担い手への農地集積率が60%を超え、1経営体あたりの経営耕地面積は2015年比で43%増となりました。数字だけ見れば、日本農業の構造改革は着実に進んでいるように見えます。しかしこの10年、農業者は確実に規模を拡大してきたにもかかわらず、生産コストの低減は多くの経営体で思うように進んでいません。

なぜでしょうか。その答えのひとつが、「農地は集まっても、圃場の形は変わっていない」という問題です。本記事では、農地集積が一定の進捗を見せる現在、改めて注目すべき「圃場整備と生産性の関係」を、政策動向と現場の実態から読み解きます。

第1章 数字が示す「集積の限界」

1-1 規模拡大は進んでいる——しかし農業者は急減している

2025年2月時点の農林業センサス(農水省)によれば、全国の農業経営体数は82万8千経営体と、5年間で23%減少しました。基幹的農業従事者数も約102万人と、5年間で25%減という急激な落ち込みです。JA全農の試算では、この減少が続けば2030年に83万人、2050年には約36万人にまで縮小するとされています。

一方で、農業経営体1体あたりの経営耕地面積は拡大が続いており、2024年には全国平均3.64ha(都府県2.52ha)と、2015年比で43%増となっています。農業者の数が急減する中で、残った担い手が多くの農地を引き受けている——これが現在の農業構造の実態です。

出典:2024年11月財政制度分科会資料

1-2 集積率60%の「中身」問題

農地バンク(農地中間管理機構)の創設から10年、担い手への農地集積率は2015年の50.3%から2024年には60.4%へと上昇しました。財務省の分析によれば、集積率1%を向上させるのに国費181億円を要した計算となります。仮にこのペースで目標(8割)まで引き上げるには、さらに3,500億円超の国費が必要だとも試算されています。

問題は、集積率が上がっても、それが直ちに生産性向上につながるわけではないという点です。ここで重要な概念として押さえておきたいのが、「集積」と「集約」の違いです。

「集積」と「集約」の概念整理

※「集積」=農地の権利を担い手に集める。「集約」=農地が地理的・物理的にまとまり、作業効率が向上すること。現実には「集積」は進んでも「集約」が伴わないケースが多い。
出典:農林水産省「農地の整備」、財務省財政制度分科会資料(2024年11月)をもとに作成

農地の賃借が進めば「集積」は達成できます。しかし、借り手となった担い手の農地が地理的に散らばっていたり、一筆ごとの区画が狭小・不整形のままでは、スケールメリットは数字ほど実感できません。農水省も「農地流動化の進展により、経営規模を拡大しても農地が複数の場所に分散している場合がある」と明示しています。

第2章 「一筆の小ささ」が生産性に何をもたらすか

2-1 圃場条件と農作業コストの関係

小区画・不整形な農地が作業効率にどう影響するかを、具体的に考えてみます。

圃場条件別の農作業への影響比較

作業項目小区画・分散圃場の場合大区画・集約圃場の場合
機械作業効率非効率】旋回・枕地ロスが多い。大型機械が入れない場合も。【効率的】直進距離が長く、作業時間あたりの面積が大幅増。
ほ場間移動時間・燃料ロス大】移動時間が農作業全体の相当部分を占める。【最小化】農地がまとまっており、移動コストが大幅低減。
水管理【複雑・労働集約】畦畔が多く、個別の水口管理が必要。【システム管理可】パイプライン・自動給排水の導入効果が高い。
畦畔管理【面積比率高い】畦畔面積が耕地に占める割合が高く、草刈りコスト大。【低コスト】畦畔総延長が減少し、管理コストが低減。
スマート農機活用【効果限定的】自動操舵・ドローン等は小区画では効果が薄い。【効果最大化】自動化・無人化のメリットが最大限に発揮される。

出典:農林水産省「農地の整備をめぐる事情」、農水省「省力化投資促進プラン」(2025年6月)、群馬県事例等をもとに作成

群馬県の事例(谷田川北部地区)では、事業前は1区画あたり10アール程度の水田が分散しており、効率的な農作業が困難な状況でした。圃場整備後は大区画化による作業時間の短縮、パイプライン導入による用水管理の合理化が実現し、余剰時間を活用してキュウリなど高収益作物の複合経営への展開につながっています。

