肥料価格の高止まりが続く中、「肥料を減らしたら収量が落ちてしまった」という声を農業現場でよく耳にします。しかし本来、化成肥料の削減と収量維持はトレードオフではありません。問題は「量を減らすこと」ではなく、「何をどこでどう与えるか」という施肥設計の考え方にあります。本記事では、農水省や農研機構の最新実証データをもとに、コストを抑えながら収量を守るための施肥バランスの整理方法を解説します。

なぜ今、施肥設計を見直す必要があるのか

1-1. 肥料価格の高止まりは「一時的なショック」ではなかった

2021年秋以降、化成肥料の価格は急騰しました。中国による肥料原料の輸出検査厳格化、ロシアによるウクライナ侵略の影響、さらに急速な円安の進行が重なり、農業者にとって経験のない価格水準が続きました。

その後、国際市況は2023年以降に軟化しましたが、直近の中東情勢などの影響も受けて再び高い水準で推移しており、完全な「平時」への回帰には至っていません(農水省「肥料をめぐる情勢」令和8年6月版)。

この構造的な価格高止まりの背景には、化成肥料の製造コストの約6割が原材料費であり、その主原料である尿素・りん安(りん酸アンモニウム)・塩化加里のほぼ全量を輸入に依存しているという日本固有の脆弱性があります。資源は特定の国に偏在しており、国際情勢に連動して価格が大きく変動する構造は、短期間で変わるものではありません。

1-2. 肥料費が経営を圧迫している実態

農水省の「令和6年営農類型別経営統計」によれば、農業経営費に占める肥料費の割合は作目によって6〜13%に達します。品目や経営規模によってはさらに高くなるケースもあり、燃料費と並ぶ最大の変動コスト要因となっています。

1-3. 国の政策も「減肥」の方向へ

農林水産省が2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」では、化学肥料の使用量について2030年までに20%削減、2050年までに30%削減という目標を掲げています。補助金・支援制度も「化学肥料低減の取組を行った農業者」を対象とする枠組みが定着しつつあり、施肥設計の最適化は経営コスト削減と政策対応の両面から重要性を増しています。

「とりあえず量を減らす」が失敗する理由

2-1. 「全面一律カット」は収量リスクが高い

肥料費を削減しようとして、まず思い浮かぶのが「施用量を一定割合カットする」という方法です。しかしこの「全面一律削減」は、農研機構の実証試験でも収量低下リスクが高い手法であることが確認されています。

農研機構の2025年研究報告では、キャベツ栽培(春・夏まき計4作)において、全面全層施肥を標準量から30%削減した場合、収量が有意に低下したことが示されています。一方で、施用技術を変えた局所施肥では、同じ30%削減でも収量低下が生じなかったというデータが得られており、「どれだけ減らすか」ではなく「どのように与えるか」が収量を左右することが明確になっています。

2-2. 土壌の「蓄積過剰」を無視した施肥設計の問題

多くの農地では、長年の慣行施肥によってリン酸やカリウムが土壌に蓄積しています。農水省の実証データによれば、約8割のほ場でリン酸肥料を施肥量から削除しても収量に影響がないという結果が得られており、すでに「不要な成分を毎作施用している」状態が広く存在している可能性があります。

不足していない成分を毎年施用することは、コスト増と環境負荷の二重損失です。土壌診断なしに「例年通りの施肥設計」を続けることが、最も見えにくい損失になっています。

2-3. 画一的な施肥が生む土壌バランスの崩れ

農水省の資料は、畑や果樹園等での「窒素・りん酸・加里中心の画一的な施肥」が引き起こす問題を指摘しています。具体的には、①ほう素等の微量要素の欠乏、②りん酸過剰による病気の誘発、③加里過剰による塩基性成分バランスの乱れがもたらす病害などが現場で発生しています。

つまり、コスト削減以前に、今の施肥設計が作物と土壌にとって最適ではない可能性があるということです。施肥設計の見直しは「節約」ではなく「正常化」という視点が重要です。

📌 POINT

収量を守るためには、「量を減らす前に設計を正す」ことが先決です。土壌の現状把握なしに削減に踏み切るのが、最も危険なパターンです。

収量を守りながら化成肥料を減らす3つのアプローチ

では、どのように施肥設計を変えればよいのでしょうか。農研機構や農水省の実証データをもとに、現場で実践できる3つのアプローチを整理します。

アプローチ①:土壌診断に基づく「引き算型」施肥設計

従来の施肥設計の発想は「標準施肥量から始める」ものでした。これを「土壌の現在地から必要量を算出する」発想へ転換することが、引き算型施肥設計の核心です。

土壌診断で蓄積成分(特にリン酸・カリ)を確認し、過剰な成分は施肥量を大幅に削減、または除外します。窒素については不足すれば収量に直結するため慎重に判断しつつも、分施設計や緩効性への切り替えでムダな流亡を防ぎます。

