日本の農地面積は昭和36年(1961年)をピークに半世紀以上にわたって減少を続けています。食料自給率の低下や農村コミュニティの衰退が叫ばれるなか、耕作放棄地・荒廃農地をいかに再生し、次世代に引き継いでいくかが喫緊の課題となっています。本記事では、最新の統計データと国の施策を踏まえながら、持続可能な農地管理の新しいカタチを解説します。
1. 今、日本の農地で何が起きているのか
農業は食料を生産するだけでなく、洪水を防ぐ遊水機能、地下水を涵養する水源保全機能、農村の景観を守る文化的機能など、数多くの「多面的機能」を社会に提供しています。ところが、その基盤となる農地が急速に失われています。
農林水産省「耕地及び作付面積統計」によれば、令和7年(2025年)時点の農地面積は約423.9万ha。ピークであった昭和36年の608.6万haと比べると、実に約185万ha、率にして約30%もの農地が姿を消した計算になります。この面積は、九州全体の耕地をはるかに超える規模です。

減少の原因は単純ではありません。工場や住宅地への転用、農業従事者の高齢化に伴う耕作放棄、土砂崩れや山地化による自然的消滅など、複合的な要因が絡み合っています。さらに農地を失い続けることは、食料自給率の低下に直結するだけでなく、防災や生態系維持など農村が果たしてきた公益的な役割の喪失をも意味します。
令和7年4月に閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」では、2030年の農地面積目標を412万ha、2035年(令和17年)の農用地区域内農地の面積目標を390万haと定めました。この目標を達成するためには、荒廃農地の発生防止と解消を「戦略的」に推進することが不可欠とされています。
2. 農地減少の背景と「耕作放棄地」のリアル
数字で見る半世紀の変化
【農地面積の主要データ】
・昭和36年(ピーク):608.6万ha
・令和7年(最新):423.9万ha → △184.7万ha減少
・荒廃農地(再生可能):9.8万ha(令和6年度)
・荒廃農地(再生困難):15.9万ha(令和6年度)
・荒廃農地合計:25.7万ha
・耕作放棄地(農林業センサス H27):42.3万ha
荒廃農地のうち「再生利用が可能な荒廃農地」(9.8万ha)の56%が中山間地域に集中しています。平地よりも機械が入りにくく、農道整備も遅れているこれらの地域は、一度手放されると再生のコストが高くなるという悪循環に陥りがちです。
また、令和6年度の新たな荒廃農地発生面積は2.4万ha、これに対し再生された面積はわずか0.8万haにとどまっています。差し引き毎年1.6万ha前後の農地が純減しているという計算になり、現状維持すら容易ではない状況が続いています。

荒廃農地が生まれる3つの主因
農林水産省が全市町村を対象に実施した「荒廃農地対策に関する実態調査(令和3年)」では、荒廃農地が発生する原因として、大きく「土地条件」「所有者側の事情」「その他」に分類されています。
土地条件では、「山あいや谷地田など自然条件が悪い」という理由が最も多く、特に山間地域ではこの割合が際立っています。所有者側では、「高齢化・病気」が30%と最多で、次いで「労働力不足」が続きます。基幹的農業従事者の平均年齢は2025年時点で67.6歳に達しており、2000年には240万人いた基幹的農業従事者が2025年には102万人にまで減少した事実がこの数字を裏付けています。
さらに見落とせないのが「鳥獣被害」です。山間地域においては荒廃農地発生の「その他要因」として鳥獣被害が約39%を占めており、イノシシやシカ、サルなどによる農作物被害が農業意欲を削いでいます。市町村の7割が「今後5年間で荒廃農地は増加する」と予測している背景には、こうした多層的な問題が横たわっています。
放置が引き起こすリスク
耕作放棄地や荒廃農地を放置した場合のリスクは生産面にとどまりません。雑草や低木が繁茂することで害虫・害獣の温床となり、隣接農地への病害虫の拡散、不法投棄の誘発、そして傾斜地では土砂崩れや地すべりのリスク増大につながります。荒廃農地は「周辺農地にも悪影響を及ぼし、解消には多額の費用を要する」ことから、農林水産省は発生防止こそが最優先であると繰り返し強調しています。
3. 国・自治体が主導する再生利用策