2-2 スマート農業技術も「圃場条件」が前提

近年、農業界では自動運転農機・AIドローン・自動給排水システムなどのスマート農業技術への期待が高まっています。農林水産省の「省力化投資促進プラン」(2025年6月)でも、スマート農業技術の活用と農地の大区画化・情報通信基盤の整備を不可分の施策として明示しています。

しかし、令和5年度農業白書では全国217カ所のスマート農業実証プロジェクトの評価として、「従来の栽培方式にスマート農業技術をそのまま導入しても効果が十分に発揮されない」という重要な課題が確認されています。自動操舵トラクターが直進距離の長い大区画で最大の省力効果を発揮するように、スマート農業技術の恩恵を受けるためには、それを受け止められる圃場条件が必要なのです。

ポイント:技術投資の「前提条件」としての圃場整備
スマート農機・IoT水管理・ドローン散布——これらへの投資対効果は、圃場の区画規模・形状・排水条件に大きく左右されます。「技術を入れれば解決する」という発想の前に、「技術が機能する農地になっているか」を問う必要があります。

2-3 「集積の量」では埋められない生産性の差

三菱総合研究所の分析によれば、「100ha以上の農地を集積しても、農地の条件次第では企業経営レベルの効率が出ない農地が日本には非常に多い」とされています。

一方で、20〜30ha程度でも圃場条件が整っていれば売上高2,000〜3,000万円程度の家族経営農家として収益性を確保できるケースも存在します。これは、農業経営の成否が「何ヘクタール集めたか」よりも「どんな圃場で何を作るか」に大きく依存することを示しています。

また、日本農業法人協会の2024年アンケートでは、会員農業法人の経営課題が3年連続で「資材コスト」が第1位となっており、農地の集積・集約による生産コスト削減が喫緊の課題として認識されています。規模拡大だけでは解決できない構造的な問題が、現場で日々実感されているのです。

第3章 基盤整備が進まない構造的理由

「それなら圃場整備を進めればよいではないか」——しかし、現実はそれほど単純ではありません。基盤整備の普及を阻む構造的な壁が複数存在します。

基盤整備が進まない3つの壁

合意形成の壁
圃場整備は農地所有者全員の申請・同意・費用負担を原則とする共同事業。貸し手と借り手の利害が一致しないケースが多い。
所有と利用の分離
農地バンク経由で借りている担い手は整備の申請主体になりにくい。相続未登記農地も100万ha超に上り同意取得自体が困難。
地域計画の限界
2025年3月の策定期限に向けて地域計画が進んでいるが、計画策定と基盤整備の資金・実施主体の確保は別問題。

3-1 土地改良事業の「合意形成の壁」

圃場整備(土地改良事業)は、農地所有者全員が申請に参加し、同意し、費用を負担することを原則とする共同事業です。大規模農業経営にとって望ましい大区画化も、「貸し手農家や自作農家など、利害を異にする多様な農家の共同事業であり、大規模経営の都合だけから圃場の区画割を決めることはできない」(農業農村工学会誌)というのが現実です。

高齢の小規模農家にとって、圃場整備に伴う費用負担や、整備後の農地配置変更(換地)は心理的・経済的なハードルが高く、同意取得に時間と労力がかかります。担い手が「使いやすい形の農地」を望んでいても、所有者側の合意が得られなければ整備は前進しません。

3-2 所有と利用の分離が生む「誰が整備するのか」問題

農地バンクを通じた農地集積が進んだ結果、農地の所有者と利用者が分離するケースが急増しています。農地を借りている担い手(実際に農業を行う農業法人等)は、自らが整備の申請主体になりにくく、一方で所有者(貸し手)は整備後の農地活用への関心が薄い場合もあります。

さらに、日本総研の2026年1月の報告書によれば、相続未登記農地および未登記のおそれのある農地の合計は100万ヘクタール超に上ります。所有者が特定できない農地では、そもそも同意取得自体が困難です。「基盤整備により優良な農地にした後で貸す仕組みは無い」という指摘は、現行制度の空白地帯を端的に示しています。