農水省は全都道府県の施肥基準・減肥基準を公開しており、地域・作物別に「どの成分をどこまで減らせるか」の目安を確認できます(農水省「都道府県施肥基準等」ページ)。土壌診断のコストは1検体あたり数千円程度ですが、蓄積成分の把握により削減できる肥料コストはそれをはるかに上回るケースが多く、最もコストパフォーマンスの高い一手と言えます。

アプローチ②:施用技術の工夫で「効かせ方」を変える

(a)局所施肥・二段施肥

局所施肥とは、畝内の根圏周辺に集中して肥料を施用する方法です。全面に均一散布する方法と比べて肥料の利用率が高く、同じ成分量でも作物への供給効率が上がります

農研機構の2025年研究報告では、「畝立同時二段局所施肥機」を用いたキャベツ栽培試験において、化成肥料を30%削減した二段局所施肥でも、全面全層の標準施肥と同等の収量が得られたことが実証されています。さらに50%削減でも夏まき作型では有意差がなかったとのデータも示されており、施用技術の変更が減肥の余地を大きく広げることがわかります。

(b)被覆肥料(緩効性肥料)の活用

被覆肥料(コーティング肥料)は、肥料成分を硫黄や樹脂等で被覆し、溶出量や溶出期間をコントロールした肥料です。作物の生育に合わせて成分が溶け出すため、無駄な流亡が少なく施肥回数も削減でき、施設野菜や水稲で広く普及しています。

なお、近年はプラスチック被膜殻の海洋流出問題が指摘されており、業界では「2030年にはプラスチックを使用した被覆肥料に頼らない農業へ」という目標も掲げられています(矢野経済研究所「肥料市場調査2025年」)。生分解性素材への移行動向にも注目する必要があります。

(c)追肥タイミングの最適化(分施)

基肥に集中させるのではなく、作物の生育ステージに合わせて複数回に分けて施用することで、根が最も必要とするタイミングに成分を供給でき、吸収効率が上がります。結果として同じ収量を、より少ない総施用量で達成することが可能になります。

アプローチ③:有機質資材・国内資源との組み合わせ

堆肥・バイオ液肥・鶏糞・下水汚泥由来肥料などを「化学肥料の代替」として定量的に位置づけ、含有成分を換算したうえで化成肥料の施用量を引き算するアプローチです。

農研機構の2025年研究報告では、土壌環境API(有機質資材の肥効見える化システム)を活用して13県の公設試験場と連携した畑作物20事例で検証した結果、収量を維持しつつ平均で化学肥料40%の削減が可能であることが実証されています。これはみどりの食料システム戦略が2030年目標として掲げる20%削減を大きく上回る数値です。

ただし有機質資材を活用する際には、以下の点に注意が必要です。

  • 含有成分のバラつき:堆肥等は製品ごとに成分含量が異なるため、分析値を確認して計算することが前提になります。
  • 肥効の発現タイミング:有機態窒素は微生物により徐々に無機化されるため、化成肥料のように即効性がなく、施用時期の調整が必要です。
  • 施用労力:堆肥は散布に手間がかかる場合があります。近年は1粒型の「混合堆肥複合肥料」(堆肥+化学肥料の配合)の普及により、この問題を軽減する製品も登場しています。

スマート農業との組み合わせで「見えない損失」を可視化する

4-1. 圃場内のバラつきが「平均施肥」を非効率にする

同じ一枚の圃場でも、地力・保水性・土壌栄養分布は場所によって異なります。「圃場全体の平均値」で施肥量を決める従来の方法では、生育の良いエリアには肥料が余剰になり、生育の悪いエリアには不足するという矛盾が生じます。これが収量のバラつきとムダな施肥コストの根本原因の一つです。

4-2. 可変施肥が収量安定とコスト最適化を両立する

センシング技術(ドローン・人工衛星・生育センサ)で圃場マップを作成し、エリアごとに施肥量を変える「可変施肥」は、この問題の解決策として注目されています。

クボタの7カ年にわたる可変施肥実証試験では、2024年度の秋まき小麦で可変施肥区の穂数の標準偏差が63.2(定量施肥区:79.6)と小さく、生育のバラつきが縮小する傾向が確認されました(クボタ営農センター、2025年)。生育の均一化は最終的な収量の安定につながります。

【図3】可変施肥と定量施肥の収量バラつき比較(秋まき小麦 2024年度)

施肥方式穂数(本/㎡)標準偏差評価
定量施肥(慣行)71479.6バラつき大
可変施肥73463.2バラつき小 ✓

出典:クボタ営農センター「可変施肥実証試験」2025年2月資料をもとに作成

4-3. 現実的な活用シナリオ

大規模経営体では、収量コンバインのデータを翌年の施肥設計へフィードバックする「データ駆動型生産」が本格化しています。一方、中小規模の農業者でも、衛星リモートセンシングを使った生育の見える化は低コストで始められる入口になっています。

