日本の農業は、担い手の高齢化・後継者不足・耕作放棄地の拡大という三重の構造課題に直面しています。自治体の財政だけでこれらを解決することは難しく、民間企業の資金力・ノウハウを農業振興に取り込む新たな仕組みが求められています。本記事では、企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)の制度概要から農業分野への具体的な活用事例・スキーム類型まで、実践的な視点で解説します。
企業版ふるさと納税とは――制度の基本を押さえる
企業版ふるさと納税(正式名称:地方創生応援税制)は、2016年度(平成28年度)に創設された制度です。内閣総理大臣が認定した地域再生計画に位置付けられた地方公共団体の地方創生プロジェクトに対して、企業が寄附を行った場合に、法人関係税(法人住民税・法人事業税・法人税)を税額控除する仕組みです。
税額控除の仕組み
通常の損金算入(寄附額の約3割相当の節税)に加えて、令和2年度の税制改正で税額控除割合が大幅に引き上げられ、現在は寄附額の最大約9割に相当する法人関係税が軽減されます。1,000万円を寄附した場合、実質的な企業負担は最小で約100万円となります。
税額軽減効果の比較(寄附額100に対する実質負担)
| 通常の寄附 | 損金算入 30% 企業実質負担 70% |
| 企業版ふるさと納税 | 損金算入 30% 税額控除 最大60% 実質負担 約10% |
※各税目ごとの控除上限あり(法人住民税:寄附額の4割、法人税:寄附額の1割、法人事業税:寄附額の2割)
出典:内閣府地方創生推進事務局資料をもとに作成
制度の主な要件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 寄附下限額 | 1回あたり10万円以上 |
| 対象自治体 | 地域再生計画の認定を受けた地方公共団体(46道府県・1,621市町村 ※令和7年9月時点) |
| 対象外 | ①不交付団体の東京都、②不交付団体で三大都市圏の既成市街地等に所在する市区町村、③本社が所在する自治体への寄附 |
| 経済的見返り | 禁止(補助金交付・入札での便宜供与・施設の専属的利用等)。ただし、公正なプロセスを経た契約・調達は問題なし |
| 適用期限 | 令和9年度まで延長(令和7年度税制改正) |
| 人材派遣型 | 令和2年10月創設。企業の専門人材を自治体に派遣し、人件費相当額を含む事業費へ寄附することで最大約9割の税軽減を受けられる |
制度の急速な普及
令和2年度の税制改正(税額控除率の大幅引き上げ)を契機に寄附実績が急増し、令和6年度の年間寄附額は631億円(前年比約1.3倍)、寄附企業数は8,464社に達しています。制度開始(平成28年度)の寄附額7.5億円から9年間で約84倍に拡大しており、農業・農山漁村分野も主要な寄附対象分野の一つとなっています。
農業振興との接点――農山漁村振興交付金との組み合わせ
農業振興への企業版ふるさと納税の活用において特に重要なのが、農林水産省の「農山漁村振興交付金」との組み合わせです。農山漁村振興交付金のうち地方自治体が事業費の一部を負担するハード事業については、企業版ふるさと納税制度の活用が可能です。
農山漁村振興交付金×企業版ふるさと納税の組み合わせスキーム

出典:農林水産省「農山漁村振興交付金における企業版ふるさと納税の活用について」をもとに作成
ポイント 企業にとっては寄附額の最大約9割が税軽減されるため、実質約1割の負担で農業インフラ整備の支援が可能です。自治体にとっては、本来自己負担となる交付金の地方負担分を民間資金で大幅に圧縮できるメリットがあります。農業施設整備、農地基盤整備、スマート農業導入支援などへの活用が想定されます。
農業分野における活用スキーム4類型
農業振興を目的とした企業版ふるさと納税の活用パターンは、主に以下の4類型に整理できます。
| 類型 | 概要 | 主な活用場面 | 代表事例 |
|---|---|---|---|
| ① 援農・ 労働力補完型 | 農繁期の労働力不足を補うため、企業社員・一般市民ボランティアを組織化し、寄附で運営を支援 | 収穫作業・農業体験ツアー・関係人口創出 | 青森県弘前市(りんご援農) |
