繁忙期に収穫が追いつかず、せっかくの収量を取りこぼしてしまう。特定のベテランが抜けると現場が回らなくなる。施設園芸で人を雇う経営者の多くが、こうした悩みを抱えています。そして、その解決策として真っ先に思い浮かぶのが「人を増やす」ことではないでしょうか。
しかし、施設園芸において人手不足は、増員だけでは解決しにくい構造的な課題です。労務費が経営を圧迫しやすいこの分野では、労働が集中する工程を見極めて分業し、標準化して属人性を外すことが、少人数でも収量を落とさない雇用設計の要になります。
本記事では、農林水産省や研究機関の資料、そして全国のスマートグリーンハウス転換事例をもとに、収穫・管理・出荷をどう分業すれば少人数でも回るのかを、実務に即して解説します。
1. なぜ施設園芸で人手不足が経営を直撃するのか
まず、施設園芸における人手不足の問題が、なぜこれほど深刻なのかを整理します。
農林水産省が2025年6月に公表した「省力化投資促進プラン」では、農業経営体数が全体的に減少を続ける一方で、農業の有効求人数は近年増加傾向にあり、労働力の需給ミスマッチが拡大していることが示されています。農業の労働生産性は上昇傾向にあるものの、さらなる省力化を進める必要があると指摘されています。
そのうえで、施設園芸特有の事情として見逃せないのが「労務費の高さ」です。三菱総合研究所が2025年3月に公表した「日本農業における生産性向上のポイント」では、施設野菜作経営について次の点が指摘されています。
- 規模によらず労務費の割合が非常に高く、大規模層であっても労務費が30%以上を占める
- 水田・露地野菜には劣るものの、規模拡大によって生産性は上昇しうる
- 施設野菜は比較的大規模の経営体(1ha以上)の割合が高い
ここで重要なのは「規模によらず」という点です。ハウスを大きくして生産量を増やしても、労務費の割合は下がりにくい。つまり、面積拡大だけでは労働コストの構造は改善されず、人件費を抑えるには「労働時間そのものを減らす工程」を特定し、そこに手を打つ必要があるのです。図表1. 施設園芸で人手不足が経営を直撃する構造
| 要因 | 内容 | 出典 |
|---|---|---|
| 労働力の需給ミスマッチ | 経営体数は減少する一方、農業の有効求人数は増加傾向 | 農水省「省力化投資促進プラン」(2025) |
| 労務費割合の高さ | 施設野菜は規模によらず労務費が30%以上を占める | 三菱総合研究所(2025) |
| 省力化の必要性 | 労働生産性は上昇傾向だが、さらなる省力化が必要 | 農水省「省力化投資促進プラン」(2025) |
2. どの作業に人手が集中しているのか|分業の起点を見極める
労働時間を減らすには、まず「どの作業に人手が集中しているのか」を知る必要があります。ここを外すと、労力をかけて効率化しても効果が薄くなってしまいます。
三菱総合研究所の同資料では、作業別の労働時間を分析した結果として、施設野菜では「収穫・調整」の作業に時間を要していることが示されています。つまり、施設野菜経営における労働の山は、収穫とその後の調整(選果・出荷準備)にあるということです。
この事実は、分業を設計するうえで決定的な意味を持ちます。すべての工程を均等に効率化しようとするのではなく、労働が集中する「収穫・調整」を分業の主対象に据えることが、限られた労力を最も効かせる方法になります。
実務では、施設園芸の作業を大きく次の3つの区分で棚卸しすることをおすすめします。
- 収穫:果実や作物を収穫する作業。労働が集中しやすい山場
- 管理(栽培管理):整枝、摘葉、誘引、環境制御、生育調査など。熟練の判断が求められる工程を含む
- 出荷(選果・調整・包装):等階級の選別、パッキング、出荷準備。標準化しやすい工程
この3区分で工程を洗い出したうえで、労働が集中する収穫・調整を軸に、次章の分業設計へ進みます。
3. 作業分業の設計|少人数でも回る役割配置
ここからが本記事の実務的な中心です。全国のスマートグリーンハウス転換事例には、少人数でも回すための具体的な分業の工夫が数多く見られます。日本施設園芸協会が2022年3月に取りまとめた「スマートグリーンハウス転換の手引き」の事例をもとに整理します。
3-1. 班編成による分業
宮城県石巻市の(株)デ・リーフデ北上は、トマトとパプリカを生産する次世代施設園芸拠点の一つです。同社では社員8名を総務・トマト・パプリカと担当を分け、さらに40名程度のパート職員が品目ごとに栽培と選果を行う体制をとっています。品目という単位で班を分けることで、担当が明確になり、それぞれの工程に習熟しやすくなります。
3-2. マネージャーと補佐による二層構造
