農林水産省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」は、2050年までに有機農業の取組面積を耕地全体の25%(100万ha)に拡大することを掲げた、日本農業の転換を目指す中長期的な政策方針です。策定から4年が経過し、取組面積や認定制度の整備など生産側の進捗が数字として見えてきた一方、消費者の行動変容はどこまで進んでいるのでしょうか。
本記事では、農業白書や農林水産省の調査データをもとに、みどり戦略の現状と課題、そして「オーガニック市場」が本当に広がるための条件を考察します。
第1章 みどりの食料システム戦略とは何か――改めて整理する
1-1 戦略の概要とKPI
みどりの食料システム戦略は、気候変動・担い手不足・国際的な環境規制への対応という三つの課題認識のもと、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する」ことを基本方針として策定されました。
戦略が掲げる主なKPI(2050年目標)は以下のとおりです。
| 指標 | 2030年中間目標 | 2050年最終目標 |
|---|---|---|
| 有機農業取組面積 | 6.3万ha | 100万ha(耕地の25%) |
| 化学農薬使用量(リスク換算) | 10%低減 | 50%低減 |
| 化学肥料使用量 | 20%低減 | 30%低減 |
| 農林水産業のCO2排出量 | 削減推進 | ゼロエミッション |
| オーガニックビレッジ創出 | 200市町村 | - |
出典:農林水産省「みどりの食料システム戦略」KPI一覧をもとに作成
注目すべきは、これが単なる農業の環境対策ではなく、生産・加工・流通・消費という食料システム全体を対象にしている点です。消費段階での「見える化」や「国民理解の醸成」も戦略の構成要素として位置づけられています。
1-2 みどりの食料システム法と制度的裏付け
2022年4月に成立した「みどりの食料システム法」により、戦略に法的な裏付けが与えられました。同法の中核は二種類の計画認定制度です。
一つは環境負荷低減に取り組む生産者(農林漁業者)への認定制度で、土づくりと化学肥料・農薬の使用低減、温室効果ガスの排出削減などに5年間計画で取り組む農家を認定します。認定を受けると、農業機械・施設への投資に対する特別償却(機械32%、建物16%)やみどり投資促進税制が適用されます。
もう一つは民間事業者(資材・機械メーカー、流通事業者など)への認定制度で、生産者を支える川上・川下の事業者による環境負荷低減の取組を支援します。令和6年8月末時点で81事業者が認定を受けています。
さらに2024年度からはクロスコンプライアンス(通称:みどりチェック)の試行が開始されました。農林水産省の全補助事業に対して、申請時と実施後に環境負荷低減の取組内容をチェックシートで提出・報告することを義務づけるものです。令和9年度の本格実施を目指しています。
1-3 新基本計画とみどり加速化GXプランへの移行
2024年の食料・農業・農村基本法改正では、「環境と調和のとれた食料システムの確立」が初めて基本理念として明記されました。これを受けて令和7年4月に閣議決定された新「食料・農業・農村基本計画」では、みどり戦略の取組加速化が明確に位置づけられています。
農林水産省は現在、2030年までを目途とした集中施策を「みどり加速化GXプラン」としてとりまとめるべく、「食料・農林水産分野におけるGX加速化研究会」を設置し、生産現場の実態把握と課題の洗い出しを進めています。
第2章 有機農業の「現在地」――面積・農家数・産地の実態
2-1 取組面積の推移と2030年目標達成への見通し
農林水産省の発表によると、2022年度末の有機農業取組面積は3万300ha(全耕地比0.7%)となり、前年度比14%増・3,700ha増という過去最大の伸びを記録しました。
| 年度 | 取組面積 | 前年度比増減 | 耕地面積比 |
|---|---|---|---|
| 2018年度 | 23,700 ha | - | 約0.5% |
| 2020年度 | 約25,200 ha | - | 約0.6% |
| 2021年度 | 約26,600 ha | +約1,400 ha | 約0.6% |
| 2022年度(最新) | 30,300 ha | +3,700 ha(+14%) | 0.7% |
| 【2030年目標】 | 63,000 ha | - | 約1.5% |
| 【2050年目標】 | 1,000,000 ha | - | 25% |
出典:農林水産省「有機農業をめぐる事情(令和7年10月版)」「日本の有機農業の取組面積について(令和7年8月)」をもとに作成
2030年目標(6.3万ha)の達成には、現在地からさらに約3.3万haの拡大が必要です。農水省は「年間4,000ha増のペースを維持すれば達成できる」としており、2022年度の伸びはそのペースに近づいています。
ただし、国際比較で見ると日本の0.7%という水準はイタリア(16%)、ドイツ・スペイン(約10%)、フランス(8.8%)はもとより、韓国(2.3%)と比べても大幅に低い状況です。2050年目標の25%達成は、現状からの大幅な政策加速が不可欠です。
