日本国内では急須を持たない家庭が増え、緑茶の消費量が長期的に減り続けています。その一方で、海外のカフェでは”MATCHA”が定番メニューとして定着し、日本の緑茶輸出額は2024年に364億円と過去最高を更新しました。ブームの恩恵を受ける産地がある一方で、品薄・価格高騰・中国産抹茶の台頭という新たな課題も浮上しています。世界的な抹茶人気の「表」と「裏」を、データとともに読み解きます。

第1章 日本人は、緑茶を飲まなくなった

急須のない家が増えている

かつて食卓に欠かせなかった緑茶ですが、近年は国内消費の長期的な減少が続いています。農林水産省のデータによると、リーフ茶(煎茶など)の消費量・1世帯あたり購入量・購入金額はいずれも2013年以降、一貫した減少傾向にあります。

背景には、生活様式の変化があります。静岡県が実施した調査によれば、首都圏で働く20代男性の8割以上が自宅に急須を持っていないと回答しています。急須でお茶を入れる習慣そのものが、特に若い世代から失われつつあるのです。ペットボトル飲料の普及も、リーフ茶の出番を奪ってきました。

生産現場も厳しい状況に直面しています。生産農家の高齢化と後継者不足により、茶の栽培面積・生産量の減少ペースが加速しており、2024年産の一番茶は鹿児島・静岡・福岡の主要産地で産地価格が前年を下回りました。

指標傾向備考
リーフ茶 国内消費量長期減少人口減少とともに縮小
1世帯あたり購入量減少(2013〜2022年)家計調査より
100g あたり平均単価下落傾向市場縮小が単価を押し下げ
一番茶 産地価格(2024年)鹿児島・静岡・福岡で前年割れ京都のみ前年並み
茶栽培面積縮小傾向農家の高齢化・離農が加速

図表1:国内緑茶をめぐる主要指標の動向 出典:農林水産省「茶業及びお茶の文化に係る現状と課題」(令和6年11月)

参考文献

第2章 海外では”MATCHA”が爆発的に広がっている

スターバックスが火をつけ、SNSが世界に拡散した

国内で静かに縮小する緑茶市場とは対照的に、海外では”MATCHA”ブームが加速しています。その火付け役の一つが、スターバックスによる抹茶ラテの北米での定番化です。コーヒーに次ぐ第3のカフェインドリンクとして定着し、今では欧米の多くのカフェで抹茶メニューが並ぶようになりました。

ブームを後押しする要因は複数あります。まず健康志向の高まりです。抹茶にはカテキン・テアニン・ビタミン類が豊富に含まれており、「スーパーフード」として世界中の健康意識の高い消費者に認知されています。加えて、Instagram・TikTokでの拡散効果も見逃せません。鮮やかな「抹茶グリーン」は視覚的なインパクトが強く、海外セレブやインフルエンサーによる発信が認知を一気に引き上げました。

需要の構造は地域ごとに異なります。北米はカフェ主導型で業務用粉末の大量需要が中心、欧州はセレモニアルグレードを重視するプレミアム志向、アジア・中東はRTD(Ready To Drink)飲料やデザート素材としての需要が二桁成長を続けています。

地域需要の特徴主な用途
北米カフェ主導型・大量需要抹茶ラテ・フラペチーノ(業務用粉末)
欧州プレミアム・本物志向セレモニアルグレード・有機認証品
アジア・中東RTD飲料・デザート素材抹茶スイーツ・ミルクティー・アイス

図表2:地域別 抹茶需要の構造 出典:nippon.com「世界を沸かす日本の抹茶」(2025年12月)、抹茶タイムズ(2025年6月)をもとに作成

こうした需要拡大を背景に、日本の緑茶輸出は急増しています。農林水産省の貿易統計によると、2024年の輸出量は約8,798トンで前年比16.1%増(10年前の2.5倍)、輸出額は364億円と前年を24.7%上回り過去最高を更新しました。さらに2025年1〜10月の輸出量は1万トンを超え、71年ぶりの記録的水準となっています。輸出額の約8割を、抹茶を含む粉末状緑茶が占めています。

