市民農園や貸農園に通ううちに、「この区画では狭い」「もっと本気でやってみたい」と感じ始めた方は少なくないはずです。しかし、市民農園での野菜づくりと、農業経営としての生産活動は、法律上まったく別の枠組みに置かれています。この違いを理解しないまま「農地を借りよう」と動き出すと、多くの方が農業委員会の窓口でつまずきます。
本記事では、農林水産省の一次資料に基づいて、市民農園から本格的な農業へステップアップする際に押さえるべき制度上のポイントを整理します。とくに、令和7年4月から農地の借り方のルールが変わった点は、これから動き出す方にとって決定的に重要です。
1. 市民農園と農業経営は、法律上どこが違うのか
市民農園の定義
農林水産省のパンフレット「市民農園をはじめよう!」(令和8年度版)によれば、市民農園とは、サラリーマン家庭や都市の住民のレクリエーション、高齢者の生きがいづくり、生徒・児童の体験学習などの多様な目的で、農家でない方々が小さな面積の農地を利用して自家用の野菜や花を栽培する農園を指します。自治体、農協、農家、企業、NPO法人などが開設しています。
この定義の中心にあるのは「農家でない方々が」「自家用に」という点です。つまり市民農園は、制度設計の出発点からして農業経営を想定していません。ここがステップアップを考えるうえでの第一の分岐点になります。
市民農園には「貸付方式」と「農園利用方式」がある
ご自身が利用している農園がどちらの方式かによって、背後にある法律が変わります。
| 方式 | 内容 | 根拠となる法律 | 利用者への農地の権利 |
|---|---|---|---|
| 貸付方式 | 利用者に農地を貸す方式 | 特定農地貸付法(生産緑地は都市農地貸借法も活用可能) | あり(使用収益権が生じる) |
| 農園利用方式 | 利用者に農地を貸さず、園主の指導の下で利用者が継続的に農作業を行う方式 | 法律上の規制なし | なし |
出典:農林水産省「市民農園をはじめよう!」令和8年度版をもとに作成
「農業体験農園」と呼ばれる農園は、農園利用方式に分類されます。農園利用方式では利用者に使用収益する権利が生じないため、農地法等の手続は必要ありません。一方の貸付方式は、原則として特定農地貸付法の手続を経て開設されています。
特定農地貸付けの4つの要件
貸付方式の市民農園における「特定農地貸付け」は、次の4要件を満たすものと定義されています。
| 要件 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| ① 面積 | 10a(1,000㎡)未満の貸付け | 開設者が各利用者へ貸し付けられる面積の上限。農園全体の規模にこの上限はありません |
| ② 対象者 | 相当数の者を対象とした貸付け | 利用者は複数人である必要があります |
| ③ 期間 | 貸付期間が5年を超えない | 開設者から利用者への貸付期間の上限です |
| ④ 営利性 | 利用者が行う農作物の栽培が営利を目的としないこと | 下記のとおり、販売そのものの禁止ではありません |
出典:農林水産省「市民農園をはじめよう!」令和8年度版
【重要】市民農園でも「自家消費を超える分」は販売できます
ここは誤解が非常に多い部分です。同パンフレットは、④の要件について明確にこう記しています。
販売自体を禁止するものではなく、利用者が栽培した農作物のうち自家消費を超える分については販売が可能です。営利を目的としてはならないのは「利用者による農作物の栽培」であり、市民農園の開設者による市民農園の開設の目的は営利を目的としたものであっても差し支えありません。農林水産省「市民農園をはじめよう!」令和8年度版
つまり、市民農園で余った野菜を直売所に出すこと自体は、制度が禁じているわけではありません。制度上の壁は「販売できるかどうか」ではなく、「販売を目的として栽培できるかどうか」にあります。栽培そのものを営利目的で行う段階、すなわち作付計画を売上から逆算して組み、規模を拡大していく段階に入るのであれば、市民農園の枠組みからは出る必要があります。
なお、これはあくまで特定農地貸付法上の整理です。実際に利用されている農園の利用規約で販売が禁じられている場合もありますので、個別の農園規約は必ずご確認ください。
2. 市民農園はいま、全国にどれだけあるのか
ステップアップの前提として、自分がいる市場の全体像を掴んでおきましょう。令和7年3月末現在の開設状況は次のとおりです。
| 開設主体 | 特定農地貸付法 | 都市農地貸借法 | 市民農園整備促進法 | 計 |