| ② ブランド振興・ 流通強化型 | 農産品のブランド化・6次産業化・バリューチェーン強化を寄附で支援 | 特産品開発・フェア開催・トレーサビリティ導入 | 奈良県平群町(古都華いちご)、熊本県(農林水産業ブランド化) |
| ③ 生産基盤整備・ スマート農業型 | 農業施設整備・土壌改良・スマート農業導入等のハード事業に農山漁村振興交付金と組み合わせて活用 | ハウス整備・生産基盤安定化・新規作物導入 | 北海道夕張市(夕張メロン生産基盤+薬木栽培) |
| ④ 農業人材育成・ 産学連携型 | 農業系大学・農業高校・研究機関と連携した次世代農業人材の育成拠点整備を支援 | 廃校活用・実習拠点整備・奨学金制度 | 鹿児島県曽於市(南九州畜産獣医学拠点) |
各類型のスキーム特性
①援農・労働力補完型は、農繁期の単発的な課題解決と関係人口創出を同時に達成できる点が特徴です。飲料・食品メーカーや旅行会社など、農産品・農村と事業上の縁を持つ企業が寄附主体になりやすい類型です。
②ブランド振興・流通強化型は、地域金融機関(信用金庫等)が社会貢献の一環として参画する例が多く見られます。農産品の経済効果を農家だけでなく飲食店・加工業者に波及させる6次産業化の文脈とも親和性が高いです。
③生産基盤整備型は、寄附額が大きくなりやすい一方で、農山漁村振興交付金との組み合わせにより自治体側の負担も大きく軽減されます。製薬・食品・エネルギー企業など、農産物を原料として使用する企業が「事業関連型」として活用する事例が典型的です。
④人材育成型は、廃校・空き施設の活用と組み合わせることで地域インパクトが大きく、農業参入にあたり行政との中長期的関係構築の起点となりやすい類型です。
4.注目事例の詳細解説
事例①:青森県弘前市「ひろさき援農プロジェクト」令和6年度大臣表彰受賞
青森県弘前市|援農・労働力補完型×観光連携 背景・課題 弘前市は国内流通量の約4分の1を占める日本一のりんご産地。しかし生産者の平均年齢は63.8歳(2020年時点)、経営体数は10年間で約6,500から約4,700へと2,000近く減少。アンケートによれば約8割の農家が人手不足を訴え、46%が「将来は作業員がいなくなる」と回答するなど、労働力確保が喫緊の課題となっていました。 プロジェクトの経緯 市が「りんご課」を設立し、りんごを原料とするシードルを製造するニッカウヰスキー株式会社との連携がスタート。その後アサヒビール株式会社、株式会社JTBが参画し、企業版ふるさと納税の寄附金を活用した「ひろさき援農プロジェクト」が本格稼働しました。
弘前市援農プロジェクトの4者連携スキーム

主な実績
2023年度(初年度)は定員300名に対し早々に定員到達、最終282名が参加。うち約7割(196名)が青森県外から参加し、170名程度が市内に宿泊するなど農業振興と観光振興を同時に実現。翌2024年度は240名募集に319名が応募(定員超過継続)。
発展的取り組み
企業と農家の連携を制度として定着させるため、弘前市は独自の「ひろさき縁農サポーター制度」を創設。援農活動に取り組む企業・団体を認定し、認定証・ロゴマークの使用権を付与。現在ニッカウヰスキー、アサヒビールなど3社が登録。また、ニッカ製品に弘前市の名を冠した「ニッカ弘前生シードル」の商品化も実現。
この事例のポイント
単純な寄附にとどまらず、①企業社員の農業参加(人的関与)、②JTBによるツアー商品化(関係人口創出)、③商品開発(シードル)という三層の連携が持続的な関係を生んでいます。「寄附+人材+商品開発」の三位一体モデルは、農業参入を検討する企業にとっても示唆に富む設計です。
事例②:奈良県平群町「古都華PRプロジェクト」
奈良県平群町|ブランド振興型×地域金融機関活用
概要
平群町の特産いちご「古都華(ことか)」を核に、奈良中央信用金庫が企業版ふるさと納税の寄附主体となり、農家・飲食店・自治体の三者が連携してブランド振興フェアを展開。
スキームの特徴
初年度は町が農家から古都華を無償提供として受け取り、飲食店にメニュー開発用として提供。2年目以降は農家と飲食店の直接売買に移行し、持続的な経済サイクルを形成する設計になっています。地域金融機関が「地域とともにある金融機関としての社会貢献」を動機に参画した点が特徴的です。
活用ポイント
農業単体ではなく、農業×飲食×観光の連鎖的な経済効果創出が設計されており、地域内経済循環モデルの好例です。
事例③:北海道夕張市「夕張メロン生産基盤安定化+薬木栽培」
