農地集積や法人化が加速する中、大規模稲作経営はますます注目を集めています。しかし、面積を広げれば広げるほど、稲作単一経営では経営が成り立ちにくくなるという構造的な矛盾が存在します。本記事では、その背景にある三重の課題を整理し、なぜ多角化が「選択肢」ではなく「必然」なのかを解説します。

1.はじめに――大規模化すれば儲かるのか?

農林水産省の2020年農林業センサスによれば、水田で15ha以上を耕作する生産者は直近5年間で約4割増加しました。離農した農家の農地を意欲ある担い手が引き受けることで、一経営体あたりの面積は急速に拡大しています。大型農機やスマート農業技術の普及を背景に、「規模を広げるほどコストが下がり、収益が上がる」というイメージを持つ方も多いでしょう。

ところが、農林水産省「令和5年営農類型別経営統計」のデータは、その期待を鋭く裏切ります。稲作単一経営(稲作の販売収入が農産物総販売収入の80%以上)の農業所得は、実はマイナスとなっています。一方で、稲作を主体としながら野菜や麦・大豆を組み合わせた「稲作1位複合経営」では農業所得が52万4千円とプラスに転じます。

なぜ大規模稲作経営ほど多角化が必要なのかを、①収益構造、②労働力管理、③リスク分散の三つの観点から体系的に解説します。

2.大規模稲作経営が抱える三重の構造的課題

2-1 米価の長期下落と収益構造の脆弱性

1995年の食糧管理法廃止以降、主食用米の価格は長期的な下落傾向をたどっています。主な要因は主食用米の消費量が毎年約10万トンずつ減少していることにあります。農水省によれば、ピーク時(1960年代)の作付面積は約330万haに達していましたが、現在は128万ha台まで縮小しています。

規模拡大によるコスト削減効果は確かに存在しますが、生産費の低減は10〜15ha付近で踊り場を迎えるとされています(minorasu, 2025)。それ以上の規模になると、農地の分散錯圃や雇用コストの増大により、面積当たりのコストはほとんど下がらなくなります。つまり米価が低迷する中で規模を拡大しても、収益性の向上に直結しないケースが多いのです。

さらに、農業簿記データを用いた分析(農業利益創造研究所, 2022)によれば、収入金額7,000万円以上の大規模経営では、水稲の販売収入の落ち込みを麦の販売でカバーする動きが顕著です。大規模になるほど米価変動の影響が大きくなるため、複数の収入源を持つことが経営安定の鍵となっています。

2-2 労働力の季節的偏在と通年雇用の困難

図1をご覧いただくとわかる通り、稲作の作業は春(3〜5月:育苗・田植え)と秋(9月:収穫・調製)の2つの山に極端に集中しています。冬(12〜2月)と初春(1〜2月)は農作業がほとんどなく、雇用労働者にとっては「仕事がない期間」が生じます。

家族経営の小規模農家であれば農閑期は休息や準備作業に充てることができますが、大規模法人経営では雇用労働者を抱えている分、この問題が深刻化します。繁忙期に合わせて通年雇用すると採算が取れず、かといって繁忙期だけのアルバイト雇用では優秀な人材が定着しないという悪循環が生まれます(アグリウェブ, 2023)。

農林水産政策研究所の研究(八木・木南, 2019)によれば、多角化戦略は雇用労働力の通年活用を可能にし、人材定着・技術蓄積・組織力強化という経営の質的向上にも直結すると指摘されています。収穫後の農閑期に仕事を確保することは、法人として雇用を維持するための経営上の必須条件といえます。

2-3 単一作目集中によるリスクの集中

稲作単一経営は収入源が米価一本であるため、気象災害・米価急落・病害虫の発生といったリスクが経営全体に直撃します。2024年の「令和の米騒動」が象徴するように、米の需給と価格は予期せぬ要因で大きく変動することがあります。

また、規模が大きくなるほど大型農機・乾燥調製施設への投資額が膨らむため、収益が落ち込んだ際の固定費負担が重くのしかかります。さらに、借り受け農地の拡大に伴って賃借料という固定コストも増大します。こうした固定費の増大と収入の不安定性が組み合わさることで、大規模稲作経営ほど経営リスクが高まるという逆説的な構造が生まれています。