クボタのKSASでは2025年4月から衛星リモートセンシング機能が追加され、1haあたり年間550円(2025年特別価格)という低コストでの生育状況確認が可能になりました。まず「圃場内のバラつきを把握する」ところから始めるだけでも、施肥設計の精度向上に貢献します。

第5章:施肥設計の見直しを始める前のチェックリスト

施肥設計の最適化に着手する前に、以下の5点を確認しておきましょう。これらを整理するだけで、改善の方向性が見えてきます。

✅ 施肥設計見直し前の確認チェックリスト

①土壌診断は直近3年以内に実施しているか?
蓄積成分(特にリン酸・カリ)の把握が引き算型設計の出発点です。未実施の場合は最優先で実施しましょう。

②利用している施肥基準は都道府県の最新版か?
各都道府県の施肥基準・減肥基準は随時更新されています。農水省「都道府県施肥基準等」ページで最新版を確認できます。

③圃場ごとに収量のバラつきを把握しているか?
平均的な収量管理では圃場内・圃場間の差異が見えません。収量コンバインのデータや衛星画像の活用を検討しましょう。

④使用している肥料の形態は作物特性に合っているか?
全量基肥型・分施型・被覆型のどれが最適かを、作物の栄養要求特性に照らして見直します。

⑤有機質資材を使う場合、成分を化成肥料と合算して設計しているか?
有機質資材の成分を「おまけ」扱いにせず、含有成分を分析・換算したうえで化成肥料量を引き算する設計が重要です。

まとめ

この記事のポイント

  • 肥料価格の高止まりは構造的な問題であり、施肥設計の見直しは経営防衛として不可欠です。
  • 「量を一律に減らす」だけでは収量リスクが高く、設計の変更なき削減は失敗につながります。
  • 収量を維持しながら化成肥料を削減するには、①土壌診断で引き算する、②施用技術で効かせ方を変える、③有機質資材で代替するの3アプローチを組み合わせることが有効です。
  • 農研機構の最新実証では、局所施肥×30%削減で収量維持、有機質資材活用で平均40%削減かつ収量維持が実証されています。
  • 施肥設計の最適化は一度の取組で終わるものではなく、土壌診断データと収量データを蓄積しながら毎作精度を上げていく継続的なプロセスです。

「節約のために肥料を減らす」ではなく、「土壌と作物の実態に合わせた施肥量に正す」という発想の転換が、肥料高騰時代の経営安定の鍵になります。まずは土壌診断と都道府県の施肥基準の確認から、着実に取り組んでみてください。

参考文献

  1. 農林水産省「肥料をめぐる情勢 令和8年6月」農産局技術普及課(2026年)
    https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_hiryo/attach/pdf/index-238.pdf
  2. 農林水産省「肥料をめぐる情勢と新たな肥料制度について」消費・安全局農産安全管理課(令和6年6月 全国食品リサイクル研修会資料)
    https://syokuri.jp/top/wp-content/uploads/2024/06/pdf2-hiryouhou.pdf
  3. 農林水産省「都道府県施肥基準等」
    https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/
  4. 農林水産省「令和3年度補正予算 肥料コスト低減体系緊急転換事業」
    https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_hiryo/211208.html
  5. 農林水産省「みどりの食料システム戦略」トップページ(KPI2024年実績値含む)
    https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/
  6. 農林水産省「基本計画の策定に向けた検討の視点(我が国の食料供給)」令和6年12月
    https://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/bukai/attach/pdf/241204-20.pdf
  7. 農林水産省「国内肥料資源の利用拡大に向けて」(第106回バイオマスサロン説明資料、2024年10月)
    https://www.jora.jp/wp-content/uploads/2024/10/20241011_MAFF.pdf
  8. 農研機構「農研機構研究報告 第20号」J-STAGE(2025年)畝立同時二段局所施肥機によるキャベツの減化学肥料栽培・有機質資材の肥効見える化APIと化学肥料削減実証
    https://www.jstage.jst.go.jp/browse/naroj/2025/20/_contents/-char/ja
  9. 住田弘一「スマート農業の現状 ―実証事業での取組事例から―」肥料科学 第47号(J-STAGE、2025年)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/fertilizerscience/47/47/47_121/_pdf
  10. クボタ営農センター「可変施肥実証試験 2024年度収量調査」(2025年2月)
    https://agriport.jp/wp-content/uploads/2025/02/b2f1a5c2438f850b07ce6b6d93c1ee9d.pdf
  11. 矢野経済研究所「肥料市場に関する調査(2025年)」(2025年6月)
    https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3836
  12. 一般社団法人日本有機資源協会「2024年度 国内肥料資源流通促進支援事業」
    https://www.jora.jp/activity/hiryo2023/
  13. 先端農業マガジン「日本の肥料輸入と価格の最新動向【2026年版】」(2026年5月)
    https://smartagri.jp/p/2650/