農地取得というと、農地法にもとづく許可や農業委員会での手続きに意識が向きがちです。しかし実際には、地域や近隣との関係づくりが、農地を確保できるかどうかそのものを左右します。
たとえば、就農予定地域の農家のもとで研修していた方が、研修中の実績やふるまいから研修先や地域での評価を得られず、地主から借りる予定だった農地を断られてしまい、その後もなかなか農地が見つからず、経営開始までのスケジュールがタイトになってしまったという事例が報告されています。この失敗を回避するポイントとして、研修先の地域で就農する計画なら特に、研修先農家や地域の人との円満な関係を築いておくことが重要だと指摘されています。[7]
つまり関係づくりは、就農後のマナーである以前に、農地取得の前提条件だといえます。購入の前・購入時・購入後という時間軸に沿って、周辺住民との関係づくりの動き方を整理します。
なぜ「関係づくり」が農地取得の成否を分けるのか
農地を取得するには、購入する場合も借りる場合も、農地法にもとづき知事または農業委員会の許可が必要です。農地取得の規則を理解し、必要な要件を満たしておくことが重要になります。[10]
そのうえで見落としてはならないのが、優良な農地を見つけるためには、農業研修などを通じて地元の農家との信頼関係を築くことが不可欠だという点です。疑問がある場合には、農業委員会事務局の窓口などに相談することがすすめられています。[10]
また、他の地域から移住して農業を始める場合には、住居の確保や、地域のネットワークや青年組織への参加などの、地域に溶け込むための支援も重要になるとされています。[4] 農地取得は、こうした地域との関わりと切り離せないものとして考える必要があります。
一方で、現実には温度差もあります。畑の近くに住む一般住民のなかには「農家=いてほしくない存在」と考えている人もいるという認識を持っておかないと、理想とのギャップに打ちのめされてしまう可能性があると、新規就農者自身の体験から指摘されています。[11] 期待と現実の差をあらかじめ知っておくことも、関係づくりの第一歩です。
【購入前】関係づくりのスタートライン
前述のとおり、地域での評価が農地の紹介・取得に直結します。研修先や地域での評価が得られなかったために農地を断られた事例[7]を踏まえると、購入前の段階での動き方が重要になります。
相談窓口・関係機関に早めに接触する
就農にあたっては、農地の斡旋、販売ルートの確保(生産部会への加入など)、資金調達や経営計画づくりなど、多岐にわたる準備が必要です。[4] 全国各地の都道府県・市町村・農業公社・JAなどが窓口となっており、疑問がある場合は農業委員会事務局窓口などに相談することがすすめられています。[10]
作物選びと地域の相性を確認する
とくに無農薬・有機栽培を志向する場合は、農地選定の段階から近隣への配慮が必要です。農業委員会の実務では、有機・無農薬農法を志向する相談があった場合には、予想されるトラブルなどを十分に検討して農地を選定するよう指導している、農薬を使用した履歴のない土地や、近隣農地の農薬の飛沫がないところを選ぶようにしている、といった対応が挙げられています。[18] また、県の特別栽培基準や国の有機栽培認定を受けるためには、認定基準をよく理解したうえで、近隣の農家の理解を得るように指導しているとされています。[18]
【購入時〜直後】挨拶と地域組織への参加
農地を取得した前後の時期には、集落や関係組織への挨拶・参加が関係づくりの軸になります。JAグループのハンドブックでは、新規就農者にあらかじめ説明しておくべきこととして、次のような点が挙げられています。[25]
■ 集落で心がけたいこと(JA新規就農者支援ハンドブックより)
- 集落では誰にでも挨拶をする
- 畦の草刈りなどの共同作業には必ず出る
- 消防団などの役職は積極的に引き受ける
あわせて、生産部会やJA青年部、地域のさまざまな組織への参加を働きかけることが重要だとされています。農産物の集出荷施設は、他の農家と知り合う格好の場だとも指摘されています。[25]
【購入後】確認すべき”地域ルール”
農地を取得した後は、地域で共有されているルールへの参加・確認が欠かせません。ここでは参考文献で確認できる範囲を整理します。
集落の共同作業(出役)
前掲のとおり、畦の草刈りなどの共同作業には必ず出ることが、集落での基本的な心得として挙げられています。[25] 集落営農の定義においても、参加する各農家の出役によって共同で農作業を行うことが取組の一形態として位置づけられています。[23]
役職の引き受け方には注意も
役職は積極的に引き受けることがすすめられる一方で、注意点もあります。新規就農者は「地域で頼まれた役職はできるだけ引き受けるように」と言われており、その結果として引き受けすぎてしまう弊害も生じていると指摘されています。[25] 引き受ける姿勢は大切にしつつ、負担が過大にならないよう営農指導員などに相談できる関係をつくっておくことが考えられます。
自治会・町内会との向き合い方
移住をともなう場合、自治会や町内会との関係も生活面で避けて通れません。前提として、町内会などの自治会への加入は強制ではなく、法律の定めによらない任意団体とされています。[30]
ただし現実には折り合いが必要です。自治会に参加しない選択をとる場合でも、完全に距離を置くのではなく、事前に自治会長または班長にあいさつをしたうえで、掃除や草刈りなどの共同作業には参加する、共益費を支払うといった協力の形を提案すると対話が進みやすく、「線を引きつつ、最低限の協力はする」という姿勢がトラブルの予防につながるとされています。[21]