3.多角化が解決策となる理由

3-1 農閑期の労働力を活かす「作期分散型複合経営」

多角化による最大のメリットの一つは、稲作の農繁期と重ならない作目を組み合わせることで、通年の労働力を有効活用できる点にあります。

北陸地方の大規模稲作法人F社(水稲157ha)の事例では、水稲・麦作の後にキャベツを主とする露地野菜の契約栽培を導入し、「農地利用の効率化と労働力の有効活用」を実現しています(農業経営研究, 2018)。また同地域のB社では、農閑期に地域の伝統食「かぶら寿し」の加工・販売を行うことで周年労働を可能にしており、雇用の安定化に成功しています。

特に注目すべきは、施設園芸(ハウス野菜・次世代型温室)との組み合わせです。水稲の農閑期にあたる冬季(12〜2月)は、加温ハウスによる葉菜類・トマト等の施設野菜の生産に適しており、労働力のシームレスな活用が可能です。実際に、稲作農家が農閑期に施設園芸農家へ出向する形で労働力を融通し合う事例も報告されています(アグリウェブ, 2023)。

【ポイント】水稲と作期が重なりにくい作目の例
minorasu(2025)の分析によれば、種子準備から田植えまでの3〜5月、収穫・調製のある9月に作業が重ならない作物が複合経営に適しています。麦(収穫6〜7月)、大豆(収穫10〜11月)、冬季の施設野菜などがその代表例です。

3-2 収益の複線化によるリスクヘッジ

複合経営が収益面に与える効果は、統計データにも明確に表れています。

営農類型別農業所得の比較(令和5年)

営農類型農業所得(円)所得率備考
稲作単一経営△(マイナス)稲作が販売収入の80%超
稲作1位複合経営524,000プラス稲作が主、他作目を組み合わせ
水田作(全体平均)参考値農水省統計より

出所:農林水産省「令和5年営農類型別経営統計」をもとに作成

稲作を主体としながらも複合経営に転換するだけで、農業所得がマイナスからプラスへと反転することがわかります。また大規模農家のデータ分析では、収入7,000万円以上の経営体が水稲を減らして麦・大豆を増やしており、麦の販売収入で米価下落をカバーしている実態が明らかになっています(農業利益創造研究所, 2022)。

農水省も「水田農業高収益化推進計画」のもと、主食用米と比べて面積当たり収益性の高い野菜・果樹等の高収益作物への転換を積極的に推進しており、政策的な後押しも整っています(農水省白書, 令和元年度)。転作補助金(水田活用の直接支払交付金)の活用も、多角化の収益性をさらに高める要素です。

3-3 農地・農機の稼働率向上

大規模稲作経営では、大型トラクター・田植機・コンバイン・乾燥調製施設などへの巨額の設備投資を行っています。しかし稲作だけでは、これらの農機の稼働期間は年間わずか数週間に限られます。複合経営によって農地・農機の稼働率を高めることで、投資コストを回収しやすくなります。

北陸地方の先進法人では、区画拡大による圃場連坦(れんたん)化を進めつつ、ブロックローテーションで麦・大豆・野菜を組み合わせることで、農地・機械・労働力の三要素を年間を通じて最大限に活用しています(農業経営研究, 2018)。

4.多角化の方向性と類型

一口に「多角化」といっても、その形態は経営規模・立地・労働力・資金力によって異なります。以下に代表的な4類型を整理します。

類型主な作目・事業農閑期補完効果初期投資適合する経営規模
①作目複合型麦・大豆・飼料用米・加工用米△(作期が一部重複)低〜中20ha以上〜。転作補助金との親和性が高い
②露地野菜型キャベツ・ほうれん草・ネギ等○(水稲後作で導入可)30ha以上。大規模機械体系を活用しやすい
③施設園芸型ハウス野菜・次世代型温室(トマト・葉菜類等)◎(冬季に集中稼働)規模より資金力・人材が鍵。雇用の年間平準化に最適
④6次産業化型加工品製造・直接販売・農家レストラン等○(農閑期に加工作業)中〜高地域立地・販路確保が前提。高付加価値化に有効

各類型は組み合わせも可能。◎=補完効果大、○=あり、△=限定的

特に③施設園芸型は、稲作の農閑期(冬季)に最も集中的に稼働できる点で、労働力の通年活用という観点から理論的に最も合理的な選択肢の一つです。次世代型大規模ハウス(オランダ型Venlo温室等)は初期投資こそ大きいものの、年間収量・品質安定性・環境制御の面で露地・慣行ハウスを大きく上回るポテンシャルを持っています。

