日本の農業経営体数は、2025年現在で83.6万経営体となり、10年前(2015年)の137.7万経営体から大きく減少しています。さらに、2025年農林業センサスでは、経営主が65歳以上の農業経営体について約6割が後継者を確保していないと回答しており、農業現場における後継者不足は深刻な状況にあります。

こうした中、農業経営基盤強化促進法の改正に伴い策定が義務付けられた「地域計画」では、全国で将来(10年後)の受け手が決まっていない農地が約3割にのぼることが明らかになりました。後継者不在の農業経営体は、たとえ経営が黒字であっても廃業を選択せざるを得ない場合があり、従業員の雇用喪失や農地の遊休化、さらには長年蓄積されてきた経営資源・生産技術の喪失といった問題につながりかねません。

このような状況を背景に、農林水産省は「農業分野の法人版第三者継承ガイドライン」や「農業の経営継承に関する手引き」、「農業分野の第三者継承事例集」といった資料を公開しています。本記事では、これらの公的資料をもとに、後継者がいない農家・農業法人を承継する「経営継承型農業参入」の手順や考え方について整理します。新規に農業へ参入を検討している企業や個人にとって、ゼロからの立ち上げに比べてどのようなメリット・留意点があるのかを解説します。

経営継承の3つの類型を理解する

農業分野における経営継承は、大きく次の3つの類型に区分されます。

類型概要主な後継者候補
親族内継承現経営者の親族に経営を継承する方法子息・孫・甥・娘婿など
第三者継承(従業員等)親族以外の従業員等に経営を継承する方法共同創業者、役員、部門長、内部昇格者、新規就農希望者
第三者継承(M&A)親族・従業員等以外が経営する法人に継承する方法異業種企業、他地域の農業法人など

農業ではこれまで親族内継承が大半を占めていましたが、近年は経営者の子息が継承しないケースが増え、後継者を確保できない経営体が目立つようになっています。実際、株式会社帝国データバンクの調査によれば、2025年における中小企業全体の後継者不在率は51.2%、農林水産業に限っても48.5%と、2人に1人が後継者不在という状況です。

一方で、日本国内のM&A件数全体は年間3,000件以上で推移していますが、このうち農林水産業が対象となる案件は年間30件未満(全体の約1%未満)にとどまっています。農業が天候等の外部環境に影響されやすいこと、地域との関係性の中で成り立つ産業であること、農地法による権利取得の制約があることなどが要因とされていますが、今後、後継者確保の手段として第三者継承の重要性は高まっていくと考えられます。

第三者継承(M&A)の一般的なプロセス

第三者継承を法人間のM&Aとして進める場合、一般的には次のような流れで進行します。

ステップ内容
① 準備出し手・受け手それぞれが、ありたい姿・継承条件の明確化、経営の可視化を実施
② マッチング自社探索またはマッチングサイト・支援機関の紹介を通じて相手先を探索
③ 基本合意譲渡対価の予定額、取引実行の前提条件、スケジュール等を取りまとめ
④ 企業価値評価事業価値・企業価値・株主価値を算定し、価格交渉の目安とする
⑤ デュー・ディリジェンス法務・税務・財務・事業・農業特有のリスクを調査
⑥ 最終交渉・最終契約調査結果を踏まえて契約条件を確定し、契約を締結
⑦ クロージング株式譲渡等の取引を実行
⑧ PMI継承後の事業統合(人材・業務プロセス・経営管理等の統合)

マッチングには「出し手・受け手が自社で相手先を探索する方法」と「支援機関を通じて紹介を受ける方法」の2つがあります。出し手の主な相談先としては、農業経営・就農支援センター、事業承継・引継ぎ支援センター、士業等専門家、M&A専門業者、取引のある金融機関などが挙げられます。

なお、マッチングを進める際には、財務情報や株主・従業員に関する情報、販売先などの非公開情報を開示する必要があるため、秘密保持契約書や秘密保持誓約書によって情報管理を徹底することが重要です。

