生産資材や燃料、人件費、物流費が上がり続けているのに、販売価格にはなかなか反映できない。多くの農業経営者が抱えてきたこの課題に対して、法律の側から手が入りました。2026年4月1日、食料システム法の「取引の適正化」に関する規定が本格施行されました。
そして施行直後の2026年4月7日には、米のコスト指標が実際に公表されています。制度は動き出しており、いまは「これから何が変わるのか」ではなく「すでに使える仕組みをどう使うか」を考える段階にあります。
この記事では、食料システム法の枠組み、2つの努力義務、コスト指標の役割、そして守られなかった場合の措置までを整理し、農業者や産地が価格交渉の場でこの制度をどう活用できるのかを解説します。
食料システム法とは何か
正式名称と成立の経緯
食料システム法の正式名称は、「食品等の持続的な供給を実現するための食品等事業者による事業活動の促進及び食品等の取引の適正化に関する法律」です。令和7年(2025年)6月に成立しました。
この法律の背景には、令和6年(2024年)の食料・農業・農村基本法の改正があります。改正基本法では、基本理念に「食料安全保障の確保」と「環境と調和のとれた食料システムの確立」が新たに位置づけられ、生産・加工・流通・小売・消費の各段階の関係者が連携して持続可能性を高めるという考え方が示されました。そこで掲げられた「合理的な価格の形成」を具体的な制度に落とし込んだのが、食料システム法です。
2つの柱で構成されている
食料システム法は、性格の異なる2つの柱で構成されています。
| 柱 | 内容 | 開始時期 |
|---|---|---|
| 合理的な費用を考慮した価格形成 | 食料全般の取引を対象に、取引の適正化に係る努力義務を課す。判断基準(行動規範)に基づき、農林水産大臣が指導・助言等を行う。指定品目についてはコスト指標を作成・公表 | 令和8年4月1日 |
| 食品産業の持続的な発展 | 農林漁業者との安定的な取引関係の確立等に取り組む食品等事業者の計画を農林水産大臣が認定し、長期低利融資・税制特例等の支援措置を講じる | 令和7年10月 |
図表1:食料システム法の2つの柱(農林水産省「食料システム法」「食品等の取引適正化」を基に作成)
本記事で扱うのは、主に1つ目の柱である「合理的な費用を考慮した価格形成」です。価格転嫁に直結するのはこちらの柱になります。
施行スケジュール
| 時期 | できごと |
|---|---|
| 令和7年6月 | 食料システム法 成立 |
| 令和7年10月 | 計画認定制度の受付開始/フードGメンを配置/食品等取引実態調査を開始 |
| 令和8年1月30日 | 指導及び助言並びに勧告及び公表の指針を策定/規則第26条により指定品目を指定 |
| 令和8年4月1日 | 取引の適正化(価格形成)に関する規定が本格施行 |
| 令和8年4月7日 | 米のコスト指標が公表 |
| 令和8年5月22日 | 中東情勢の変化等による価格上昇分の取引条件への反映等について、関係事業者団体へ要請 |
| 令和8年8月5日〜9月30日 | 令和8年度 食品等取引実態調査(アンケート)を実施 |
図表2:食料システム法をめぐる主な動き(農林水産省公表資料を基に作成)
2026年4月から何が変わったのか:2つの努力義務
本格施行によって導入されたのは、食料システム法第36条に規定される2つの努力義務です。
| 努力義務の内容 |
|---|
| 持続的な供給に要するコスト等の考慮を求める事由を示して、協議の申出がされた場合、誠実に協議すること |
| 商慣習の見直しなど、持続的な供給に資する取組の提案があった場合、必要な検討・協力を行うこと |
図表3:食料システム法第36条に規定される2つの努力義務(農林水産省「食品等の取引適正化」より)
対象は「食料全般」の取引
ここは誤解されやすいポイントです。努力義務の対象は、後述する指定品目に限られません。食料全般の取引が対象です。
農林水産省の「努力義務・判断基準ガイドブック」によれば、適用対象となる取引は、①飲食料品等事業者等同士で行う、②飲食料品等の売買その他の取引、とされています。つまり誰と誰の取引か、何の取引かによって適用対象かどうかが判断されます。
価格そのものを規制する法律ではない
もう一つ重要な点があります。この法律は価格の水準を直接決めたり、規制したりするものではありません。規制の対象になっているのは、価格が決まるまでの「協議のプロセス」です。
住友商事グローバルリサーチのレポートは、食料システム法について、適切な協議を行わないことや買いたたきを禁止し違反内容まで公表される中小受託取引適正化法(通称「取適法」、旧下請法)ほど厳格ではないと整理しています。一方で、値上げの申し入れに対して繁忙期を理由に断ったり、取引数量を削減したりすれば、農林水産大臣の指導・助言等の措置の対象となり得るとしています。