①作目複合型(麦・大豆)は転作補助金との親和性が高く、既存の機械体系をそのまま活用できるため、多角化の「入口」として取り組みやすい類型です。農水省も水田フル活用政策のもとで戦略作物への転換を推奨しており、政策的な裏付けもあります。

5.多角化を進める上での留意点

5-1 労働競合の回避

多角化に取り組む際に最も注意すべきは、稲作の農繁期(特に3〜5月の田植えシーズンと9月の収穫シーズン)と新たな作目の作業が重なることです。労働力が分散してしまうと、どちらの作目も適期に作業ができず、収量・品質の低下を招きます。作業カレンダーを精緻に設計し、農繁期をはずした作目・品種を選定することが大前提です。

5-2 人材育成の重要性

多角化が進むと、従来の稲作オペレーターとしての役割だけでなく、新たな作目・業務に対応できる人材が求められます。農業経営研究(2018)は、多角化した法人経営では「作目別の熟練スペシャリスト」と「経営全体を俯瞰するゼネラリスト」の両方を育成することが重要と指摘しています。通年雇用による人材定着を実現してはじめて、こうした人材育成への投資が意味を持ちます。

5-3 段階的な多角化

一気に多角化を進めることは、資金・人材・管理の観点からリスクを伴います。まず転作補助金を活用した麦・大豆の導入で複合経営の土台を作り、収益・人材が安定した段階で露地野菜や施設園芸へと展開するという段階的なステップアップが現実的なアプローチです。

おわりに

ここまで見てきたように、大規模稲作経営が抱える課題――米価下落による収益悪化・農閑期の労働力余剰・単一作目リスクの集中――は、いずれも規模を拡大するほど深刻化する構造的な問題です。そしてその解決策は、いずれも「多角化」へと収束します。

稲作単一経営の農業所得がマイナスである以上、大規模稲作法人が収益を確保し、雇用を守り、経営を継続するためには、複合経営への転換は「やった方がいい選択肢」ではなく「やらなければならない必然」と言えるでしょう。

農水省が推進する「水田フル活用」「高収益作物転換」の政策方向も、まさにこの現実を反映したものです。特に、施設園芸・次世代型ハウス園芸は農閑期の補完という観点から稲作との親和性が高く、今後の大規模稲作法人の経営モデルを考える上で、最も注目すべき多角化の方向性の一つと言えます。

本記事が、大規模稲作経営に携わる方々、あるいは農業への新規参入を検討されている事業者の皆さまにとって、経営戦略を考える一助となれば幸いです。

参考文献

  1. 農林水産省「令和5年営農類型別経営統計」(農業経営統計調査)
    https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/noukei/einou/
  2. 農林水産省「食料・農業・農村白書 令和元年度版 第4節 米政策改革の動向」
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r1/r1_h/trend/part1/chap3/c3_4_00.html
  3. 農林水産省「食料・農業・農村白書 令和5年度版 第2節 担い手の育成・確保」
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r5/r5_h/trend/part1/chap4/c4_2_00.html
  4. 齋藤修・宮武恭一・迫田登稔(2018)「稲作法人経営における多角化戦略と経営革新」『農業経営研究』54巻3号
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/arfe/54/3/54_117/_html/-char/ja
  5. 八木洋憲・木南章(2019)「多角化戦略と農業経営の持続可能性」『農業経営研究』57巻3号
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/fmsj/57/3/57_7/_article/-char/ja/
  6. 茅根志穂・堀口健治(2023)「大規模稲作経営の規模拡大と作業構造の変化――100haを超える家族経営を事例として――」『農業農村工学会論文集』2023年14号
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/naroj/2023/14/2023_19/_html/-char/ja
  7. 農業利益創造研究所(2022)「麦と大豆の需要が高まる中で、作付面積は増えたのか?減ったのか?」
    https://nougyorieki-lab.or.jp/kind/7440/
  8. minorasu(2025)「米農家の年収目安は?複合経営の所得率」
    https://minorasu.basf.co.jp/80681
  9. minorasu(2025)「稲作農家の大規模化――借地による大規模化の成功ポイント」
    https://minorasu.basf.co.jp/komeney/rent-farmland
  10. アグリウェブ(2023)「繁閑差が大きい経営体が通年雇用をする方法」
    https://www.agriweb.jp/column/495.html