企業価値評価と農業資産の評価方法

3-1. 事業価値・企業価値・株主価値の違い

企業価値評価を行う際には、次の3つの価値の概念を区別する必要があります。

概念内容
事業価値事業から創出される価値。のれんや、取引先ネットワーク・栽培技術・地域ブランド力などの無形資産を含む
企業価値事業価値に、遊休農地や使用していないハウスなどの非事業資産を加えたもの
株主価値企業価値から有利子負債等を差し引いた、株主に帰属する価値

農業分野では、決算書等の財務情報だけでは経営実態を把握しにくく、特に作物の生育状況や栽培技術、主要顧客との関係といった数値化しづらい無形資産の評価が課題となります。このため、農業分野に知見のある専門家の意見を取り入れながら評価することが望ましいとされています。

3-2. 代表的な企業価値評価手法

アプローチ主な手法特徴
コストアプローチ簿価純資産法、時価純資産法静的な純資産価値に着目。客観性は高いが将来性は反映しにくい
マーケットアプローチ類似会社比較法、類似取引比較法市場や類似事例を参考にするが、非上場企業の多い農業分野では適用が難しい場合も
インカムアプローチDCF法、収益還元法、配当還元法将来のキャッシュフローを反映できるが、予測の前提条件が結果を左右する
その他年買法(年倍法)計算が簡便で中小規模の継承で広く利用されるが、年買率の設定に主観が入りやすい

実務では、いずれか1つの手法だけで判断するのではなく、複数の手法を組み合わせて総合的に評価することが望ましいとされています。

3-3. 農業資産の評価ポイント

農業経営における主な資産は、(1)土地及び農地、(2)施設、(3)機械設備・資材、(4)生物(牛、豚、鶏、果樹等)の4つに大別されます。営農類型によって、評価対象となる資産の種類は異なります。

資産区分土地利用型施設園芸果樹畜産
土地及び農地
施設
機械設備・資材
生物(牛、豚、鶏、果樹等)

〇:基本的に評価対象、△:保有していれば評価対象、―:基本的に評価対象外

農地については、純農地・中間農地・市街地周辺農地・市街地農地の4種類に区分され、それぞれ路線価方式や倍率方式などにより評価されます。施設や機械設備は、取得原価法による帳簿価額と現在の市場価値(時価)が乖離している場合が多いため、再調達原価法や市場価格法による時価評価が望ましいとされています。また、家畜や果樹等の「生物」は、年齢・樹齢や健康状態によって価値が大きく変動するため、現物確認に基づく時価評価が重要です。

第三者継承を進める上での留意点

第三者継承には、出し手・受け手それぞれにとって大きなメリットがあります。出し手にとっては、後継者候補を広範囲から探すことができ、株式譲渡によって引退後の生活資金を得ることも可能です。受け手にとっては、農地・設備・ノウハウ・販路・従業員といった経営資源をゼロから構築するよりも早く事業を軌道に乗せられるという利点があります。

一方で、農業分野特有の留意点として、次のような点が挙げられます。

留意点内容
農地法上の制約農地を所有できるのは農地所有適格法人に限られるため、継承後も要件を維持できるか確認が必要。維持が困難な場合はリース方式への切り替えも検討
補助金・制度の継承出し手が補助金を利用して導入した設備等がある場合、継承後に適用条件を満たせないと返還を求められる可能性がある
PMI(統合)の難しさ急激な改革は従業員や地域との軋轢を生むリスクがある。栽培サイクルを踏まえたタイミング調整や、引継期間の確保が重要
企業価値評価の難しさ栽培技術や顧客関係などの無形資産は数値化が難しく、農業分野に精通した専門家の意見を取り入れることが望ましい

特にPMIにおいては、現場従業員とのコミュニケーションや、近隣の農業関係者・取引先・行政といった地域のステークホルダーへの配慮が欠かせません。クロージングのタイミングについても、収穫や出荷計画に合わせるなどの配慮が求められます。