役割配置の考え方として参考になるのが、大規模施設での「栽培マネージャー+補佐」という二層構造です。手引き以外の農水省事例集(大規模施設園芸・植物工場実態調査)でも、大玉トマト班・ミニトマト班といった各班に1名の栽培マネージャーを置き、もう1名が補佐する体制が紹介されています。各班に判断を担う責任者を置き、その下で作業を支える人を配置することで、指示系統が明確になり、少人数でも現場が回りやすくなります。
3-3. 作業データにもとづく人員配置
兵庫県神戸市の(株)東馬場農園では、週1回の生育調査と翌週の管理計画の策定をハウス担当者が行い、社内会議で検討する体制をとっています。同社は子育て世代のパート従業員が主体のため、翌週分のパート従業員の出勤時間から作業計画を策定する「週間計画」で運用しています。
さらに同社は作業管理システムを自社開発し、作業ごとの作業効率(株/時)とハウスごとの作業時間を把握できるようにしています。これにより、どの作業に何時間かかり、何人必要かが見えるようになり、人員配置の精度が上がります。手引きの委員考察でも、こうした「作業データ」は人件費に直結し、生育データ・収量データと関連づけて把握することが経営改善につながると整理されています。
3-4. 熟練が要る工程と、標準化できる工程を切り分ける
分業設計の根底にある原則は、熟練の判断が求められる工程と、標準化して誰でもできる工程を切り分けることです。生育調査や環境制御の判断は経験が要りますが、収穫や選果は手順を定めれば習熟が早い工程です。この切り分けが、次章のマニュアル化につながります。図表2. 収穫/栽培管理/出荷の工程別・分業設計の考え方
| 工程区分 | 主な作業 | 熟練の要否 | 標準化のしやすさ | 分業設計の方向性 |
|---|---|---|---|---|
| 収穫 | 果実の収穫 | 比較的低い | しやすい | 手順を定めてパート主体で分業。労働集中工程のため人員を厚く |
| 栽培管理 | 整枝・摘葉・誘引・生育調査・環境制御 | 高い | 一部しにくい | マネージャーが判断を担い、補佐が定型作業を支える |
| 出荷 | 選果・調整・包装 | 比較的低い | しやすい | 手順を定めてパート主体で分業。搬送ラインとの連動で省人化 |
※日本施設園芸協会「スマートグリーンハウス転換の手引き」(2022)等の事例をもとに整理。
4. マニュアル化で「属人化」を外す|収量を落とさない標準化
分業を機能させるには、それぞれの工程を「誰がやっても一定の品質になる」状態にする必要があります。ここでマニュアル化が効いてきます。
4-1. OJT頼みの限界がマニュアル化の出発点
岩手県盛岡市の(株)いわて若江農園は、約70aのハウスで社員3名とパート従業員12名によるトマト周年栽培を行い、大玉トマト長段栽培で40t/10aを達成している事例です。同社の歩みには、マニュアル化に至る典型的な流れが見て取れます。
2016年に社員を採用した当初は、すべてハウスでのOJT(実地指導)で教えていました。しかし従業員が増えるにつれ、「伝言での指示も限界となり、マニュアルの必要性を感じて作業のマニュアル化に取り組んだ」と記録されています。人が増えて口頭指示が回らなくなった段階こそが、マニュアル化の出発点になるということです。
さらに同社では、従業員によって作業のやり方に違いが生じ、作業手順・作業時間・方法が統一されていないことが現場での問題の原因となっていました。そこで作業範囲・作業内容・作業時間を共有するための作業手順書を作成しています。品質だけでなく作業時間も揃えることが、標準化のポイントです。
4-2. 始業前ミーティングと作業報告で徹底する
標準を現場に浸透させる運用面の工夫も重要です。農水省の大規模施設園芸事例集では、農作業経験のないスタッフが多い現場において、栽培・選果の基本作業や注意事項を毎日の始業前ミーティングで徹底し、終業時には各人の日々の作業内容を報告する運用が紹介されています。マニュアルを作るだけでなく、日々の朝礼と報告で基準を確認し続けることで、標準が形骸化しにくくなります。
4-3. 判断基準そのものを文章化・共有する
いわて若江農園では、収穫速度や収穫量を作業後にボードへ表示し、従業員に認識してもらう工夫もしています。ただし同社は「時間を気にするあまり他の人の手伝いがおろそかになる傾向も出る」とし、何のためにデータを出しているのかを理解し共有する必要があるとも述べています。数値の見える化は、その目的を全員で共有してはじめて機能します。
また同社は、環境データ・生育データ・考察・判断・方針を整理して文章化する取り組みを続けています。数値化しにくい花の色や葉の厚みといった要素も、文章化してわかりやすく伝えることで、判断の基準そのものを標準化しようとしています。図表3. 機能するマニュアル化のポイント
| ポイント | 具体的な内容 |
|---|---|