北海道夕張市|生産基盤整備型×事業関連型
概要
漢方製剤メーカーの株式会社ツムラ(子会社が市内所在)が3年間・約3億円を寄附。①夕張メロンのハウス新設・更新・土壌改良、②生薬原料となる薬木(キハダ・ホオノキ)の市有林への植栽、③漢方薬の一種「茯苓(ぶくりょう)」の実証試験栽培を同時に推進。
スキームの特徴
寄附企業のビジネス領域(漢方原料の国産化)と農業振興が直接つながる「事業関連型」の典型例。自社の原料調達安定化と地域農業振興を同時実現する設計で、CSR・事業戦略双方の観点から合理性があります。
事例④:熊本県「農林水産業ブランド力・生産力・流通力向上」
熊本県|食料供給基地戦略型
概要
熊本県が「食料供給基地としての機能強化」を掲げ、①食のブランド化と流通の円滑化(トレーサビリティ導入・フードバリューチェーン最適化・物流体制構築)、②地産地消の推進(学校給食・直売所ネットワーク)、③令和2年7月豪雨被害を受けた県南地域の振興(田んぼダム・農業参入促進・フードバレー構想)を包括的に推進。
スキームの特徴
県域全体を対象とした農業インフラ・ブランド戦略の大型プロジェクト。プロジェクト紹介動画の作成・内閣府主催オンラインマッチングイベントへの登壇など、積極的なPR活動で寄附獲得につなげています。
事例⑤:鹿児島県曽於市「南九州畜産獣医学拠点(SKLV)事業」
鹿児島県曽於市|農業人材育成型×廃校活用(累計寄附2億2,850万円超)
概要
廃校(財部高校跡地)を活用し、鹿児島大学と共同で「南九州畜産獣医学拠点(通称:SKLV)」を整備。国際水準の畜産・獣医学の実践教育拠点として、全国から学生・研究者を受け入れます。
スキームの特徴
累計寄附額2億2,850万円超・89件(令和6年度時点)と農業系プロジェクトとして突出した規模を誇ります。施設内への銘板設置や寄附企業社員向け見学ツアー開催など、企業のPR効果も設計に組み込まれています。農業人材育成と地域交流人口創出の2軸を同時に追求するモデルです。
農業参入企業で活用するための実践的視点
① 地域再生計画との接続――「共同設計型」が最も効果的
企業版ふるさと納税の対象となるのは、内閣総理大臣が認定した地域再生計画に位置付けられた事業です。既存の計画に後からのるだけでなく、自治体が地方版総合戦略を策定・改定するプロセスに企業が参画し、農業振興プロジェクトを計画に盛り込む「共同設計型」のアプローチが、より深いパートナーシップにつながります。弘前市の援農プロジェクトのように、企業・自治体・事業者が月次で対面会議を重ねながら事業構想段階から共同設計した事例が大臣表彰を受けており、形式的な寄附にとどまらない関係構築が評価されています。
② 人材派遣型との組み合わせ――農業現場への深関与
企業版ふるさと納税(人材派遣型)を組み合わせることで、社員を農業関連プロジェクトに派遣し、人件費相当額を含む事業費に対して最大約9割の税軽減を受けられます。農業参入を検討している企業にとっては、人材育成と現場ノウハウ蓄積の機会として活用できます。農業の実態把握・地域農業関係者との関係構築を並行して進められる点で、投資前のデューデリジェンスとしての機能も期待できます。
③ 農山漁村振興交付金との組み合わせ設計
ハード事業(農業施設整備等)を計画している自治体と連携する場合、農山漁村振興交付金の地方負担分に企業版ふるさと納税を充当することで、自治体・企業双方にとってコスト効率の高い協力関係を構築できます。農業参入を検討する企業が、ターゲットエリアの自治体の農業振興計画を把握し、ハード事業と寄附スキームを組み合わせる提案を行うことが有効です。
④「経済的見返り禁止」ルールの正確な理解
❗ 注意:寄附の見返りとなる経済的利益の供与は禁止されています。具体的には、寄附を理由とした補助金交付・入札での便宜供与・施設の専属的利用等が禁止行為です。
一方で、以下は禁止されていません:
- 公正なプロセスを経た地方自治体との工事受注や調達契約
- 過去・現在に契約関係のある自治体への寄附
- 公募を経て他の利用者も利用可能なサテライトオフィスへの入居
- ホームページ・広報誌等での企業名紹介・施設銘板設置
- 感謝状・社会通念上許容される範囲の記念品
農業参入を目指す企業が将来的に当該自治体と農業事業の契約を結ぶことは、公正な入札・随意契約の要件を満たす限り問題ありません。寄附と事業参入の関係を適切に整理しておくことが重要です。