2-2 有機JAS農家数と新規参入の動向
令和6年度の有機JAS認証取得農家戸数は4,075戸となり、令和4年以降で過去最大を記録しました。また、新規就農者のうち有機農業に取り組む割合は約3割と高く、若い農業者の有機農業への関心の高さがうかがえます。
一方で課題もあります。農業経験の乏しい新規参入者は、有機農業の技術習得に時間がかかるためドロップアウトリスクが高いとされています。農水省は有機農業指導員の育成(令和5年度までに31府県・累計1,138人)や、有機農業推進総合対策事業による技術習得支援事業を展開していますが、より充実した伴走支援体制の構築が求められています。
2-3 オーガニックビレッジの展開状況
「オーガニックビレッジ」とは、有機農業の生産から消費まで一貫した取組を地域ぐるみで進める市町村のことです。農水省は2025年目標100市町村・2030年目標200市町村を掲げていましたが、2024年時点で129市町村(令和7年度は154市区町村)となり、2025年目標を前倒しで達成しました。
特筆すべきは学校給食との連携です。取組開始150市町村のうち9割にあたる135市町村において、有機農産物を使った学校給食の導入が進んでいます。学校給食は、産地の安定的な販路確保と消費者(保護者・子ども)への有機農業の認知拡大を同時に実現できる「需要の組織化」として機能しています。
2-4 地域分布と技術的課題
有機JASほ場の53%が北海道に集中(令和5年度)しており、地域偏在が顕著です。また、水田での有機栽培において除草作業が最大の技術的障壁となっており、省力化・効率化を実現する機械除草体系の確立が課題となっています。農研機構では「深水管理による省力的な有機水稲栽培を実現する農地整備&栽培管理マニュアル」を公表するなど、技術普及に向けた取組が進んでいます。
第3章 消費者はオーガニックをどう見ているか――意識と行動のギャップ
3-1 「知っている」と「買っている」の乖離
農林水産省が令和5年度に実施した「有機農業・有機食品に関する消費者意識調査」によると、「有機」「オーガニック」という言葉を知っている消費者は約9割にのぼります。ところが、「有機農業の効果」については約7割が「あまり知らなかった」「全く知らなかった」と回答しており、言葉の認知と内容理解の間に大きなギャップが存在します。
また、週1回以上有機食品を利用(購入・外食)している消費者は32.6%にとどまっており、「知っているが買っていない」層が多数を占めています。
3-2 購買行動の実態——何を・どこで・どのくらいの価格で
| 調査項目 | 結果 |
|---|---|
| 購入頻度「月1回以上」 | 50.7%(70代は7割超と特に高い) |
| 最も購入される品目 | 有機野菜(5割)、豆腐・納豆・パン類(3割以上) |
| 主な購入場所 | スーパー(約9割)、農家直接購入(1割弱) |
| 価格許容度「2割高まで購入」 | 51.5%(全年代で6割超が「2割高まで購入する」) |
| 今後の購入意向 | 「一般農産物と同等の価格なら購入したい」59.6% |
出典:農林水産省「有機農業・有機食品に関する消費者意識等の可視化(令和5年度)」、日本政策金融公庫「消費者動向調査(令和5年1月)」をもとに作成
購入場所の約9割がスーパーという結果は、有機農産物の流通・小売における「取扱拡大」が市場成長の鍵であることを示しています。農家直売・EC等の直接流通は補完的な役割にとどまっており、量販店での定番化が消費拡大の前提条件といえます。
3-3 購入を阻む壁——価格・入手性・情報不足
月1回未満しか購入しない消費者が有機農産物を購入するための条件として、「価格が今より安価であること」が51.6%で最多でした。また、有機JASマークをはじめとする表示規制の認知度も依然低く、消費者が店頭で「正しく選ぶ」ための情報環境が十分に整っていない状況です。
価格、入手しやすさ、情報——この三つの壁を同時に崩していかなければ、認知度の高さが購買行動に結びつかないという構造は変わりません。
3-4 食や農への関心と環境配慮意識
農林水産省が2024年6月に公表した「食生活・ライフスタイル調査(令和5年度)」によると、農産物産地への関心を「持っている」とする回答は72.0%、食料自給率を高めることを「重要」と考える回答は6割強にのぼります。一方、年代が若くなるほど農業課題への認知度が低下する傾向があり、Z世代への情報発信手法の開発が課題として浮かび上がっています。
第4章 「見える化」政策は消費行動変容につながるか
4-1 みえるらべる——環境負荷低減の「見える化」本格開始
2024年3月から、コメ・トマトなど23品目を対象に「みえるらべる」の本格運用が始まりました。これは農産物の温室効果ガス削減への貢献度を星の数で表示するラベルで、購買時点での環境配慮選択を消費者に促す仕組みです。
「環境負荷低減への取組の見える化」は、みどりの食料システム法の基本方針にも明記された重要施策です。消費者が価格以外の価値軸で農産物を選べる環境を整えることは、「価格の高さ」という最大の購入障壁を相対化する上で重要な意味を持ちます。
4-2 有機食品市場規模の拡大推移