緑茶輸出額前年比主なけん引役
2022年約219億円過去最高(当時)粉末状緑茶(抹茶)
2023年約292億円増加粉末状緑茶(抹茶)
2024年364億円+24.7%粉末状緑茶(約239億円)
2025年1〜10月(前年実績を既に超過)+44%(輸出量)71年ぶりの記録的水準

図表3:日本の緑茶輸出額の推移 出典:農林水産省貿易統計、nippon.com(2025年12月)、GLOBAL DAILY(2025年12月)をもとに作成

参考文献

第3章 ブームの「裏側」①——国内で抹茶が買えなくなっている

老舗が販売制限、価格は2〜3倍に

世界的な需要急増の一方で、日本国内では深刻な問題が表面化しています。宇治抹茶が2024年秋ごろから品薄状態に陥り、京都の老舗茶商「丸久小山園」や「一保堂茶舗」が相次いで販売制限・価格改定を実施しました。業者間では原価が2〜3倍に高騰する事例も報告されています。

なぜ増産できないのでしょうか。抹茶の製造には構造的なボトルネックがあります。原料となる碾茶(てんちゃ)は、収穫前に数週間遮光する「覆下栽培」が必要で、収穫後も石臼でゆっくりと挽くという製法上の制約があります。また茶の木は改植から安定収穫まで5年程度を要するため、需要急増に即座に対応することは構造的に困難なのです。

価格面でも急騰が続いています。碾茶の取引価格は2024年5月時点で1kgあたり8,235円に達し、前年同期比で大幅上昇しました。さらに円安の進行が、輸出優先を後押しする構造的な矛盾を生んでいます。輸出の方が国内販売より収益性が高くなったことで、国内向けの供給が圧迫される事態が生じています。

日本茶輸出促進協議会の現場レポートには「抹茶の注文を受けきれない状態が続いている」「リーフ茶の出荷は前年並みだが、抹茶は海外の抹茶ブームに国内供給が追いつかない状況が続いている」という現場の声が記録されています。

課題内容
供給不足老舗各社が販売制限・在庫切れ。原価が2〜3倍に高騰する事例も
価格高騰碾茶価格が2024年5月時点で1kgあたり8,235円(前年比大幅上昇)
増産の困難さ覆下栽培・石臼挽きという製法の制約、改植後5年のリードタイム
円安による輸出優先輸出の収益性が高まり、国内供給が圧迫される構造的矛盾
農家の高齢化後継者不足で生産基盤の拡大が困難

図表4:日本産抹茶の供給逼迫をめぐる課題 出典:抹茶タイムズ「抹茶の供給難が深刻化」(2025年7月)、arches-global(2025年10月)をもとに作成

参考文献

第4章 ブームの「裏側」②——中国産抹茶が世界市場に参入してきた

「中国抹茶の都」が宇治を追う

日本産抹茶の供給不足を「好機」として動き始めたのが、中国です。特に注目されるのが貴州省銅仁市。同市は「中国抹茶の都」を標榜し、2017年に世界最大級の抹茶加工工場を建設しました。2023年には年間1,000トン超の抹茶を生産し、400トン以上を海外に輸出しています。この生産量は、日本全国の2023年抹茶生産量の約4分の1に相当します。

さらに2025年前半には、銅仁市から日本向けに初めて4トンの抹茶が輸出され、追加で6トンの対日輸出も予定されています。米国スターバックス・日本のゼンショーホールディングス・中国の火鍋チェーン海底撈など国内外の大手企業が、中国産抹茶の重要な調達先として組み込み始めています。

現時点での世界の抹茶サプライチェーンは、日本産が約7割・中国産が約2割(残りを台湾・韓国等が分け合う)という構図です。日本国内でも大手カフェチェーンがリスク分散策として中国産・韓国産抹茶を補完的に導入し始めており、新たなサプライチェーンが形成されつつあります。

