技術活用促進法 参考資料(詳細版)」
https://www.naro.go.jp/smart-nogyo/suishin-kyogikai/files/event_20240711-26_siryo.pdf - 農畜産業振興機構(ALIC)「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)について」(野菜情報 2025年1月号)
https://vegetable.alic.go.jp/yasaijoho/wadai/2501_wadai1.html