|---|---|---|---|---|
| 地方公共団体 | 1,746(-35) | – | 231(-4) | 1,977 |
| 農業協同組合 | 390(-9) | – | 24(-3) | 414 |
| 農業者 | 1,243(+50) | – | 190(+3) | 1,433 |
| 企業・NPO等 | 300(+4) | 132(+11) | 17(-1) | 449 |
| 計 | 3,679(+10) | 132(+11) | 462(-5) | 4,273 |
令和7年3月末現在。( )内は前年比。出典:農林水産省「市民農園をはじめよう!」令和8年度版(農村振興局農村計画課調べ)
注目すべきは内訳の動きです。地方公共団体と農業協同組合が開設する農園は前年から減少している一方、農業者による開設が特定農地貸付法で50農園増加し、企業・NPO等による都市農地貸借法の活用も11農園増えています。市民農園の供給主体が、公から民へ静かに移りつつあることが読み取れます。
3. 農地の権利を自分で取得する段階の手続き
本格的な農業へ進むということは、自分の名義で農地の権利(所有権または賃借権など)を取得するということです。ここから農地法の世界に入ります。
農地法第3条許可と、廃止された下限面積要件
耕作目的で農地の権利を取得するには、農地法第3条に基づく農業委員会の許可が必要です。かつては許可要件のひとつに「下限面積要件」があり、取得後の経営面積が一定規模(都府県50アール、北海道2ヘクタールが原則。自治体が別段面積を設定)に達しないと許可されませんでした。
この下限面積要件は、農業経営基盤強化促進法等の一部を改正する法律(令和4年法律第56号)の施行により、令和5年4月1日から廃止されています。改正の背景として、経営規模の大小にかかわらず意欲をもって農業に新規参入する者を地域内外から取り込むことが重要である、との考え方が示されています。趣味規模から出発する層にとっては、この改正が入口を大きく広げました。
ただし、他の要件は残っています
下限面積要件以外の農地法第3条第2項各号の要件は、改正後も維持されています。自治体の解説によれば、主に次の要件が継続します。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 全部効率利用要件 | 権利を取得しようとする農地を含め、所有・借受けしているすべての農地を効率的に耕作すること |
| 農作業常時従事要件 | 権利取得者またはその世帯員が、取得後に行う耕作に必要な農作業に常時従事すると認められること |
| 地域との調和要件 | 周辺地域における農地の効率的かつ総合的な利用の確保に支障を生じるおそれがないこと |
| 農地所有適格法人要件 | 法人の場合、農地所有適格法人であること(それ以外の法人は解除条件付き貸借となります) |
出典:広島県、福島市、前橋市の各解説ページをもとに作成
週末に農園へ通ってきた層にとって、実務上もっとも重い壁になるのが農作業常時従事要件です。一部の自治体はこれを「年間150日以上」と説明していますが、この日数の法令上の位置づけと、実際の運用基準は自治体ごとに異なります。会社勤めを続けながらの取得を考える場合は、この点を最初に農業委員会へ確認してください。
令和7年4月、農地の借り方が変わりました
これが本記事でもっとも新しく、かつ見落とされやすい変更点です。農林水産省は次のように説明しています。
従来の、市町村が作成する相対の計画による貸し借りでは農地の分散錯圃が解消されず、集約化を進めることが困難でした。このため農業経営基盤強化促進法の改正により、令和7年4月から農地バンク(農地中間管理機構)を経由した方法に一本化されています。ただし、農地法第3条許可による手法は引き続き利用可能です。
| ルート | 手続き先 | 前提となること |
|---|---|---|
| 農地法第3条許可(売買・賃貸借) | 農業委員会 | 全部効率利用・農作業常時従事・地域との調和の各要件を満たすこと |
| 農地バンク経由の賃借 | 市町村・農業委員会・農地バンク | 市町村が作成した地域計画に位置付けられていること |
出典:農林水産省「よくあるご質問(回答)」(農地中間管理機構)
ここで鍵になるのが「地域計画」と「目標地図」です。地域計画は、農業経営基盤強化促進法の改正(令和5年4月施行)により、従来の「人・農地プラン」が法定化されたものです。目標地図とは、誰がどの農地を利用していくのかを一筆ごとに定めた地図を指します。