比較項目日本産(宇治など)中国産(貴州省など)
栽培方法覆下栽培(収穫前に数週間遮光)遮光なしが多い
旨味・テアニン豊富。まろやかな甘みと香り苦味が強くなる傾向
生産量(2023年)約4,000トン(碾茶ベース)約1,000トン超(銅仁市のみ)
価格帯高価格。セレモニアル〜業務用日本産の3〜4割程度の単価
ブランド力「宇治」「抹茶=日本」の認知が確立ブランド構築は途上
主な採用企業欧米高級カフェ・老舗茶商スターバックス・ゼンショー・海底撈

図表5:日本産 vs 中国産 抹茶の比較 出典:36Kr Japan(2025年8月)、参議院「立法と調査」No.480(2025年12月)をもとに作成

参議院の調査報告書は、このリスクを次のように指摘しています。「日本産抹茶の供給不足が続くと、安定的に供給される中国産のニーズが各国で高まり、日本産抹茶の品質面での優位性を生かせなくなることが懸念される」。また日本の優良品種の種苗が海外に流出すれば、品質面でも中国産との競合が生じる可能性があるとしています。

参考文献

第5章 日本の茶産業は、このブームをどう活かすか

「品質とストーリー」で中国産と戦えるか

農林水産省は2025年度以降の茶業振興の方向性として、煎茶からてん茶(抹茶の原料)への転換、有機栽培の拡大、茶園の集積・集約化を柱とする基本方針の骨子案を提示しました。抹茶を含む粉末茶の需要拡大を取り込みながら、生産基盤を強化していく方針です。

一方で、現場からは「抹茶一辺倒になるのではないか」という懸念の声も上がっています。煎茶・玉露・焙じ茶といった他の日本茶への需要分散を図ることも、長期的な産業の安定には重要な視点です。

日本産抹茶の本質的な強みは、品質だけではありません。800年以上の歴史を持つ茶道・茶文化・観光体験との融合という、他国が容易には模倣できない付加価値にあります。参議院の調査報告書は「文化は他国が模倣することが困難な独自の付加価値を創出できる」と指摘し、文化的文脈こそが長期的な国際競争力の源泉になると論じています。

インバウンドとの相乗効果も見逃せません。2024年の訪日外国人は過去最高の3,687万人に達し、茶産地への外国人訪問が急増しています。静岡県島田市の「ふじのくに茶の都ミュージアム」の2024年度外国人来館者数は、コロナ前(2019年度)比で2.8倍に増加しました。本物の産地・文化・体験を求める訪日客の需要は、日本茶ブランドをさらに高める大きな機会です。

対応の柱具体的な内容
生産転換の推進煎茶→てん茶への切り替え、有機栽培拡大、改植支援
生産基盤の強化茶園の集積・集約化、スマート農業技術の導入
ブランド戦略産地・文化・体験の融合による他国産との差別化
輸出戦略の多様化抹茶一辺倒を避け、玉露・焙じ茶など他の日本茶の輸出促進
インバウンド活用茶産地への外国人誘客。産地体験による消費拡大
種苗保護優良品種の海外流出防止。品質面での競争優位を維持

図表6:日本の茶産業が取り組むべき課題と方向性 出典:参議院「立法と調査」No.480(2025年12月)、農林水産省(2025年1月)をもとに作成

参考文献


まとめ——”MATCHA”ブームを一過性で終わらせないために

日本国内では急須を持つ家庭が減り、緑茶の消費量は長期的な減少トレンドにあります。その一方で、世界では抹茶”MATCHA”が健康・トレンド・文化の象徴として急速に広まり、日本の緑茶輸出額は2024年に過去最高の364億円を記録しました。

しかしブームの裏では、供給逼迫・価格高騰・中国産抹茶の台頭という三つの課題が同時に進行しています。中国産抹茶はすでに世界市場の約2割を占め、大手カフェチェーンの調達先に組み込まれ始めています。日本産抹茶の品質面での優位性は依然として認められていますが、供給不足が続けばその優位が揺らぎかねません。

日本茶産業が長期的に競争力を維持するには、品質・文化・ブランドの三位一体の戦略が不可欠です。世界中のカフェで飲まれる一杯の抹茶ラテは、日本の茶産地の未来と確かに繋がっています。このブームを一過性のもので終わらせないために、産地・政策・産業界の連携が今まさに問われています。