ロボットトラクターや自動収穫機など、スマート農業の機器を導入したのに「思ったほど効率化しなかった」という声を聞くことがあります。その原因は、機器の性能ではなく、自動化される前の「作業そのもの」が整理されていないことにあるのかもしれません。
農林水産省も、担い手が急激に減少するなかで生産性向上を加速するためには、長年農業に従事してきた方々の知識・経験・ノウハウを形式知化して継承していくことが不可欠だとしています(令和6年度 食料・農業・農村白書)。つまり、機械を入れる前に「人の頭の中にある作業」を目に見える形にしておくことが前提になります。
この記事では、スマート農業を入れる前に整えておくべき ①作業手順 ②記録 ③役割分担 の3点を、参考文献に基づいて整理します。「自動化が効く現場」をつくるための土台づくりの話です。
この記事のポイント
- 自動化とは「決まった手順を機械に置き換えること」。手順が定まっていなければ置き換える対象が定まらない。
- 作業手順の標準化には、工程を「実施・記録・点検・評価」で回すGAP(農業生産工程管理)の枠組みが使える。
- 記録は「つけること」より、何のために・どう使うかを先に設計することが大切。
- 雇用がある経営体では、役割分担と労務管理の基本(法定3帳簿など)の整備が前提になる。
なぜ「標準化」が自動化の前提なのか
自動化とは、突き詰めれば「決まった手順を機械に置き換えること」です。裏を返せば、手順が人によってバラバラだったり、そもそも明文化されていなかったりすると、機械に置き換える対象そのものが定まりません。
日本の農業は、これまで農業従事者が代々受け継いできた経験や勘(暗黙知)に大きく支えられてきました。しかし、恒常的な人材不足・高齢化のなかで、経験や勘だけに頼らないスキルやノウハウの共有、農作業の効率化や情報の可視化が求められています(AGRIST「農業システムとは?」)。
この「標準化」は、現場の作業だけでなく研究開発の段階でも重視されています。農研機構は、研究成果を農業界に展開するために標準作業手順書(SOP)を策定しており(農研機構の研究開発戦略)、蓄積した情報を広い範囲で使えるようにするため、データの表現手法や操作手順の共通化・規格化を進めています(農研機構「農作業や農業施設の自動化・ロボット化等による革新的生産技術の開発」)。標準化は、現場と研究の両方で自動化を支える土台だといえます。
図1:標準化の有無で、自動化の効き方はどう変わるか
| 観点 | 標準化されていない現場 | 標準化された現場 |
|---|---|---|
| 作業手順 | 人によって手順が異なる(暗黙知に依存) | 誰がやっても同じ手順(形式知化) |
| 置き換える対象 | 定まらない | 明確に定まる |
| 自動化の効果 | 測る基準がなく評価しにくい | 導入前後で効果を比較できる |
| ノウハウの継承 | 人に依存する | 手順・記録として引き継げる |
※ 参考文献(白書・農研機構・AGRIST)の記述に基づき整理。
やるべきこと①|作業手順の標準化
まず目指したいのは、「誰がやっても同じ結果になる」状態です。ベテランの動きを分解して、手順として書き出すところから始めます。
この作業手順を整理する枠組みとして有効なのが、GAP(農業生産工程管理)です。GAPとは、農業生産の各工程の実施・記録・点検・評価を行うことによる持続的な改善活動であり、食品の安全性向上や環境保全、労働安全の確保に資するとともに、農業経営の改善や効率化につながる取組とされています(農林水産省「農業生産工程管理(GAP)に関する情報」)。
農林水産省は、食品安全・環境保全・労働安全・人権保護・農場経営管理の5分野を満たすものを国際水準GAPと呼び、共通の取組基準として国際水準GAPガイドラインを策定しています(農林水産省「国際水準GAPガイドライン」)。
いきなり第三者認証の取得を目指す必要はありません。都道府県では、国際水準GAPガイドラインに準拠した農業者向けのチェックシートが用意されている場合があり(神奈川県のGAPチェックシートなど)、まずはこれを「自分の現場の点検リスト」として使うところから始めるのが現実的です。
実務ステップ:手順の標準化
- 主要な作業を洗い出す
- 手順を言語化・写真化する(暗黙知を形式知に)
- チェックシートの形に落とし込み、点検・評価に使う
やるべきこと②|記録の設計
記録は「とにかくつける」ことより、「何のために、どう使うのか」を先に設計することが大切です。何のために情報を集め、それをどう活用・分析するのかを意識することが重要だと指摘されています(yuime「農業日誌を上手に記録する方法が知りたい」)。
農業日誌(栽培日誌・栽培記録)は、農作業や肥料・農薬量などを記録するもので、どの作物にどれだけのコストや作業がかかっているかを見える化し、経営改善に役立てられるツールです(農家web「農業の経営改善 農業日誌をつけよう!」)。たとえば「利益率を上げるために経費を削減したい」という目的なら、売上・資材費・労働時間などを集約して記録しておく必要があります(yuime)。
また、家族経営や雇用がある場合は、誰がどの圃場で作業したのかを把握することも必要です。営農管理システムでは、作業者ごとにアカウントを発行して各自が記録でき、管理者はすべての作業記録を一覧で確認できるため、記録漏れや重複を発見しやすくなります(宅配管理システム.com「農業日誌の負担を減らす営農管理システム活用と効率化のポイント」)。
こうした記録があって初めて、どの工程を自動化すべきか、どこがボトルネックかを数値で判断できるようになります。
図2:記録は「目的」から逆算して設計する
| 目的(何を改善したいか) | 記録しておく主な項目 |
