「野菜は食料安全保障の役に立たない」への反論―新規参入者が知っておくべき自給率の読み方

農業分野への新規参入や新規事業を検討していると、社内の会議や事業計画の説明の場で、こう指摘されることがあります。「野菜の生産は、食料安全保障という課題への対策にはならないのではないか」と。

この指摘には、正しい部分と、見落とされている部分の両方があります。本記事では、農林水産省や厚生労働省の公的資料に基づいて、この論点を整理します。新規参入者が「野菜生産と食料安全保障」をどう語ればよいのか、その考え方の土台を提供することが目的です。

第1章:まず事実確認――野菜の自給率はなぜ高いのか

はじめに、品目別の自給率(重量ベース)を確認します。日本人が昔から食べてきた米や野菜、魚介類の自給率は比較的高く、野菜は約76〜79%となっています。

品目品目別自給率(重量ベース)
約97〜98%
野菜約76〜79%
魚介類約52%
小麦約16%

表1:主な品目の品目別自給率(重量ベース)。出典:農林水産省「食料自給率とは」「その1:食料自給率って何?日本はどのくらい?」より作成。

では、なぜ野菜の自給率は他品目と比べて高いのでしょうか。農林水産省は、その理由を大きく次のように説明しています。

第一に、生産基盤と生産技術が受け継がれていること。米や野菜、魚介類は昔から食べてきた分、国内に生産の基盤や技術が長く受け継がれてきました。

第二に、生鮮野菜は長期保存ができず、輸入が難しいこと。これは野菜という品目そのものが持つ物理的な特性です。生鮮野菜は日持ちがせず、遠距離の輸入に本質的に向きません。この特性が、国内生産に有利に働いています。

第三に、野菜が国内農業の基幹品目であること。野菜は農産物全体の産出額の約4分の1を占める品目です。生産額ベース食料自給率のうち、野菜による寄与度は15%程度に達します。国内農業にとって収益性の高い重要な品目であるため、生産が維持されやすい構造になっています。

第2章:指摘の「正しい部分」――カロリーベース自給率の特性

ここで、冒頭の指摘が持つ「正しい部分」を正面から確認します。ごまかさずに認めることが、かえって説得力につながります。

食料自給率には、単純な重量で計算する品目別自給率のほかに、食料全体を共通の「ものさし」で揃えて計算する総合食料自給率があります。総合食料自給率には、熱量で換算するカロリーベースと、金額で換算する生産額ベースがあります。

このうちカロリーベース総合食料自給率は、令和6年度で38%です。そして重要なのは、この指標の特性です。カロリーベースの自給率は、単位重量当たりのカロリーが高い米、小麦、油脂類の影響が大きくなります。一方で生産額ベースの自給率は、単価の高い畜産物や野菜、魚介類の影響が大きくなります。

指標影響が大きい品目野菜の位置づけ
カロリーベース自給率
(令和6年度:38%)
米・小麦・油脂類など
(重量あたりカロリーが高い)
寄与は小さい
生産額ベース自給率畜産物・野菜・魚介類など
(単価が高い)
寄与度15%程度と大きい

表2:2つの総合食料自給率の特性と野菜の位置づけ。出典:農林水産省「食料自給率とは」「その1:食料自給率って何?日本はどのくらい?」「その3:野菜の自給率」より作成。

つまり、野菜は重量あたりのカロリーが低いため、カロリーベースの自給率という指標の上では、その貢献が小さく見えます。「カロリー安全保障」という文脈に限れば、「野菜生産は自給率に効きにくい」という指摘は、事実として正しいのです。

第3章:食料安全保障は一つの指標では測れない

しかし、ここで立ち止まる必要があります。「食料安全保障=カロリーベース自給率」という前提そのものが、狭すぎるのです。

実際、国の指標の枠組み自体が多面化しています。農林水産省は、カロリーベースと生産額ベースの2種類の総合食料自給率に加えて、食料・農業・農村基本計画(令和7年4月11日閣議決定)において「摂取熱量ベース食料自給率」を新設しました。これは、平時において国民の日常生活に必要な摂取熱量のどの程度が国内で賄われているかを示す指標で、令和6年度から公表されています。

先に見たとおり、生産額ベースの自給率では野菜の寄与度は15%程度と大きくなります。どの指標で測るかによって、野菜の「安全保障への貢献」の見え方は大きく変わるのです。カロリーベースという一つのものさしだけで「野菜は安全保障に無意味」と結論づけるのは、指標の選び方の問題だといえます。