また、努力義務①は「事由を示して」協議を申し出ることが前提になっています。根拠を示さない値上げ要求では、この仕組みは動きません。ここが、後で述べるコスト指標の重要性につながります。
判断基準(行動規範)と4つのNG行為
努力義務を適確に実施するため、食料システム法第37条第1項および施行規則第25条各号において、飲食料品等事業者等の行動規範(判断基準)が定められています。
農林水産省が公表している事業者向け説明資料では、問題となる行為として次の4類型が挙げられています。
| 行為 |
|---|
| ①コストの上昇を説明したにもかかわらず、一方的に価格交渉を拒絶する |
| ②補助金等の支援措置を理由に、一方的に値引きを行う |
| ③消費者の値頃感を理由に、一方的に納品価格を決める |
| ④商慣習の改善に関する提案があるにもかかわらず、一方的に協力しない |
図表4:問題となる行為の4類型(農林水産省 事業者向け説明資料より)
注目したいのは②と③です。「交付金が出ているのだから安くできるはずだ」「消費者がこの値段に慣れているから上げられない」という、これまで現場で通用してきた言い分が、一方的に用いられる場合には問題となる行為として名指しされています。
なお、農業専門メディアの解説では、繁忙期を理由に協議を取り合わなかったり、1か月を経過しても協議を開始しなかったりした場合に努力義務違反となるおそれがあると報じられています。ただし【要確認】この期間の基準が「努力義務・判断基準ガイドブック」本文にどのような形で記載されているかは、原典で確認のうえ引用してください。
コスト指標:交渉の「客観的な根拠」をつくる仕組み
コスト指標とは
農林水産省の説明によれば、コスト指標とは持続的な供給に要する費用(生産、製造、加工、流通、販売といった各段階において食料の供給に要する費用)を示す指標です。前述の努力義務①の協議を促進するために、通常の取引において費用が認識しにくい飲食料品等(指定品目)を対象に、民間のコスト指標作成等団体によって作成されます。
令和8年1月30日現在、施行規則第26条により指定品目として指定されているのは、米穀、野菜、豆腐、納豆、飲用牛乳(成分調整牛乳を除く)の5品目です。
公正で信頼できる指標であることが求められるため、農林水産省が定めた認定基準をクリアした民間団体が「コスト指標作成等団体」として認定される仕組みになっています。どの団体が認定されているか、また各品目の指標の作成・公表状況は更新されていきますので、最新の情報は農林水産省の以下のページでご確認ください。
農林水産省「認定指標作成等団体(コスト指標作成等団体)について」
米のコスト指標が示したもの
指定品目のうち、最初に指標が公表されたのが米です。令和8年4月7日、コスト指標作成等団体である公益社団法人米穀安定供給確保支援機構(米穀機構)から、米のコスト指標が公表されました。同機構には生産・流通・販売等の関係者を委員とするコスト指標作成等委員会が設置され、令和7年12月22日の第1回から令和8年4月7日の第5回まで検討が重ねられています。
公表に先立って報じられた米穀機構の検討結果では、費用の積み上げは次のように示されていました。
| 段階 | 金額 |
|---|---|
| 生産にかかる費用(2026年3月時点) | 20,437円/玄米60kg |
| 集荷・卸・小売の経費と利潤を積み上げた金額 | 30,355円/60kg(506円/kg) |
| 精米換算 | 2,811円/5kg |
図表5:米のコスト指標の積み上げ構造(Wedge ONLINE報道による米穀機構の検討結果を基に作成)
【要確認】上記は公表前に報じられた検討結果の数値です。記事化にあたっては、米穀機構および農林水産省が公表している確定値をご確認ください。
この数値が意味するのは、「この水準を下回る価格での取引は、平均的にはコスト割れになる」と言える共通の物差しができたということです。生産者が買取事業者に直接交渉する場合や、集荷業者・卸売業者がそれまでの各段階で増加したコストを踏まえて交渉する場合に、この指標を根拠として使うことが想定されています。
米のコスト指標の詳しい仕組みについては、以下の記事で解説しています。
米のコスト指標とは何か――食料システム法が変える米の価格形成の仕組みを解説
コスト指標を使うときの注意点
見落とされがちですが、農林水産省は「コスト指標活用に当たっての注意点」という別冊のパンフレットを公表しています。コスト指標を活用する際に起こりうる法律違反等の事例がまとめられており、活用前に必ず目を通しておきたい資料です。
あわせて、コスト指標作成等団体に関するQ&Aも公表されています。また、民間団体等によるコスト指標の作成やその活用方法の検証・実証を支援する「コスト指標活用等実証事業」も実施されており、事例集が公開されています。