制度上の空白:「誰が先に動くか」問題
農地を整備してから貸す(供給側が整備)のか、農地を借りてから整備する(利用側が整備)のか——現行制度ではこの「鶏と卵」の問題が解決されていません。担い手は良い農地を求め、農地所有者は農地を貸してから整備されることを望む、という需給のミスマッチが基盤整備の停滞を生んでいます。

3-3 地域計画の「絵に描いた餅」リスク

2023年の農業経営基盤強化促進法改正により、2025年3月を期限として全国の市町村が「地域計画」を策定することとなりました。地域計画は、将来の地域農業の担い手と農地の配置を「見える化」するものですが、日本農業法人協会の2024年アンケートでは、会員法人の53.6%が「地域計画の作成状況がわからない」と回答しており、現場への浸透は十分ではありません。

より根本的な問題は、地域計画の策定と基盤整備の実施は別々のプロセスである点です。どの農地を誰が使うかの将来像が描けても、その農地を「使える形」に整える資金・主体・合意形成の仕組みが伴わなければ、計画は計画のまま止まります。令和6年度農業白書でも「農地の区画が小さく、今後の農地の受け手も見つからない地区が少なくない」と率直に記されています。

第4章 政策の現在地——「大区画化加速」は実現できるか

4-1 令和7年度新設:大区画化等加速化支援事業

こうした課題に対し、農林水産省は2025年度(令和7年度)に新たな支援事業を創設しました。「大区画化等加速化支援事業」は、農業法人等が自ら畦畔除去などの簡易整備を行うことで農地の大区画化を進める場合に、その費用を支援するものです。

これは、従来の土地改良事業(公共事業として都道府県が実施)による本格的な基盤整備とは異なる「軽量版」アプローチです。合意形成の難しい公共事業を経ずに、担い手農業者が自主的・機動的に整備できる点が特徴です。一方で、深い排水改良や全面的な区画再編を伴わない簡易整備では対応できない場合もあり、万能ではありません。

4-2 食料・農業・農村基本計画(2025年4月)の位置づけ

2025年4月に閣議決定された新たな食料・農業・農村基本計画では、「初動5年間の農業構造転換」の中核施策として農地の大区画化が明確に位置づけられました。生産コストの低減策として「農地の大区画化、情報通信環境の整備、スマート農業技術・DXの推進」が一体的に列挙されており、圃場整備がスマート農業普及の前提インフラとして認識されていることがわかります。

また、2025年12月の規制改革推進会議においても、「農地の大区画化や植物工場の促進に関する規制の在り方」が検討課題として首相から明示されており、規制改革の俎上にも載り始めたことは注目に値します。

農地集積・圃場整備に関する主要政策の経緯

●2014年
 農地バンク(農地中間管理機構)創設
 担い手への農地集積を加速するための中間機構として発足。農地集積率の向上が国の重点目標に。
●2023年
 農業経営基盤強化促進法改正 → 地域計画の法定化
 「人・農地プラン」を発展させた地域計画を2025年3月末までに全国策定。農地の将来的な利用の「見える化」を義務付け。
●2024年
 食料・農業・農村基本法 改正
 食料安全保障の確保を基本理念に追加。農地の大区画化・スマート農業の一体推進が政策の基軸に。
●2025年4月
 新・食料・農業・農村基本計画 閣議決定
 初動5年間の構造転換施策として農地の大区画化を明示。水田政策の令和9年度見直しとあわせ、大区画化への誘導を強化。
●2025年度(R7)
 大区画化等加速化支援事業 新設
 農業法人等が自ら行う畦畔除去等の簡易整備を支援する新制度。本格的な土地改良事業によらない機動的な大区画化を後押し。
●2025年12月
 規制改革推進会議で「農地大区画化の規制在り方」が検討課題に
 首相から明示的に指示。土地改良制度の合意形成ルール等の規制面の見直しが議論の俎上に。

4-3 「ターンキー型」という新しい考え方

日本総研が2026年1月の規制改革推進会議資料で提言した、注目すべき考え方があります。それは、「整備した農地と見える化された栽培ノウハウをパッケージ化して農業法人や農業参入企業に引き継ぐ”ターンキー型”モデル」です。