第4章:野菜こそ「輸入で代替できない」品目である

ここが、野菜生産と食料安全保障を考えるうえで最も重要な論点です。

第1章で確認したとおり、生鮮野菜は長期保存ができず、輸入が難しいという物理的特性を持っています。これは自給率が高い理由であると同時に、安全保障の観点では見方を変えると「強み」になります。

長期保存や長距離輸送が難しいということは、裏を返せば、国内で生産する基盤がなければ、その供給を輸入で埋め合わせることが難しいということです。生鮮野菜は、国内の生産基盤そのものが供給の前提になります。

ただし、論点は絞る必要がある

公平を期すために、注意点も記しておきます。野菜のすべてが輸入困難というわけではありません。日持ちのする品目や加工・冷凍された野菜は、輸入も一定程度存在します。したがって、この「輸入で代替できない」という論法を使う場合は、葉物野菜など、とりわけ鮮度の制約が強い品目に論点を絞ることで、より崩れにくい主張になります。

第5章:もう一つの軸――「栄養安全保障」としての野菜

野菜生産の意義を、健康・栄養の面から捉える視点もあります。

厚生労働省の健康づくりの指標である「健康日本21」では、20歳以上の1人1日当たりの野菜摂取目標量は350g以上とされています。これは、カリウム、食物繊維、抗酸化ビタミン等の適量摂取が期待される量として設定されたものです。

ところが、実際の摂取量はこの目標に届いていません。野菜摂取量の平均値は256.0g(男性262.2g、女性250.6g)で、この10年間で見ると男性では有意に減少しています。年齢階級別では、男女ともに20歳代で最も少なくなっています。

項目数値
野菜摂取目標量(健康日本21)1日350g以上
実際の平均摂取量256.0g
 うち男性262.2g
 うち女性250.6g
不足量の目安約94g

表3:野菜摂取の目標量と実際。出典:厚生労働省「健康日本21(第三次)における野菜摂取量の増加の重要性について」(令和元年国民健康・栄養調査結果の分析)より作成。

健康日本21(第三次)でも、目標値は350g以上が維持されています。目標値の設定にあたっては、諸外国の推奨摂取量の状況や、野菜摂取と生活習慣病リスクに関する国内外の文献が精査され、野菜からの摂取寄与度が高い栄養素の状況も踏まえられています。

つまり、国民の栄養を安定して支えるという意味での安全保障――いわば「栄養安全保障」の観点からも、野菜の国内供給には位置づけがあるのです。これはカロリーの多寡とは別の軸です。

第6章:新規参入者は、どう語ればよいか

ここまでの整理を踏まえ、「野菜は食料安全保障の対策にならないのでは」という指摘への向き合い方を、4つのステップにまとめます。

ステップ1:指摘の正しい部分を認める。カロリーベース自給率(令和6年度38%)に野菜の貢献が小さいのは事実です。ここを否定せず、まず認めます。

ステップ2:指標の土俵を広げる。食料安全保障はカロリーベース一つで測るものではありません。生産額ベース(野菜の寄与度15%程度)や、新設された摂取熱量ベースなど、複数の指標があることを示します。

ステップ3:生鮮供給・栄養の安全保障に論点を移す。生鮮野菜は輸入で代替しにくいという特性、そして国民の野菜摂取が目標(350g)に対し実際は256gと不足している現状(栄養安全保障)を軸に据えます。

ステップ4:自社事業の射程を正直に定義する。「カロリー安保を解決する事業ではない」と先に宣言したうえで、狙いは生鮮供給の安定と栄養供給、生産基盤の維持にあると再定義します。

過大な主張をしないことが、かえって指摘者に対する説得力になります。野菜生産の意義を、正確な指標と公的データの上に置いて語ること。それが、新規参入者が最初に持つべき土台です。

【参考】カロリーベースと生産額ベース、2つの自給率の違い

総合食料自給率には2つのものさしがあります。カロリーベースは、国民に供給される熱量(総供給熱量)に対する国内生産の割合を示す指標で、令和6年度は38%(1人1日当たり国産供給熱量860kcal ÷ 総供給熱量2,248kcal)です。重量あたりカロリーの高い米・小麦・油脂類の影響が大きくなります。

一方の生産額ベースは、金額で換算した自給率で、単価の高い畜産物・野菜・魚介類の影響が大きくなります。総じて輸入品より国産品のほうが単価が高いため、生産額ベースの自給率はカロリーベースより高くなる傾向があります。これは、付加価値が高く高品質な農産物を生み出しているという日本の農林水産業の強みが反映されているともいえます。

参考文献

※本記事の数値は各公的資料の公表時点のものです。食料自給率および野菜摂取量は年度ごとに更新されるため、引用の際は最新の公表値をご確認ください。