⑤ マッチング機会の活用
内閣府は年間6回程度「企業と地方公共団体とのマッチング会」を開催しており、「農林水産業」がメインテーマの回も設けられています。また、地方創生SDGs官民連携プラットフォームの「企業版ふるさと納税分科会」(企業815団体・地方公共団体868団体が参加 ※令和7年6月時点)を通じたマッチングも有効です。地域銀行が主催するセミナーへの参加も農業振興に意欲的な自治体との接点を得る機会となります。
農業分野における企業版ふるさと納税 活用フロー(企業側)
| ステップ | 内容 | ポイント |
|---|---|---|
| ①方針策定 | 農業振興への関与目的の明確化(CSR・事業シナジー・人材育成等) | 自社の農業関連事業・地縁との整合確認 |
| ②寄附先選定 | 内閣府ポータルサイトの分野別寄附募集事業一覧・マッチング会を活用 | 農業・農林水産振興を掲げる地域再生計画認定自治体を選定 |
| ③事業共同設計 | 自治体の農業担当部署と事業構想段階から協議 | 農業委員会・農業関係機関との接点を得る機会としても活用 |
| ④寄附実施・契約 | 受領証の受取・税務申告手続き | 事業費の範囲内で寄附額を設定 |
| ⑤継続関係構築 | 事業報告の受領・継続的な情報共有・追加寄附の検討 | 人材派遣型の活用・農業現場との関係深化 |
まとめ――農業インフラ投資としての活用機会
企業版ふるさと納税は、地域農業に対する純粋な社会貢献の手段であると同時に、将来的な農業参入・農業インフラ投資の足がかりとして戦略的に活用できる制度です。令和6年度の寄附実績は631億円超と急拡大しており、民間資金流入は加速しています。農業参入を志向する企業にとっても、この制度を通じた自治体との共同事業設計の経験は、中長期的な農業インフラの基盤となりえます。
まずは内閣府ポータルサイトで農業関連の寄附募集事業を検索し、マッチング会への参加から関係づくりをスタートさせることをお勧めします。
参考文献・情報源
- 内閣府地方創生推進事務局「企業版ふるさと納税ポータルサイト」
https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/kigyou_furusato.html - 農林水産省「農山漁村振興交付金における企業版ふるさと納税の活用について」(官民連携優良事例集 No.19)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/attach/pdf/kanmin_kyousou-19.pdf - 農林水産省「農山漁村における官民連携優良事例集 No.6」(弘前市・小山町・平群町・日南町・熊本県・曽於市事例)
https://www.maff.go.jp/j/nousin/attach/pdf/kanmin_kyousou-6.pdf - 内閣官房新しい地方経済・生活環境創生本部事務局「企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)について」(令和7年10月)
(内閣府公表資料) - 内閣府地方創生推進事務局「企業版ふるさと納税 特徴的な事例集(平成30年度版)」
https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/portal/pdf/h30jirei_zentai.pdf - 内閣府「企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)について」(第31回 制度説明資料)
https://www.chisou.go.jp/tiiki/tiikisaisei/portal/pdf/dai31/seidosetsumei.pdf - 企業版ふるさと納税バトンパス「【事例紹介】企業版ふるさと納税令和6年度大臣表彰受賞 青森県弘前市 弘前援農プロジェクト」(2025年3月)
https://batonpass.jp/media/case-of-hirosaki - 宮崎県総合政策部「企業版ふるさと納税(地方創生応援税制)について」
https://www.pref.miyazaki.lg.jp/sogoseisaku/kense/sesaku/20160414131933.html
