スマート農業(稲作・ドローン)

近年、農業現場における人手不足や高齢化を背景に、農薬散布ドローンの導入を検討する農業法人・大規模農家・新規参入者が急増しています。従来の散布請負業者への依頼では、繁忙期の順番待ちや天候による散布時期のずれが課題となっており、自前で機体を保有して機動的に散布したいというニーズが高まっています。

一方で、2022年の航空法改正によってドローンを取り巻く制度は大きく変化しました。現在、農薬散布ドローンを運用するためには、大きく分けて「機体登録」「操縦ライセンス(資格)」「飛行許可・承認申請」という3つの手続きをクリアする必要があります。それぞれ所管や申請窓口が異なるため、情報が整理されないまま導入を進めると手戻りが発生しやすいのが実情です。

本記事では、2022年の航空法改正以降の最新情報に基づき、農薬散布ドローン導入までの手順を導入検討から散布開始までの一本のロードマップとして整理します。

全体像:農薬散布ドローン導入までの3ステップ

農薬散布ドローンを運用開始するまでに必要な手続きは、大きく以下の3ステップに整理できます。

ステップ内容主な所管必須度
①機体登録100g以上の無人航空機をDIPS2.0へ登録国土交通省法律上必須
②操縦ライセンス国家資格は任意/民間資格(産業用マルチローター技能認定等)は事実上必須国土交通省(国家資格)/農林水産航空協会・UTC等(民間資格)実務上必須
③飛行許可・飛行計画通報農薬散布は「特定飛行」に該当するため許可・承認と計画通報が必要国土交通省法律上必須

ここで誤解されやすいのが、「国家資格(操縦ライセンス)を取らないと農薬散布ができない」という思い込みです。実際には、農業用ドローンの飛行は基本的に「レベル2飛行(目視内・補助者あり)」に該当し、国家資格の取得は法律上必須ではありません。ただし、農林水産航空協会(農水協)やDJI・クボタなどメーカーが定める民間の技能認定を取得していなければ、実質的に機体の購入・運用ができない仕組みになっている点に注意が必要です。

この3ステップをそれぞれ詳しく見ていきます。

ステップ①:機体登録(国土交通省 DIPS2.0)

2-1. 対象となる機体

2022年6月20日以降、屋外を飛行させる100g以上のすべての無人航空機(ドローン・ラジコン機等)について、国土交通省への機体登録が義務化されています。農薬散布用の大型マルチローターはもちろん対象であり、登録されていない機体を飛行させた場合は1年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科される可能性があります。

2-2. 登録の3ステップ

機体登録は、国土交通省が運営する「ドローン情報基盤システム2.0(DIPS2.0)」上で行います。手続きは大きく以下の流れです。

  1. 申請:所有者・使用者情報、機体情報(製造者名・型式・製造番号等)を入力し申請
  2. 手数料納付:申請方法・本人確認方法に応じた手数料を支払う
  3. 登録記号の発行:「JU」から始まる登録記号が発行され、機体に表示

申請から登録記号発行までは、目安として2〜10開庁日程度を見ておくとよいでしょう。繁忙期前の駆け込み申請は避け、余裕をもったスケジュールで進めることが重要です。

2-3. 申請方法別の手数料比較

本人確認方法申請形式手数料の目安(1台あたり)
マイナンバーカード/gBizIDオンライン900円
免許証・パスポート等オンライン・代理申請1,450円
本人確認書類の郵送書面申請2,400円

最も費用を抑えられるのはマイナンバーカードまたはgBizIDによるオンライン申請です。法人の場合、オンライン申請で選択できる本人確認方法は「gBizID」のみとなる点に注意してください。gBizIDプライムの取得には印鑑証明書の郵送と審査(原則2週間以内)が必要なため、機体登録の前段階として早めに準備しておくとスムーズです。

2-4. リモートID機能の搭載義務

登録記号を発行された機体には、原則としてリモートID機能の搭載が必須です。リモートIDとは、登録情報を含む機体識別情報を電波で遠隔発信する機能で、飛行中の機体が登録済みかどうかを判別可能にするものです。事前登録期間(2021年12月20日〜2022年6月19日)に登録を完了した機体は搭載が免除されていましたが、登録を更新しなかった場合は搭載義務の対象となるため、保有している機体の登録状況は改めて確認しておきましょう。

ステップ②:操縦ライセンス(国家資格と民間資格の違い)

3-1. 国家資格「無人航空機操縦者技能証明制度」とは

2022年12月5日に施行された改正航空法により、「無人航空機操縦者技能証明制度(操縦ライセンス制度)」という国家資格制度が始まりました。これは第三者上空での補助者なし目視外飛行(レベル4飛行)を実現するために創設された制度です。