守られなかった場合はどうなるのか
努力義務である以上、罰則はありません。しかし何の実効性もない仕組みというわけでもありません。農林水産省は、実態把握から公表までの段階的な措置を用意しています。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| ① 実態把握 | 食料システム法第34条に基づく食品等取引実態調査/フードGメンによる情報収集 |
| ② 指導・助言 | 努力義務に対する措置の適切な実施のために必要な場合、農林水産大臣が実施 |
| ③ 勧告・公表 | 措置の実施が著しく不十分と認められる場合に実施 |
| ④ 公正取引委員会への通知 | 不公正な取引方法に該当する場合 |
図表6:努力義務が果たされない場合の措置(農林水産省「食品等の取引適正化」等を基に作成)
指導・助言または勧告・公表を行う場合の方針と基準は、「食料システム法に基づく指導及び助言並びに勧告及び公表の指針」(令和8年1月30日、農林水産省)として公表されています。
フードGメンと食品等取引実態調査
この執行体制を支えているのがフードGメンです。食料システム法(取引適正化関係)を適正に執行し、指導・助言等の措置の実効性を確保するための体制として、本省および地方農政局等に配置されています。配置は令和7年10月で、価格形成に関する制度の本格施行より半年早く動き出していました。
実態調査もすでに一巡しています。令和7年度食品等取引実態調査の結果は、令和8年3月31日に公表されました。価格交渉の実施状況や商慣習上の課題に関する協議状況等について、アンケート調査およびヒアリング調査が行われ、結果に基づいて関係団体255団体に対して協力要請(通知)が発出されています。
令和8年度の調査は、本記事執筆時点で実施中です。概要は次のとおりです。
- 調査対象:食品等(花きを含む)の取引を行う食品等事業者、農林漁業者。対象事業者の中から無作為抽出で全国約6万者に郵送で回答依頼
- 調査内容:直近1年間の取引実態(コストの把握度、コスト上昇の状況、価格交渉・価格転嫁の状況、負担と感じる商慣習など)。中東情勢による影響、米の取引におけるコスト指標の活用状況に関する質問も含む
- 調査期間:令和8年8月5日〜9月30日
- ヒアリング調査:令和8年10月以降に実施予定
なお、問題となり得る行為を行っている事業者に関する情報を受け付ける「食品等の適正取引に関する情報受付窓口」も設けられています。
【要確認】本記事執筆時点で、実際に指導・助言または勧告・公表が行われた事例が公表されているかどうかは確認できていません。最新の状況は農林水産省のページでご確認ください。
農業者・産地はこの制度をどう使うか
「事由を示す」ためにコストを数字で持つ
努力義務①は、「コスト等の考慮を求める事由を示して」協議を申し出ることが起点になっています。裏を返せば、自分の生産コストを数字で説明できなければ、制度は動き出しません。
この点について、農業専門メディアが伝える農林水産省の調査結果は示唆的です。価格交渉の現場では約7割で協議が行われている一方、客観的な根拠を提示した方が転嫁率が10ポイント高くなるという結果が出ています。また消費者向けの取引では、売上減少への懸念からコスト上昇分を40%以上反映できていない事業者が4分の1ほど存在するとされています。
指定品目以外の生産者はどうするか
コスト指標が作成されるのは指定品目に限られますが、努力義務そのものは食料全般の取引に及びます。指標がない品目であっても、コスト上昇の事由を示して協議を申し出ることはできます。
その際の材料として、農林水産省が公表しているコスト調査結果が参考になります。サプライチェーン全体でのコスト構造を明確化するための調査で、令和7年度は米、豆腐・納豆の結果が公表されています。
資材・エネルギー価格の上昇局面での活用
制度が実際に使われる場面として、農林水産省自身が想定を示した例があります。令和8年5月22日、中東情勢の変化等により上昇する原材料・資材価格、エネルギーコスト等の取引条件への適切な反映等について、関係事業者団体宛てに要請文が発出されました。
農林水産省は「食品等の取引適正化」ページで、原油価格の高騰がエネルギーコストのみならず原材料価格や物流費などに広範な影響を与えることが懸念されるとしたうえで、取引の相手方から価格交渉などの取引条件に関する協議の申出がされた場合には、食料システム法の努力義務・判断基準を踏まえて適確に実施するよう求めています。
燃料費や電力費の比重が大きい経営ほど、コスト上昇の事由を数字で示しやすい局面といえます。
制度の限界と、残された論点
生産者と消費者の「適正価格」の隔たり