農地バンクは、地域計画に位置付けられた者に対して農地の貸付けを行います。したがって、新規に参入したい方がまず取るべき行動は、農地探しではなく、市町村または農業委員会に「地域計画に位置付けてもらう」ための相談をすることです。なお、地域計画外の区域についても、必要に応じて農業委員会が農地バンクに促進計画を定めるべきことを要請する等により、農地バンクを通じた権利設定は可能とされています。
農地バンクから借りるとき、受け手が用意する書類
農地バンクが促進計画を作成するにあたり、受け手が用意する書類として次のものが挙げられています。趣味農家から進む方にとっては、これがそのまま「準備すべきものリスト」になります。
- (ア)現に使用収益等している農地の利用の状況
- (イ)耕作に必要な機械の所有の状況
- (ウ)農作業に従事する者の数及び配置の状況
- (エ)法律その他の農業に関する法令の遵守の状況
- (オ)受け手が個人の場合、耕作の事業に必要な農作業への従事状況
ただし、これらの一部が不要となる場合もあるとされていますので、詳細は農地バンクへお問い合わせください。
ハウスを建てたくなったときの注意点
規模を広げると、多くの方が農業用ハウスの設置を検討します。ここにも手続きがあります。農地バンクから借り受けた農地に農業用ハウス等を設置しようとする場合は農地バンクの同意が必要で、農地バンクは出し手の承諾を得たうえで同意することになります。また、契約が終了した場合には、自分が設置した農業用施設を収去して原状を回復する義務を負うのが一般的な取扱いとされています。
さらに、農業用施設の設置については一般的に農地転用の許可が必要となります。初期投資の回収期間を検討する際には、この原状回復義務を必ず織り込んでください。
4. 事業計画の立て方 ── 青年等就農計画と認定新規就農者制度
「事業計画をどう立てればよいか」という問いに対して、日本の制度が用意している答えが青年等就農計画です。これは自由形式のビジネスプランではなく、市町村の認定を受けるための公式な計画書です。
認定新規就農者制度とは
新たに農業を始める方が作成する「青年等就農計画」を市町村が認定し、その計画に沿って農業を営む認定新規就農者に対して重点的に支援措置を講じる制度です。
対象者の要件
| 区分 | 年齢等の要件 |
|---|---|
| 青年 | 原則18歳以上45歳未満 |
| 特定の知識・技能を有する中高年齢者 | 65歳未満 |
| 法人 | 上記の者が役員の過半数を占める法人 |
出典:農林水産省「認定新規就農者制度について」
農業経営を開始して一定の期間(5年)を経過しない者も含まれます。すでに認定農業者である方は対象に含まれません。市民農園から少しずつ規模を広げてきた方にとって、「もう始めてしまったから対象外」ではない点は押さえておく価値があります。
申請から認定までの流れ
- 新規就農者が「青年等就農計画認定申請書」を作成し、市町村に申請(提出)
- 市町村が同計画を審査・認定
- 市町村は青年等就農計画を認定後、当該計画申請者に通知
- 市町村、都道府県等関係機関により、計画達成をフォローアップ等
農林水産省は、要件等の確認があるため、申請様式の作成前に都道府県(普及指導センター)や認定主体の市町村等に必ず相談するよう案内しています。申請書の様式(Word)、記入イメージ、記載方法の解説はいずれも農林水産省のサイトで公開されていますので、書き始める前に一度目を通しておくと、計画に何を書くべきかの解像度が上がります。
認定新規就農者が利用できる主な施策
| 施策 | 内容 |
|---|---|
| 経営開始資金 | 就農直後(3年以内)の所得を確保する資金(年間最大165万円)を交付 |
| 経営発展支援事業 | 就農後の経営発展のため、新規就農者の初期投資の取組を支援 |
| 新規就農者チャレンジ事業 | 早期に経営発展するために必要な農業用機械・施設の導入等の取組を支援 |
| 青年等就農資金 | 農業経営の開始に必要な機械、施設の取得等のための資金を無利子貸付 |
| 農地利用効率化等支援事業 | 人・農地プランの中心経営体等に対し、農業用機械等の導入を支援 |
| 経営所得安定対策 | 米、麦、大豆等の作物を生産する方の経営安定を支援 |
| 農業経営基盤強化準備金 | 計画的に規模の拡大を図る取組等を税制面から支援 |
| 農協等向け新規就農者税制 | 農協等が取得し認定新規就農者に利用させる機械設備等の固定資産税を軽減 |