国内有機食品市場は着実に拡大しています。農林水産省の調査によると、市場規模は以下のように推移しています。
| 年 | 国内市場規模(推計) | 対2009年比 |
|---|---|---|
| 2009年 | 約1,300億円 | 基準 |
| 2017年 | 約1,850億円 | 約1.4倍 |
| 2022年 | 約2,240億円 | 約1.7倍 |
出典:農林水産省「有機食品市場規模及び有機農業取組面積の推計手法検討プロジェクト(令和4年11月、令和6年3月修正)」をもとに作成
約2,240億円は国内食品市場全体からすれば小さな規模ですが、2009年比で約1.7倍に拡大しており、市場としての成長軌道には乗っています。ただし、一人あたりの有機食品消費額はスイスやフランスの4〜8%程度にとどまっており、国際的な水準との格差は依然として大きい状況です。
なお、流通加工業者側では、国産有機農産物を「取り扱っている」事業者のうち60.6%が今後「増やしたい」と回答しており、流通側の受け入れ姿勢は前向きです。
4-3 学校給食・公共調達という「需要の組織化」
前章で触れたオーガニックビレッジにおける学校給食導入の広がりは、「需要の組織化」という観点から極めて重要です。個々の消費者の購買行動を変えることは難しくても、公共機関・学校という組織的な調達者が有機農産物を継続的に購入することで、産地は安定した受注を得られ、生産規模の拡大と生産コストの低下が可能になります。
また、給食を通じて有機農産物に触れた子どもが家庭に帰り、保護者の意識を変えるという「給食を起点とした意識変容の波及」も期待されています。
第5章 オーガニック市場拡大の展望と構造的課題
5-1 生産拡大と需要創出の「鶏と卵」問題
有機農業の拡大には、生産側と消費側の相互依存関係という本質的な課題があります。
- 供給が増えても消費者の価格抵抗が高ければ、市場は広がらない
- 市場が広がらなければ、生産者の経営が成立せず、新規参入・規模拡大が進まない
みどりの食料システム戦略が生産・流通・消費の各段階を横断的に対象としているのは、まさにこの「鶏と卵」問題を認識しているからです。「見える化」「オーガニックビレッジ」「学校給食導入」は、この連鎖を断ち切る接合点として機能することが期待されています。
5-2 価格プレミアムの維持と経営成立の条件
有機JAS認証を取得した農産物は、国産標準品(慣行栽培品)より高価格帯で取引されており、市場において一定の付加価値が認められています。これは生産者にとっての収益基盤となり、有機農業継続の動機付けになっています。
ただし、有機農業への転換初期(移行期)には収量が低下するリスクがあり、この時期の経営を支える支援が不可欠です。2025年度からは環境保全型農業直接支払制度において移行期の重点支援が強化される予定であり、新規転換者のハードルを下げる効果が期待されています。
5-3 EU同等性拡大という新たな追い風
有機食品の輸出面では、EU加盟国との有機同等性の範囲が拡大し、新たに有機酒類・有機畜産物が輸出可能になりました。環境負荷低減への関心が高いEU市場は、国産有機農産物の高付加価値輸出先として有望です。
輸出拡大が国内生産者の規模拡大・経営安定に貢献し、それが国内市場への供給量増加と価格低下につながるという好循環が生まれれば、国内消費の底上げにも寄与します。
5-4 みどり加速化GXプランが示す次の焦点
農林水産省が進める「みどり加速化GXプラン」は、2030年を「集中対応期間」と位置づけ、以下の優先課題に取り組むことを想定しています。
- スマート農業技術を活用した有機農業の拡大(除草ロボット、AIによる病害虫管理等)
- 気候変動への適応(高温耐性品種の開発・普及)と有機農業技術の組み合わせ
- 産地と消費地・事業者が連携した有機加工品の国産原料化推進
- 輸出対応を見据えた有機農産物のブランド価値・品質向上
2030年目標(有機農業6.3万ha・オーガニックビレッジ200市町村)の達成まで残り5年あまりです。農水省は「2030年以降は、さらに大きな技術的跳躍が必要」としており、この5年間での政策実効性が2050年の25%目標の達成可否を左右するといっても過言ではありません。
おわりに
本記事での検討を整理すると、以下のことが見えてきます。
| 側面 | 現状 | 課題・展望 |
|---|---|---|
| 生産側 | 取組面積は着実に拡大(2022年度末3万300ha)。オーガニックビレッジも目標前倒し達成 | 2030年目標まで残り約3.3万ha。年4,000ha増の継続的なペースが必要 |
| 消費側 | 言葉の認知は高い(約9割)が、有機農業効果の理解は低い(7割が「知らない」) | 価格・入手性・情報の三つの壁を崩すことが購買転換の前提 |
| 市場 | 国内市場は2,240億円まで拡大。流通加工業者の取扱拡大意欲も高い | 一人あたり消費額は先進国比で依然低水準。スーパーでの定番化が鍵 |
| 政策 | みどりの食料システム法・クロスコンプライアンス・みえるらべる等の制度整備が進展 | みどり加速化GXプランによる2030年への集中対応が正念場 |