ゴミ出しについては、自治会未加入者がゴミ集積所を使いにくいと感じるトラブルが多くの自治体で報告されており、市役所の担当課と自治会の双方に確認し、事前に自分の希望を伝えたうえで地域のやり方との折り合いを探る姿勢が重要だとされています。[21]
| タイミング | 主な動き | 出典 |
|---|---|---|
| 購入前 | 研修などで地元農家と信頼関係を築く/農業委員会・JAなどに相談/有機・無農薬なら近隣の理解を得られる農地を選定 | [7][10][18] |
| 購入時〜直後 | 集落で誰にでも挨拶/生産部会・JA青年部など地域組織へ参加 | [25] |
| 購入後 | 共同作業(出役)に参加/役職は引き受けつつ過重を避ける/自治会は最低限の協力で折り合う | [21][23][25] |
トラブル回避の実践ポイント
農薬・除草剤の飛散・流出に注意する
近隣とのトラブルで特に注意したいのが農薬・除草剤です。近隣住宅の庭から除草剤が流出し、隣接する水田の稲が枯れ始めた事例が報じられており、こうした農薬流出トラブルは都市化が進む農村部で繰り返されているとされています。[16] この報道では、農林水産省の令和6年度調査で農作物被害が7件、魚類被害が4件報告され、ドリフト(飛散)・流出関連が一定割合を占めること、過去5年平均で農作物被害は10〜24件程度と毎年一定数発生していることが紹介されています。[16]
実務的なアドバイスとして、被害の状況は写真を多めに撮っておくことなどが挙げられています。[16] なお、住宅地などにおける農薬使用については農林水産省が考え方を示しています。[20]
営農に伴う不満に先回りする
農作業には、砂ぼこりや収穫後のマルチなどがご近所トラブルの種になりうるという実体験も報告されています。[11] 生活環境が密接に関わる近隣トラブルは、相互理解の不足が原因となることが多く、例として騒音、臭い、農作業に関する不満などが挙げられます。[13]
トラブルが起きたときの相談先を知っておく
近隣トラブルへの対策としては、定期的な地区会議の開催や、トラブルを事前に話し合う体制を整えることが効果的だとされ、調停者を間に立てた話し合いや第三者機関への相談も有効とされています。円滑なコミュニケーションがトラブル回避のカギになるとまとめられています。[13]
まとめ:関係づくりは農地取得の「前提」である
ここまで見てきたように、周辺住民との関係づくりは就農後のマナーにとどまらず、農地を取得できるかどうかを左右する前提条件です。地元農家との信頼関係が優良農地との出会いを生み[10]、集落での挨拶や共同作業への参加が地域での立場をつくります[25]。
同時に、移住をともなう場合は自治会との関係のように、「線を引きつつ、最低限の協力はする」という持続可能な距離感[21]も大切です。購入前・購入時・購入後のそれぞれの段階で、できる動きを一つずつ積み重ねていくことが、農地取得と、その後の営農の安定につながります。
参考文献
JAグループ「新規就農支援|農業・農村を支える」
https://agri.ja-group.jp/support/start/about([4])
イノチオアグリ「田舎に移住して農業をはじめる方法とは?自治体の支援情報と補助金について解説」
https://inochio.co.jp/column/133/([10])
マイナビ農業「砂ぼこりと収穫後のマルチがご近所トラブルの種に! 難敵は近隣住民からのクレーム【転生レベル22】」
https://agri.mynavi.jp/2024_09_24_282224/([11])
チバニアン兼業農家学校「農業委員会の苦情解決ガイド」
https://chibanian.info/20240422-598/([13])
coki「近隣住宅から除草剤が水田へ流出 稲の生育不良被害が拡大」
https://coki.jp/article/column/83815/([16])
tochino(栃木で始める)「新規就農の落とし穴を回避!事例から学ぶ失敗の原因と効果的な対策」
https://tochi-no.jp/article/detail/613([7])
全国農業委員会職員協議会「農業委員会日常業務のQ&A(ver.4)」(全国農業会議所)
https://www.nca.or.jp/images/q_and_a4.pdf([18])
農林水産省「住宅地等における農薬使用について」
https://www.maff.go.jp/j/nouyaku/n_tekisei/jutakuti/([20])
二拠点・移住ライフ大学「田舎の自治会は入らない?移住後のゴミ出しと近所づきあい」
https://dual-life-iju.com/magazine/category/emigration/inaka-kankei/([21])
農林水産省「集落営農に関するQ&A(回答)」
https://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/syuuraku_qa_a.html([23])
全国農業協同組合中央会「JA新規就農者支援対策ハンドブック」
https://agri.ja-group.jp/pdf/support/start/about/support_handbook.pdf([25])
移住プランナー「Vol219 田舎移住!自治会(町内会)加入とゴミ出し問題!」
https://note.com/iju_planner/n/nf66e04a09c18([30])
※本記事は上記参考文献の記載内容にもとづいて構成しています。水利・土地改良区の賦課金や出役など、地域固有のルールについては地域差が大きいため、実際の取得にあたっては当該地域の農業委員会・土地改良区・自治体窓口にご確認ください。