農地中間管理機構(農地バンク)の活用
分散・錯綜した農地を一元的に集積し、担い手農家へ転貸する仕組みが農地中間管理機構(農地バンク)です。平成26年度(2014年度)に都道府県単位で47バンクが設置されて以来、農地の集積・集約化を推進してきました。
令和6年度における担い手への農地集積率は61.5%に達しており、2030年度には7割達成を目標としています。集積された農地では大区画化が進み、ドローンや自動走行トラクターなどスマート農業機械の効果を最大限に引き出せる環境が整いつつあります。実際、農地の大区画化・集約化によって、米の生産コストが約4割削減できた事例も報告されています。
また農地バンクは、荒廃農地を借り受けて整備した後に担い手へ転貸する「荒廃農地解消機能」も担っています。宮崎県日向市深谷地区では、農地バンクと県・市・JAが連携して農外企業(建設業)の農業参入を支援。遊休農地を含む8.4haのまとまった農地を確保し、地域の特産品「へべす(香酸柑橘)」の産地再生に取り組んでいます。
荒廃農地再生支援事業と最適土地利用総合対策
農山漁村振興交付金の「最適土地利用総合対策」は、地域ぐるみの話し合いによる土地利用構想の策定から、荒廃農地の再生作業・簡易な基盤整備・土壌改良までを一括支援する制度です。令和8年度予算は7,045百万円が計上されており(前年度7,389百万円)、荒廃農地再生支援事業(新規)では再生作業費用の1/2(総事業費200万円未満)を補助します。
この制度のポイントは「最適な土地利用」の発想にあります。すべての農地を従来どおりに耕作しようとするのではなく、「担い手に集積してしっかり耕す農地」「放牧や蜜源作物で粗放的に管理する農地」「新規就農者に割り当てる農地」を地域で話し合って仕分けする点が革新的です。
遊休農地への課税強化と農地法改正の動き
荒廃農地を放置することへのペナルティとして、平成29年度から遊休農地に対する固定資産税の課税強化が実施されています。農業委員会から「農地中間管理機構と協議すべき」との勧告を受けた農地については、固定資産税評価額に通常かける0.55の限界収益率を乗じない扱いとなり、実質的に約1.8倍の課税となります。これは農地所有者が農地を適切に管理・活用する動機付けとして機能しています。
また令和6年には「農業振興地域の整備に関する法律等の一部を改正する法律」が成立し、農用地区域の変更に係る国の関与の強化、農地転用手続きの厳格化などが盛り込まれました。農地の総量確保と適正利用を両立させる法的基盤が強化されています。
4. 【実践編】持続可能な農地管理の新しいカタチ
スマート農業の導入で省力化を実現
農業従事者の減少を技術で補うのがスマート農業の発想です。農林水産省「スマート農業をめぐる情勢(2026年1月)」によれば、今後20年間で基幹的農業従事者は現在の約116万人から約30万人にまで減少すると見込まれており、「従来の生産方式を前提とした農業では、農業の持続的な発展や食料の安定供給を確保できない」とされています。
スマート農業技術は大きく3つの効果をもたらします。第一に、ロボットトラクターや自動操舵システムによる「作業の自動化」。第二に、位置情報と連動した経営管理アプリによる「情報共有の簡易化」。第三に、ドローン・衛星センシングデータのAI解析による「データ活用」です。特にドローンによる農薬散布は、農地の集約化と組み合わせることで省力化効果がさらに高まります。
令和6年にはスマート農業技術の現場実装を加速するための「スマート農業技術活用促進法」が施行されました。また、開発と普及の好循環を形成するためのICSPA(一般社団法人 国際スマート農業推進協議会)も設立されるなど、官民一体の推進体制が整いつつあります。耕作放棄地の多い中山間地域においても、リモコン操作の草刈機や急傾斜対応の農業機械が実用化されており、条件不利地での活用が広がっています。
ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)で収入を複線化
農地の上部空間に太陽光パネルを設置し、作物を栽培しながら発電も行う「営農型太陽光発電(ソーラーシェアリング)」が注目を集めています。農林水産省の資料によれば、令和5年度末までの累計で6,137件・1,361.6haの農地でこの方式が許可を受けており、その件数は年々増加しています。