ドローンの飛行レベルは以下のように整理されています。

飛行レベル飛行形態農業用ドローンとの関係
レベル1目視内・操縦飛行
レベル2目視内・自動/自律飛行農薬散布ドローンは基本的にこのレベルに該当
レベル3無人地帯での目視外飛行(補助者なし)一部実証事例あり(鳥獣対策等)
レベル4有人地帯(第三者上空)での目視外飛行一等資格+機体認証が必要

農業用ドローンによる農薬散布はレベル2飛行に該当するため、国家資格である操縦ライセンスの取得は法律上必須ではありません。ただし、安全な飛行のための知識習得や、将来的なレベル3飛行(無人地帯での目視外飛行)への発展を見据えて取得を検討する事業者も増えています。

3-2. 実務上必須となる民間資格

法律上は任意であっても、実務上は民間の技能認定の取得が事実上必須です。これは、農林水産省が定めるガイドラインにおいて、検定に合格したオペレーターのみが農薬散布ドローンを操縦する資格があるとされていることや、機体メーカーが技能認定の取得を前提に機体を販売していることが理由です。

資格名発行団体対象機体
産業用マルチローターオペレーター技能認定証一般社団法人 農林水産航空協会(農水協)農水協認定機
農業ドローン技能認定証明UTC(ドローン教育・訓練機関)等DJI・クボタ製農業用ドローン

これらの資格は機種ごとに発行されるため、複数メーカー・複数機種を運用する場合は、その都度講習を受講し直す必要がある点に留意してください。また、資格には一般的に取得から2年間の有効期限が設けられており、期限切れ前の更新手続きが必要です。

3-3. 資格取得の流れ

  1. 認定教習施設(農水協指定施設、またはUTC認定施設)を選定
  2. 学科講習(航空法・農薬取締法・操縦理論等)を受講
  3. 実技講習(手動飛行・自動航行・散布操作等)を受講
  4. 技能認定試験に合格
  5. 技能認定証の発行

受講費用は機種や教習期間によって幅がありますが、目安として10万円〜30万円程度を見込んでおくとよいでしょう。自動飛行機能を備えた機種では講習期間が短縮されるケースもあります。

ステップ③:飛行許可・承認申請と飛行計画通報

4-1. 農薬散布が「特定飛行」に該当する理由

ドローンによる農薬等の散布は、航空法上の「危険物の輸送」および「物件投下」に該当する「特定飛行」とされています。そのため、飛行させる前に国土交通大臣への許可・承認申請が必要です。

4-2. DIPS2.0での飛行許可・承認申請の流れ

申請は機体登録と同じく、DIPS2.0(ドローン情報基盤システム)上から行います。

手順内容
1DIPS2.0にて飛行許可・承認申請書を作成
2操縦者の技能・飛行経験、機体の点検整備状況等を記載
3賠償責任保険(対人対物)への加入を確認
4国土交通大臣(地方航空局)による審査
5許可・承認の取得

申請から許可・承認までは1ヶ月程度かかることもあるため、散布の予定時期から逆算して早めに手続きを進めることが重要です。なお、民間の技能認定を取得している場合は、申請書類の一部を省略できる取り扱いがあります。

4-3. 飛行計画の通報義務

航空法第132条の88に基づき、特定飛行を行う際は、事前に飛行の日時・経路等を記載した飛行計画を国土交通大臣に通報する義務があります。これは許可・承認とは別の手続きであるため、混同しないよう注意してください。

4-4. 都道府県への空中散布計画書の提出(任意)

かつてはドローンによる空中散布についても農林水産省の「無人航空機利用技術指導指針」に基づき、都道府県への空中散布計画書・実績報告書の提出が義務付けられていましたが、この指導指針は廃止され、現在は「無人マルチローターによる農薬の空中散布に係る安全ガイドライン」に基づく任意の提出に変更されています。地域によっては、関係機関との情報共有のため任意提出を推奨しているケースもあるので、管轄の都道府県窓口に確認するとよいでしょう。

農薬散布特有の追加ルール

5-1. 農薬取締法に基づく使用基準の遵守

ドローンで使用できる農薬は、農薬取締法に基づき登録された「ドローンに適した農薬」に限られます。具体的には、使用方法欄に「無人航空機による散布」等と記載された農薬が該当します。ラベルに記載された適用作物・希釈倍率・使用量等を守らない使用は、罰則の対象となる可能性があるため注意が必要です。