| 作業手順・時間・方法を統一する | 作業範囲・作業内容・作業時間を共有する手順書を作成し、品質だけでなく作業時間も揃える |
| 始業前ミーティングで徹底する | 基本作業や注意事項を毎日確認し、終業時に各人の作業内容を報告する |
| 判断基準を文章化する | 数値化しにくい生育状態も文章化し、考察・判断・方針を整理して共有する |
| データの目的を共有する | 数値の見える化は、何のためのデータかを全員が理解してはじめて機能する |
※(株)いわて若江農園、農水省事例集の記載をもとに整理。
5. 人が定着する雇用管理|分業・標準化を支える土台
分業とマニュアル化は、それを支える雇用管理があってはじめて安定します。人が定着しなければ、せっかく標準化しても教え直しが続いてしまうためです。
5-1. 就業規則の整備であいまいさを解消する
いわて若江農園では、パート従業員の就業規則が必要だと考え、岩手県の労務管理関係の事業を活用し、社会保険労務士と相談して規則を作り、雇用関係のあいまいさを無くす取り組みを行いました。それまでルールの文書化がされていなかったものを共有できるようにしたのです。その後、正社員の就業規則も専門家の支援を受けて作成しています。ルールを文書化することは、分業体制を安定させる土台になります。
5-2. 育成の段階設計とキャリアパス
同社の社員育成には、明確な段階設計が見られます。採用1年目はパートと同じ作業に「どっぷりつかって」シーズンを通して覚え、2年目からは知識習得に切り替えるという流れです。また就業時間外に自主的な朝の勉強会を開催し、先輩が新しい研修生に教えるスタイルを続けてきました。
大規模施設園芸の事例集でも、従業員のキャリアパスを明確にし、将来の正社員化などステップアップの道筋を示すことで、安心と希望を持って働ける環境整備を進めることの重要性が指摘されています。生産性の向上には優れた人材の確保と定着が欠かせないという考え方です。
5-3. 分業・標準化は「早期戦力化」の仕組みでもある
ここまで見てきた分業とマニュアル化は、単なる効率化の手段ではありません。委員考察でも、いわて若江農園の自作システムについて「習熟度が比較的低い雇用者が効率よく作業できる環境が整っている」と評価されています。手順が標準化され、役割が分業されていれば、経験の浅い新人でも早く戦力になれる。これは、採用が難しい時代において大きな武器になります。
まとめ|「増員」から「分業・標準化で回す設計」へ
施設園芸の人手不足は、人を増やすだけでは解決しにくい構造的な課題です。労務費が規模によらず高く、労働は「収穫・調整」に集中する。この事実を出発点にすると、打つべき手が見えてきます。
- 労働が集中する収穫・調整を分業の主対象に据える(三菱総合研究所)
- 品目別の班編成やマネージャー+補佐の二層構造で役割を配置する(デ・リーフデ北上ほか)
- 作業手順・時間・方法を統一し、始業前ミーティングと報告で標準を徹底する(いわて若江農園ほか)
- 就業規則の整備とキャリアパスの明確化で人を定着させる(いわて若江農園ほか)
収穫・調整という労働集中工程を起点に、役割配置とマニュアル化、そして雇用管理を一体で組む。これが、少人数でも収量を落とさない雇用設計の考え方です。分業と標準化は、経験の浅い人材でも早く戦力化できる仕組みでもあり、採用難の時代を乗り切る土台になります。
参考文献
農林水産省「施設園芸をめぐる情勢」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/sisetsu/attach/pdf/index-39.pdf
農林水産省「省力化投資促進プラン ―農林水産業(農業)―」(令和7年6月13日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/shouryokukatousi/12.pdf
株式会社三菱総合研究所「日本農業における生産性向上のポイント」MRIオピニオン(2025年3月号)
https://www.mri.co.jp/knowledge/opinion/2025/202503_2.html
一般社団法人日本施設園芸協会「スマートグリーンハウス転換の手引き ~データ活用と実践の事例~」(令和3年度スマート農業総合推進対策事業 事業報告書 別冊2、令和4年3月)
https://jgha.com/wp-content/uploads/2022/03/TM06-03-bessatsu2.pdf
農林水産省「大規模施設園芸・植物工場 実態調査・事例集」(次世代施設園芸導入加速化支援事業 事業報告書 別冊2)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/sisetsu/pdf/daikibo_1.pdf