実際の継承事例から見る受け手側の工夫

農林水産省「農業分野の第三者継承事例集」では、異業種企業が農業法人を継承した複数の事例が紹介されています。代表的な事例の概要は以下のとおりです。

事例出し手受け手継承の目的・背景
稲作法人同士の経営統合米・大豆生産(島根県・農事組合法人)米・小麦・大豆生産法人(埼玉県)規模拡大を目指す受け手が、後継者不在の出し手と地域外でマッチング
物流事業者によるたまねぎ生産法人の継承たまねぎ生産(兵庫県)運送・青果販売業(佐賀県)物流の取扱高増加・年間取扱量の平準化を目的に継承
設備管理事業者によるきゅうり生産法人の継承きゅうり生産(高知県、1.1ha)設備管理業(岡山県)新規事業として農業参入を目指す受け手と、規模拡大を目指す出し手が合意
食品仲卸事業者によるマンゴー生産法人の継承マンゴー生産(沖縄県、76a)青果仲卸業(大阪府)EC事業の象徴的商品としてマンゴーを取り込み、沖縄での事業拠点を獲得

これらの事例に共通するポイントとしては、次のような点が挙げられます。

  • 出し手の代表者や生産責任者が継承後も一定期間残留し、生産技術を受け手側へ移転している
  • PMIの期間を数年単位で設定し、運営方針や品質基準を段階的に見直している
  • 受け手は財務状況だけでなく、ブランド価値や栽培ノウハウ、地域とのネットワークを含めて評価し、マッチングの判断材料としている

経営継承型農業参入を検討する際の実務的アプローチ

農業分野への経営継承型参入を検討する際には、出し手側・受け手側それぞれの事前準備が成功の鍵となります。

6-1. 出し手側に求められる準備

  • 将来のありたい姿と継承条件(譲渡価格、生産する作物、販売先、従業員の雇用、自身の経営への関与度など)の明確化
  • 親族等の身近な存在との意思統一(特に農地は先祖代々の財産という側面があるため、事前の合意形成が重要)
  • 税務申告書、決算書、固定資産台帳、ほ場関係資料など、経営の可視化に必要な資料の整備
  • 株式・事業用資産の整理・集約(名義株の確認、株主名簿の整備など)

6-2. 受け手側に求められる準備

  • 自社の長期ビジョンと経営目標を明確化し、第三者継承が有効な手段かを検討
  • 守秘義務や機動的な意思決定のための社内横断的な推進体制の構築
  • 農地法等の規制対応のため、農業経営・就農支援センター等への早期相談
  • 継承後の運営方針(生産品目の絞り込み、販売戦略、労務管理方法など)をあらかじめ整理しておく

第三者継承のプロセスには広範な専門知識が必要となるため、農業経営・就農支援センター、事業承継・引継ぎ支援センター、行政機関・JA、士業等専門家(弁護士、税理士、公認会計士、中小企業診断士、不動産鑑定士など)、M&A専門業者、金融機関といった支援機関との連携が不可欠です。なお、支援機関から支援を受ける際には費用が発生する可能性があるため、事前に確認しておくことが望ましいとされています。

まとめ

経営継承型農業参入は、農地・施設・機械・ノウハウ・販路・人材といった経営資源を一括して引き継ぐことができるため、ゼロから農業に参入するよりも早期に事業を軌道に乗せやすいという大きな利点があります。一方で、農地法上の制約や補助金継承の問題、そして農業特有の無形資産評価の難しさといった課題も存在します。

後継者不在の農業経営体が今後さらに増加していくことが見込まれる中、経営継承(第三者継承)は、出し手にとっては経営資源を未来につなぐ手段として、受け手にとっては新規参入や事業拡大の有効な選択肢として、その重要性が一層高まっていくと考えられます。検討にあたっては、農業分野に精通した支援機関・専門家と早期から連携し、計画的にプロセスを進めることが成功の鍵となります。

参考文献

  • 農林水産省「農業分野の法人版第三者継承ガイドライン」(令和8年5月)
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/keieikeisho-32.pdf
  • 農林水産省「農業の経営継承に関する手引き」(令和3年度農業経営・改善支援調査委託事業)
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/attach/pdf/keieikeisyo-13.pdf
  • 農林水産省「農業分野の第三者継承事例集」(令和8年3月)
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/attach/pdf/keieikeisyo-29.pdf
  • 農林水産省「円滑経営継承のために(個人版)」
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/attach/pdf/keieikeisyo-3.pdf
  • 農林水産省「円滑経営継承のために(法人版)」
    https://www.maff.go.jp/j/keiei/attach/pdf/keieikeisyo-4.pdf