農業収入に加えて売電収入が得られるソーラーシェアリングは、採算が取りにくかった荒廃農地や条件不利地の再生に有効なビジネスモデルです。農地の転用ではなく「一時転用許可」を受ける形をとるため、営農を続けることが許可の条件となっており、農地として維持しながらエネルギー事業者にもなれる点が大きな強みです。遊休農地を活用する場合は許可期間が最大10年まで延長できるなど、再生利用の促進に向けた制度的な後押しもあります。
企業の農業参入で資本と技術を呼び込む
農業法人や農外企業の参入は、担い手不足と資本不足という二重の課題を解決する切り札です。農地中間管理事業を通じて分散した農地をまとまった形で転貸する仕組みが整備されたことで、企業は効率的な大規模農業を展開しやすい環境になっています。農地集積率が高まるほど、輸出向け有機栽培や高収益作物への転換も進めやすくなります。
前述の宮崎県日向市の事例では、建設業者が農地所有適格法人を設立し、農地バンクを通じて地域の農業に参入。へべすの苗を約7,500本定植するとともに、機構集積協力金を農道の維持管理等に活用するなど、地域との共生モデルを構築しています。企業参入が単なる事業拡大にとどまらず、地域の農業インフラを守る担い手としての役割を果たしている点が重要です。
市民農園・半農半X・関係人口の活用
大規模農業が向かない小区画の農地や都市近郊の遊休農地には、市民農園や体験農園の整備が有効です。定年退職後の都市住民や農業に興味を持つ若者を農地に引き込むことで、「関係人口」を増やしながら農地の管理を分担することができます。
富山県立山町釜ヶ渕地区では、地域おこし協力隊や移住農業起業者が参画し、カモミール等の省力作物の作付け、馬の放牧、養蜂利用などによって荒廃農地を保全管理。良好な景観形成が観光客の経済効果を生み出し、農家を含む地区住民全体の取組として定着しつつあります。農地管理と観光・地域振興が一体となった「半農半X」的な暮らし方が、持続可能な農村の姿として注目されています。
5. 成功事例:荒廃農地が地域の宝へ
事例① オリーブで産地復活(大分県豊後高田市香々地地区)
昭和30〜40年代に急斜面で開拓パイロット事業が行われ、長くみかん栽培が行われてきた香々地地区。高齢化と後継者不足により耕作放棄地が増加していましたが、平成23年度からオリーブ栽培で2.3ha、平成28年度からは放牧で8.9haの再生・集積を実現しました。
現在では搾油施設も整備し、6次産業化としてオリーブオイルをふるさと納税の返礼品に出品するほか、県外の飲食業との取引も展開。荒廃農地が鳥獣の根城となっていたかつての姿から、地域特産品の産地へと劇的に変貌を遂げました。成功のカギは「地域住民・農業委員会・農地バンク・自治体の緊密な連携」と「販路を見据えた作物選択」にありました。
事例② 健康野菜ボタンボウフウで新産地(大分県豊後高田市羽根地区)
かつて良質なタバコの産地として知られた羽根地区では、高齢化による農地荒廃が深刻化。しかし地区内で栽培されていた「紫ボタンボウフウ(青汁の原料となる健康野菜)」に着目し、荒廃農地を整備・集積することで生産面積の拡大を図りました。
市が地域おこし協力隊を募集し、任期終了後も認定農業者として定住を促進する仕組みを構築。圃場管理に地域の高齢者を雇用することで、地域所得の向上と農地保全を同時に実現しています。令和7年度までに約3haの生産面積拡大を目指し、ブランド化による販路開拓も進んでいます。
事例③ 蜜源作物で農地を守る(鹿児島県枕崎市田布川地区)
急速な農地荒廃化が危惧されていた田布川地区では、「蜜源を増やしたい養蜂業者」と「農地荒廃を防ぎたい地域」という二つの需要が一致したことをきっかけに、粗放的利用による農地保全が始まりました。条件の悪い農地に菜の花やレンゲ草などの蜜源作物を作付けし、養蜂家と連携することで収益を確保。
地域内の美化活動を行っていた「夢蛍たぶがわ2016」が管理主体となり、年間130aの再生を目標に取り組んでいます。農業を「営む」というより「守る」発想の転換が、農地保全の持続性を高める新しいアプローチとして注目されています。
成功事例に共通する3つの要素
上記の事例を分析すると、荒廃農地再生が成功するためには3つの要素が共通して見られます。