5-2. 空中散布ガイドラインのポイント

「無人マルチローターによる農薬の空中散布に係る安全ガイドライン」では、以下のような点が定められています。

  • 実施区域・実施除外区域の設定:ほ場周辺の住宅地・水源・有機農業実施ほ場等を勘案した区域設定
  • 近隣への事前周知:学校・病院・養蜂家・有機農業実施者等への散布日時・農薬種類の事前情報提供
  • 散布薬剤の種類・剤型の選定:ドリフト(飛散)リスクを抑えた剤型の選択

5-3. 事故発生時の報告義務

農薬のドリフトや流出等の「農薬事故」が発生した場合は都道府県へ事故報告書を提出する必要があります。また、機体の墜落や人身事故、航空機との接触等が発生した場合は、国土交通省(地方航空局保安部運用課等)への報告も別途必要です。両者は報告先が異なるため、それぞれの窓口を事前に把握しておきましょう。

導入ロードマップまとめ

ここまでの内容を踏まえ、農薬散布ドローンの導入検討から実際の散布開始までの標準的なロードマップを以下にまとめます。

フェーズ主な作業内容所要期間の目安
① 検討・機体選定用途(散布面積・作物・地形)に応じた機種選定、教習施設の選定1〜2ヶ月
② 民間資格取得(教習)学科・実技講習の受講、技能認定試験数日〜数週間(機種・コースによる)
③ 機体登録DIPS2.0での登録申請、登録記号の取得・表示2〜10開庁日
④ 飛行許可・承認申請DIPS2.0での申請、賠償責任保険加入確認最大1ヶ月程度
⑤ 飛行計画の通報散布日時・経路等を国土交通大臣へ通報飛行直前まで随時
⑥ 散布開始近隣への事前周知を経て運用開始

機体選定から散布開始まで、全体としておおよそ2〜3ヶ月程度を見込んでおくと、繁忙期に合わせた運用開始がしやすくなります。

まとめ

農薬散布ドローンの導入には、「機体登録」「操縦ライセンス(民間資格)」「飛行許可・飛行計画通報」という3つの手続きが必要です。国家資格の取得は法律上必須ではないものの、実務上は民間の技能認定がほぼ必須となっている点、また農薬散布が航空法上の「特定飛行」に該当し許可・承認と計画通報の両方が必要になる点は、特に押さえておきたいポイントです。

制度は今後も改正される可能性があるため、導入を検討する際は、本記事で紹介した国土交通省・農林水産省の公式情報を都度確認しながら進めることをおすすめします。

参考文献

  1. 国土交通省「無人航空機登録ポータルサイト」
    https://www.mlit.go.jp/koku/drone/
  2. 国土交通省「ドローン情報基盤システム2.0(DIPS2.0)」
    https://www.dips-reg.mlit.go.jp/
  3. 国土交通省「ドローン登録システム 操作マニュアル」
    https://www.dips-reg.mlit.go.jp/contents/drs/manual.html
  4. 国土交通省「無人航空機レベル4飛行ポータルサイト」
    https://www.mlit.go.jp/koku/level4/
  5. 農林水産省「無人航空機による農薬等の空中散布に関する情報」
    https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/boujyo/120507_heri_mujin.html
  6. 農林水産省「農業用ドローンの普及拡大に向けた官民協議会」
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/drone.html
  7. 農林水産省「無人航空機による農薬等の空中散布に関するQ&A」(令和5年5月 消費・安全局植物防疫課)
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/drone-192.pdf
  8. 農林水産省「無人マルチローターによる農薬の空中散布に係る安全ガイドライン」(令和元年7月30日付け元消安第1388号)
  9. 農林水産省「ドローンで使用可能な農薬」
    https://www.maff.go.jp/j/syouan/syokubo/gaicyu/g_kouku_zigyo/240117.html
  10. 兵庫県「無人航空機による農薬等の空中散布に際しての手続き等について」
    https://web.pref.hyogo.lg.jp/nk09/mujinkokuki.html
  11. 神奈川県「無人マルチローター(ドローン)による農薬散布を実施する方へ」
    https://www.pref.kanagawa.jp/docs/f6k/drone-nouyaku.html
  12. 農業ドローン協議会(AEROENTRY)
    https://utcagri.aeroentry.jp/
  13. バウンダリ行政書士法人「ドローンで農薬散布する場合は許可申請が必須!必要な3つの手続きについて解説」
    https://boundary.or.jp/aboutdrone/dips/4010/

※本記事の内容は執筆時点(2026年6月)の情報に基づいています。制度・手数料・手続き方法は変更される場合があるため、最新情報は必ず国土交通省・農林水産省の公式サイトでご確認ください。