|---|---|
| 品目ごとの収益性を把握したい | 品目別の売上・資材費・労働時間 |
| 栽培技術の判断材料がほしい | 圃場別・作物別の栽培履歴、資材投入記録 |
| 誰の作業かを把握したい | 作業者別の作業記録 |
※ 農家web・yuime・宅配管理システム.com の記述に基づき整理。
やるべきこと③|役割分担の明確化
作業手順と記録が整ったら、次は「誰が何を担当するか」を明確にします。前述のとおり、営農管理システムでは作業者ごとに記録を分けることができ、誰がどの圃場で作業したかを把握できます(宅配管理システム.com)。
とくに従業員を雇用している経営体では、労務管理の基本を押さえておくことが前提になります。労務管理の最も基本的な台帳として法定3帳簿(出勤簿・賃金台帳・労働者名簿)があり、これらは労働基準法により作成と一定期間の保存が経営体に義務づけられています(農の雇用事業「労務管理の注意点」)。
農業ならではの労務管理のポイントもあります。働き方改革関連法や農業の労働市場の変化を受け、正社員・パート・アルバイト・外国人労働者など多様な人材確保に対応した就業規則づくりや、賃金・労働社会保険の考え方が重要になっています(現代農業WEB「最新 農家の労務管理」)。役割と責任が曖昧なままでは、機器を導入しても「誰がその機械を回すのか」が定まらず、稼働率が上がりにくくなります。
実務ステップ:役割分担の整備
- 作業と担当者の対応表をつくる
- 記録の単位を作業者別にする
- 就業のルールを明文化する(雇用がある場合は法定帳簿の整備も)
標準化ができた現場に、スマート農業がはまる
手順・記録・役割分担が整った現場では、どの工程を自動化すべきかの判断ができ、導入後の効果も測定でき、ノウハウを人に依存せず継承できるようになります。前述のとおり、農林水産省は生産性向上の加速のために、ノウハウの形式知化による継承が不可欠だとしています(白書 特集3)。
政策的にも、担い手の急激な減少を背景に、スマート農業技術の開発・普及や農地の大区画化・情報通信環境の整備などによる生産性の向上が求められている局面です(農林水産省「省力化投資促進プラン ―農林水産業(農業)―」)。
スマート農業は「導入して終わり」ではなく、標準化された現場に載せてこそ効果を発揮するものです。順序を間違えないことが、結果的に最大のコスト削減につながります。
まとめ
- 自動化の前に、置き換える対象=標準化された作業を用意する。
- 整えるべきは ①作業手順(GAPを枠組みに)/②記録(目的から設計)/③役割分担(労務の基本を整備) の3点。
- 標準化は導入効果を測る物差しにもなり、投資判断の精度を高める。
参考文献
農林水産省「特集3 スマート農業技術の活用と今後の展望(令和6年度 食料・農業・農村白書)」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r6/r6_h/trend/part1/chap0/c0_1_03.html
農林水産省「農業生産工程管理(GAP)に関する情報」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/index.html
農林水産省「国際水準GAPガイドライン」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/gizyutu/gap/gap_guidelines/index.html
農林水産省「省力化投資促進プラン ―農林水産業(農業)―」(令和7年6月13日)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/shouryokukatousi/12.pdf
農研機構「農研機構の研究開発戦略」(令和7年2月10日)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000990797.pdf
農研機構「農作業や農業施設の自動化・ロボット化等による革新的生産技術の開発」
https://www.naro.go.jp/project/challenge/phase-4/project06/index.html
神奈川県「GAP(農業生産工程管理)」(GAPチェックシート)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/f6k/cnt/f6553/index.html
農家web「農業の経営改善 農業日誌をつけよう!」
https://www.noukaweb.com/agricultural-diary/
yuime「農業日誌を上手に記録する方法が知りたい」
https://yuime.jp/post/agricultural-diary-write
宅配管理システム.com「農業日誌の負担を減らす営農管理システム活用と効率化のポイント」
https://xn--xcke3b8fv49vnz4aneldi6b.com/column03/agricultural_journal/
現代農業WEB「【最新 農家の労務管理】農業で人を雇う時、ここだけは知っておきたいポイント」
https://gn.nbkbooks.com/?p=37160
農の雇用事業「労務管理の注意点」(法定3帳簿)
https://www.be-farmer.jp/assets/file/farmer/file_original/manual_r03_1_split05.pdf
AGRIST「農業システムとは? 農作業を可視化して生産性を向上させるための技術も紹介」
https://agrist.com/archives/1843