住友商事グローバルリサーチのレポートは、改正基本法で議論された「適正な価格」について、何をもって適正とみなすかは立場によって異なると指摘しています。同レポートが引用する2025年5月の全国19紙合同アンケートでは、米5kgあたりの適正価格について、消費者の最多回答が2,000円〜2,500円未満だったのに対し、生産者は3,500円〜4,000円未満と、1,500円の乖離が生じていました。消費者が想定する水準では生産者は赤字となり、再生産が成立しません。
この隔たりを埋めるために採られたのが、「適正な価格」ではなく「合理的な費用を考慮した価格」という考え方であり、その手段が費用の可視化=コスト指標だというのが同レポートの整理です。
価格転嫁と消費減退のジレンマ
日本農業新聞が2026年1月14日に掲載した論説は、この制度をめぐる論点を端的に示しています。同紙が卸売業者やスーパー等を対象に実施したトレンド調査(279社回答)では、「適正価格での販売(値上げ・価格転嫁)」をキーワードに挙げた業者が7割に上り、「値頃感(節約志向)」を大幅に上回りました。価格転嫁が進むかを尋ねた設問では、「進む」「どちらかといえば進む」との回答が3分の2を占めています。
一方で残り3分の1は「進まない(課題がある)」と回答し、価格上昇に伴う消費低迷や、輸入品に需要を奪われかねないとの懸念が示されました。同論説は、主に農業で生計を立てる基幹的農業従事者がここ5年で25%減少したことにも触れ、価格転嫁だけでなく農家への直接的な支援も柔軟に検討すべきではないかと提起しています。
また住友商事グローバルリサーチのレポートは、価格転嫁が進まない理由として小売の強さが指摘されがちであるものの、小売の側も業態が入り乱れた競争環境に置かれているという構造にも触れています。
もう一方の柱:計画認定制度も動いている
最後に、価格形成と対をなすもう一つの柱にも触れておきます。令和7年10月から、食品産業の持続的な発展に関する計画認定制度の受付が開始されています。
食品等事業者が、農林漁業者との安定的な取引関係の確立を図る事業活動等に関する計画を作成し農林水産大臣の認定を受けると、株式会社日本政策金融公庫による長期低利融資等の支援措置や、中小企業等経営強化法等との連携による税制特例を受けることができます。債務保証については、食品等持続的供給推進機構が窓口となります。
価格転嫁を「守り」とすれば、計画認定制度は「攻め」の側面を持つ制度といえます。農林漁業者との連携を強化する取り組みを検討している場合は、あわせて確認する価値があります。
今後の注目点
- 残る指定品目のコスト指標の公表状況(認定指標作成等団体ページで随時更新)
- 令和8年度食品等取引実態調査の結果。米の取引におけるコスト指標の活用状況が設問に含まれており、制度の初年度の効果を測る材料になります
- 指導・助言、勧告・公表の運用実績
- 資材・エネルギー価格の動向と、それに対する取引条件の反映状況
まとめ
食料システム法によって、価格が決まるわけではありません。変わったのは「価格の決め方」です。
コスト上昇の事由を示して協議を申し出れば、相手方には誠実に協議する努力義務が生じます。繁忙期を理由に取り合わない、補助金を理由に値引きする、値頃感を理由に一方的に価格を決める、といった対応は問題となる行為として明示され、フードGメンによる実態把握と、指導・助言から勧告・公表に至る措置の枠組みも整備されました。
ただし、この仕組みを動かす起点は生産者側にあります。自分のコストを数字で把握し、根拠を示して協議を申し出る。地味ですが、そこが出発点です。まずは農林水産省の「努力義務・判断基準ガイドブック」に目を通し、自らの取引が対象になるかを確認するところから始めてみてはいかがでしょうか。
参考文献
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/250623.html
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tekiseika/gaiyou.html
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tekiseika/guidebook.pdf
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tekiseika/attach/pdf/gaiyou-32.pdf
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tekiseika/attach/pdf/gaiyou-36.pdf
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/tekiseika/doryokugimuQA.pdf