このモデルでは、農業者が一から農地を集め、整備して、技術を蓄積するという従来のボトムアップ型プロセスではなく、「すぐに農業を始められる状態の農地」をデベロッパー的なステークホルダーが整備・提供するという発想の転換が核心にあります。

「ボトムアップ型で少しずつ農地を集めて基盤整備する手法では間に合わない」という危機感が背景にあります。農業者の急減スピードが、既存の政策ツールによる対応のペースを超えつつあるという認識が、こうした大胆な発想転換を促しているのです。

おわりに 「集積の時代」から「整備の時代」へ

農地集積率60%という数字は、過去10年の農政の成果として評価できます。しかし本記事で見てきたように、農地が集まることと、農地が「使える形」になることは、別の問題です。

小区画・分散錯圃の農地は、担い手に貸し出されていても、作業効率の向上には直結しません。スマート農業技術への期待が高まる一方で、その効果を最大化するためには整形・大区画の圃場という前提条件が必要です。合意形成の難しさ、所有と利用の分離、地域計画と基盤整備の乖離——これらの構造的な課題は、法制度の整備や予算配分だけでは短期に解消できるものではありません。

政策は今、「量的な集積」から「質的な整備」へのシフトを模索しています。大区画化等加速化支援事業の新設、基本計画への明示的な位置づけ、規制改革推進会議での検討——動きは始まっています。しかし、農業者の減少スピードに対し、圃場整備の進捗が追いつくかどうかは、なお予断を許さない状況です。

「集積したか」ではなく「整っているか」——この問いが、これからの農業経営と農政評価の新たな軸になると筆者は考えます。

参考文献・出典

  1. 農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要(概数値)」(2025年11月公表)
    https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/noucen/040909/index.html
  2. 農林水産省「令和6年農業構造動態調査結果(令和6年2月1日現在)」(2024年7月公表)
    https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&lid=000001449296
  3. 農林水産省「食料・農業・農村基本計画」(2025年4月11日閣議決定)概要・関連資料
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/r6_h/trend/part1/chap0/c0_1_01.html
  4. 農林水産省「農地の整備」(R8予算対応、農地耕作条件改善事業・大区画化等加速化支援事業ほか)
    https://www.maff.go.jp/j/nousin/keiiku/noutiseibi/
  5. 農林水産省「地域計画(地域農業経営基盤強化促進計画)」(2026年2月更新)
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/chiiki_keikaku.html
  6. 農林水産省・内閣府「省力化投資促進プラン(農林水産業・農業)」(2025年6月)
    https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/shouryokukatousi/12.pdf
  7. 財務省財政制度等審議会財政制度分科会「農林水産資料(参考資料)」(2024年11月11日)
    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20241111/03.pdf
  8. 財務省財政制度等審議会財政制度分科会「農林水産資料4」(2025年11月7日)
    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20251107/04.pdf
  9. 農林水産省「令和6年度食料・農業・農村白書」(2025年5月公表)
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/zenbun.html
  10. 農林水産省「令和6年度食料・農業・農村白書 第2節 農地の確保と有効利用」
    https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/r6_h/trend/part1/chap3/c3_2_00.html
  11. 株式会社日本総合研究所「農業人口減少に対応した農地集約・大区画化の必要性と実現に向けたポイント」規制改革推進会議地域活性化・人手不足対応WG資料(2026年1月)
    https://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kisei/meeting/wg/2501_01local/260126/local06_01.pdf
  12. 三菱総合研究所「国内農業生産・農地維持の課題とビジネスの可能性」MRIレビュー
    https://www.mri.co.jp/knowledge/mreview/2023113.html
  13. 公益社団法人日本農業法人協会「農地集積・集約化に向けたアンケート結果」(2024年)
    https://hojin.or.jp/information/2024nouchi/
  14. 農畜産業振興機構「改正基本法に基づく、初の食料・農業・農村基本計画の策定について」(2025年)
    https://www.alic.go.jp/joho-s/joho07_003348.html