第一に、「地域住民の理解と参画」です。どの事例においても、農業者だけでなく自治会・NPO・移住者・地域おこし協力隊など多様な担い手が関わっています。農地は特定の農家だけが管理するものではなく、地域全体で守る公共財であるという意識の共有が再生の起点となっています。
第二に、「ICT・スマート農業の活用」です。ドローンによる農薬散布、農地の大区画化による自動走行機械の導入、農業データ管理システムによる生産コストの可視化など、テクノロジーの力で省力化を図ることが、少人数でも持続可能な農地管理を実現する上で欠かせません。
第三に、「出口戦略(販路の確保)」です。農地を再生しても収益につながらなければ、継続的な管理のモチベーションは維持できません。6次産業化やふるさと納税との連携、ブランド化による高付加価値化など、生産から販売まで一貫した戦略を持つ地域が長期的な成功を収めています。
6. まとめ:次世代に引き継ぐ農地の価値
ポイント
・日本の農地面積はピーク比で約30%減少し、令和7年時点で423.9万haとなっている。荒廃農地(再生可能分)は9.8万haで、毎年1.6万ha前後が純減している。
・主な原因は農業従事者の高齢化(平均年齢67.6歳)、後継者不足、鳥獣被害による営農意欲の減退。
・国は農地バンク、荒廃農地再生支援事業、課税強化、法改正など多層的な制度で再生を後押しし、2035年の農地面積目標390万haを設定している。
・持続可能な管理には、スマート農業・ソーラーシェアリング・企業参入・市民農園の組み合わせが有効。
・成功の3要素は「地域住民の理解」「ICTの活用」「出口戦略(販路)」。
農地は単なる「食料を生産する場」ではありません。洪水を防ぎ、水を蓄え、生き物を育み、農村の風景と文化を守る「地域の公共財」です。一度失われた農地を取り戻すには、数十年単位の時間と莫大なコストが必要です。今、再生の手が届く段階で行動することが、将来世代への責任です。
制度だけでも、技術だけでも農地は守れません。地域住民・農業者・企業・自治体・そして都市に暮らす消費者が手を取り合い、農地に新しい価値を見出すことで初めて、日本の農業の未来が開けます。ソーラーシェアリングで電力を地産地消し、スマート農業で担い手の負担を軽減し、6次産業化で農村の経済を回す――こうした重層的な取り組みの積み重ねが、農地面積の減少に真の歯止めをかける力になるでしょう。
あなたが住む地域にも、眠っている農地があるかもしれません。地元の農業委員会や農地バンクに相談する一歩が、地域の農地を次の世代につなぐ第一歩になるはずです。
参考文献
- 農林水産省農村振興局「荒廃農地の現状と対策(令和8年2月)」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/tikei/houkiti/attach/pdf/index-52.pdf - 農林水産省「令和2年度 食料・農業・農村白書(第1部第2章第4節)」
https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r2/r2_h/trend/part1/pdf/c2_4_00.pdf - 農林水産省「最適な土地利用のための取組事例集(農山漁村振興交付金)」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/tikei/houkiti/attach/pdf/saitekitochiriyo-29.pdf - 農林水産省「荒廃農地利活用促進関連施策(令和7年3月)」
https://www.maff.go.jp/j/nousin/tikei/houkiti/attach/pdf/2503-21.pdf - 農林水産省「スマート農業をめぐる情勢(令和8年1月)」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/smart_meguji.pdf - 農林水産省大臣官房環境バイオマス政策課「営農型太陽光発電について(令和8年1月)」
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/renewable/energy/attach/pdf/einou-64.pdf