「オーガニック市場は広がるか」という問いへの答えは、「広がる条件は整いつつあるが、消費行動変容の加速が生産拡大に追いついていない」というものです。
生産側の面積拡大は政策支援によって一定程度コントロールできますが、消費行動の変容はより複雑で時間のかかるプロセスです。みえるらべるによる情報の「見える化」、学校給食を通じた次世代への働きかけ、オーガニックビレッジを核にした地域需要の組織化——これらの取組が相互に連動し、消費者が「選べる環境」として定着するかどうかが、2030年・2050年目標の達成を左右する核心だといえるでしょう。
みどり加速化GXプランの具体策が明らかになる2025年以降、農業政策と消費者政策の連携がいよいよ問われる局面を迎えます。引き続き動向を注視していきたいと思います。
参考文献
- 農林水産省「みどりの食料システム戦略トップページ」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/ - 農林水産省・環境省「みどりの食料システム戦略に基づく取組の進捗状況(令和6年9月)」
https://www.env.go.jp/content/000253080.pdf - 経団連タイムス「みどりの食料システム戦略の推進に向けた取り組み(2024年10月)」
https://www.keidanren.or.jp/journal/times/2024/1017_08.html - みんなの農業広場「みどりの食料システム戦略の解説と今後の展望(2024年8月)」
https://www.jeinou.com/topics/2024/08/15/103000.html - 農林水産省「食料・農林水産分野におけるGX加速化研究会(第5回)」
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/b_kankyo/260205.html - 農林水産省「有機農業をめぐる事情(令和7年10月版)」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/attach/pdf/index-161.pdf - みんなの農業広場「有機農業をめぐる事情を更新(令和6年9月版)(2024年9月)」
https://www.jeinou.com/topics/2024/09/19/162000.html - JAcom農業協同組合新聞「有機農業面積3万ha超に・22年度に3700ha増(2024年8月)」
https://www.jacom.or.jp/nousei/news/2024/08/240830-76199.php - 農林水産省「オーガニックビレッジのページ」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/organic_village.html - 農林水産省「有機農業の取組拡大に向けて(令和7年10月・農産局資料)」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/r7_iken/attach/pdf/251016-2.pdf - 農林水産省「有機農業関連予算(令和7年度概算決定の概要等)」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/yosan_yuuki.html - 農林水産省「有機農業・有機食品に関する消費者意識等の可視化(令和5年度)」
https://www.maff.go.jp/j/tokei/bunseki/report/r5/yuuki_r5.html - 農林水産省「統計・調査:有機農業関連情報(市場規模推計等)」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/chosa.html - 農林水産省「食生活・ライフスタイル調査(令和5年度)公表ページ」
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/anpo/240628.html - 農林水産省「食生活・ライフスタイル調査一覧」
https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/survey/lifestyle.html - 日本政策金融公庫「消費者動向調査(令和5年1月)」
https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/topics_230315a.pdf - 農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書(全文)」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/zenbun.html - 伝統野菜ニュース「急拡大した世界のオーガニック市場―The World of Organic Agriculture 2024を読む」
https://tradveggie.or.jp/traditional-vegetables-news/organic-agriculture2024/