出典:農林水産省「認定新規就農者制度について」
【要確認】青年等就農資金の借入限度額については、全国新規就農相談センターの解説で3,700万円(特認限度額1億円)とされていますが、本記事執筆時点で農林水産省の一次資料による確認が取れていません。最新の限度額は必ず農林水産省の当該ページでご確認ください。
見落としがちな前提 ── 青色申告
農林水産省は、農業経営基盤強化準備金や収入保険制度の活用には青色申告が必要であると明記し、「経営者として自らの経営状態を把握するためにも、青色申告を始めましょう」と呼びかけています。趣味の延長で記帳を後回しにしていると、いざ支援制度を使おうとした段階で選択肢が狭まります。栽培技術より先に、記帳の習慣をつくることが、事業化における現実的な第一歩です。
5. データで見る「いま新規参入する」ということ
意思決定の材料として、直近の統計を確認しておきます。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 新規就農者数(令和6年) | 43,500人(前年並み) | 令和6年新規就農者調査 |
| うち49歳以下 | 15,720人(前年比1.1%減) | 同上 |
| うち新規参入者 | 3,750人 | 同上 |
| 新規自営農業就農者 | 29,580人 | 同上 |
| 新規雇用就農者 | 10,180人(前年比9.5%増) | 同上 |
| 基幹的農業従事者(個人経営体) | 102万1千人(5年前比25.1%減) | 2025年農林業センサス(概数値) |
出典:農林水産省「令和6年新規就農者調査結果」「2025年農林業センサス結果の概要(概数値)」
読み取れることは2つあります。ひとつは、農家出身でない層が新たに経営を始める「新規参入者」は年間3,750人にとどまるという事実です。市民農園の利用者数と比べれば、事業化まで進む人はごく少数です。
もうひとつは、基幹的農業従事者が5年で4分の1減っているという事実です。担い手が急速に減る中で、農地の受け手を求める地域は確実に存在します。新規参入者が少ないことは、裏を返せば、地域計画に位置付けられる余地があるということでもあります。
なお政策面では、令和6年に改正された食料・農業・農村基本法に基づく初の「食料・農業・農村基本計画」が令和7年4月11日に閣議決定されており、初動5年間で農業の構造転換を集中的に推し進めることとされています。制度の追い風がどこに吹くかは、この基本計画とその毎年のKPI公表を追うのが確実です。
6. まとめ ── 今日から動かす3つのアクション
市民農園から本格的な農業へのステップアップは、「広い畑を探す」ことから始まるのではありません。制度の側から自分を位置付けてもらうことから始まります。
- 市町村の農政担当・農業委員会に相談する。目的は農地探しではなく、地域計画に位置付けてもらうこと、そして農作業常時従事要件の運用を確認することです。
- 青年等就農計画の様式をダウンロードして、書けるところまで書いてみる。書けない欄が、そのまま今の準備不足の一覧になります。作成前に都道府県の普及指導センターへ相談することが推奨されています。
- 記帳を始める。青色申告は、支援制度を使うための入場券です。
市民農園での経験は無駄になりません。農地バンクが求める書類のうち「現に使用収益等している農地の利用の状況」「農作業に従事する者の数及び配置の状況」は、日々の記録がそのまま裏付けになります。いま通っている区画での記録を、今日から残し始めてください。
参考文献
農林水産省「市民農園をはじめよう!」令和8年度版(令和8年4月)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/attach/pdf/s_kaisetsu-28.pdf
農林水産省「市民農園の開設方法」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/kouryu/tosi_nougyo/s_kaisetsu.html
農林水産省「認定新規就農者制度について」
https://www.maff.go.jp/j/new_farmer/nintei_syunou.html
農林水産省「よくあるご質問(回答)」(農地中間管理機構)
https://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/shitumon.html
