近年、世界的なパンデミックや地政学的な紛争、気候変動による物流の混乱など、私たちの食卓を取り巻く環境は激変しています。これまで当たり前のように手に入っていた輸入食材や生産資材が、突然手に入らなくなるリスクが顕在化しているのです。この状況下において、「食料安全保障」という言葉が持つ重みは増すばかりです。
食料安全保障を語る際、多くの議論は食料自給率の向上や農地の確保に向けられます。しかし、農業生産の根幹を支える「肥料」の安定確保なくして、作物の生産は成り立たないことは自明の理です。植物の生育に不可欠な三大栄養素である窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)は、現代農業においてその多くを化学肥料に依存していますが、日本はその原料のほとんどを海外からの輸入に頼っているのが実情です。
もし、海外からの肥料供給が途絶えればどうなるでしょうか。日本の農業生産力は著しく低下し、食料自給率は現在の水準さえ維持できなくなるでしょう。つまり、「肥料の国産化」あるいは「国内資源の最大活用」は、食料安全保障の最前線にある重要テーマなのです。
ここで注目されるのが、畜産業から排出される「家畜排せつ物」です。かつては環境負荷要因として処理に困る厄介者扱いされることもあった家畜排せつ物ですが、見方を変えれば、窒素やリン酸を豊富に含む貴重な国産バイオマス資源です。これを堆肥化し、さらにはペレット化することで、化学肥料に代わる高品質な肥料として活用する道が開かれています。本稿では、輸入依存からの脱却の切り札としての「堆肥ペレット化」と、畜産業が主導する資源循環モデルの可能性について考察します。
日本の肥料輸入依存の現状と課題
輸入に依存する日本の農業構造
日本の農業が高い生産性を維持できている背景には、化学肥料の安定供給がありました。しかし、その足元は極めて脆弱です。肥料の三要素と呼ばれる窒素、リン酸、カリウムの原料について、日本はほぼ100%を輸入に依存しているからです。
具体的には、窒素肥料の原料となるアンモニアや尿素、リン酸肥料の原料となるリン鉱石やリン酸アンモニウム、カリウム肥料の原料となる塩化加里など、これら主要な肥料原料の資源は世界的に偏在しています。例えば、リン鉱石はモロッコ、中国、エジプトなどが主要産出国であり、塩化加里はカナダ、ベラルーシ、ロシアなどが埋蔵量の大半を占めています。日本国内にはこれらの商業的な鉱山資源は存在せず、全量を海外からの調達に頼らざるを得ない構造となっています。
令和の肥料ショック:国際情勢による価格高騰の現実
この輸入依存リスクが現実のものとなったのが、令和3年(2021年)秋以降の出来事です。中国による肥料原料の輸出検査の厳格化に加え、ロシアによるウクライナ侵略が発生したことで、世界の肥料需給は一気に逼迫しました。ロシアやベラルーシは主要な肥料輸出国であり、これらの国からの供給懸念が生じたことで国際価格は急騰しました。
農林水産省のデータによれば、肥料原料の輸入通関価格は、尿素が令和4年(2022年)4月に過去最高値となるトン当たり11万7千円を記録し、リン酸アンモニウムも同年7月に16万7千円、塩化加里も10月に16万1千円と、相次いで過去最高値を更新しました。この価格高騰はそのまま国内の肥料価格に転嫁され、農業経営を大きく圧迫することとなりました。これは単なる一時的な価格変動ではなく、輸入依存構造そのものが抱える構造的なリスクであることを痛感させる出来事でした。
肥料危機に現実味 離農せざるを得ない農家も 資源リスク直撃 農中総研基礎研究部主任研究員 小針美和氏(JAcom 2022年6月22日)
https://www.jacom.or.jp/shizai/closeup/2022/220622-59761.php
供給途絶リスクと経済安全保障
価格の高騰以上に恐ろしいのが、「お金を出しても買えない」という供給途絶のリスクです。世界的な食料需要の増加に伴い肥料需要も拡大する中、資源国が自国の農業生産を優先し、輸出を制限する「資源ナショナリズム」の動きも懸念されます。
こうした状況を受け、日本政府は令和4年5月に成立した「経済安全保障推進法」に基づき、肥料を「特定重要物資」に指定しました。これにより、特に供給途絶リスクの高いリン酸アンモニウムと塩化加里を対象に、国主導で備蓄体制の強化が進められています。しかし、備蓄はあくまで一時的なショックを吸収するための緩衝材であり、根本的な解決策ではありません。恒久的な安定供給を実現するためには、国内にある資源を肥料として活用する「構造転換」が不可欠なのです。
みどりの食料システム戦略と肥料国産化
2050年に向けた目標
持続可能な食料システムの構築に向けて、農林水産省が令和3年5月に策定したのが「みどりの食料システム戦略」です。この戦略では、生産力の向上と持続性の両立をイノベーションで実現することを目指しており、肥料に関しても具体的な数値目標(KPI)が設定されています。
その中でも特に注目すべきは、「2050年までに、輸入原料や化石燃料を原料とした化学肥料の使用量を30%低減する」という目標です。この目標を達成するためには、単に肥料の使用量を減らすだけでなく、化学肥料を代替する国内資源由来の肥料を積極的に活用していく必要があります。その中核を担うのが、国内で発生する有機質資源、すなわち家畜排せつ物や下水汚泥などです。
戦略の柱:堆肥の高品質化とペレット化
同戦略では、具体的な取り組みの一つとして「堆肥の高品質化、ペレット化、堆肥を用いた新たな肥料の生産、広域流通の推進による循環利用システムの構築」を掲げています。これまでの堆肥利用は、水分を多く含み重量があるため輸送コストがかさみ、生産地(畜産農家)の近隣地域での利用に限られる「地産地消」が基本でした。しかし、畜産が盛んな地域と耕種農業(米や野菜など)が盛んな地域は必ずしも一致しないため、需給のミスマッチが生じていました。
この地理的な制約を打破し、化学肥料の代替として機能させるためには、堆肥を輸送しやすく、使いやすい形態に加工する必要があります。それが「ペレット化」です。戦略では、堆肥をペレット化することで広域流通を可能にし、必要な場所に必要な栄養分を届ける体制の構築を目指しています。
資源の回収・活用技術の革新
また、戦略では「家畜排せつ物中の有用物質(窒素、リン等)の高効率な回収・活用技術の開発」も進められています。例えば、汚水浄化処理の過程でリンを回収する技術や、堆肥化過程での窒素揮散を抑制し肥料成分として留める技術などです。これらの技術革新により、家畜排せつ物を単なる土壌改良材としてだけでなく、成分保証が可能な「肥料」として扱うことが可能になりつつあります。
畜産業における資源循環モデル
家畜排せつ物の資源としての価値再評価
日本の畜産業からは、年間約8,000万トンもの家畜排せつ物が発生しています。これに含まれる肥料成分(窒素、リン酸、カリウム)の総量は膨大であり、仮にこれをすべて効率的に肥料として活用できれば、国内の化学肥料需要の相当部分を代替できるポテンシャルを秘めています。
かつて家畜排せつ物は、「悪臭の原因」「水質汚濁のリスク」といったネガティブな側面が強調され、その適正処理が最大の課題でした。しかし、肥料価格高騰とSDGsの潮流の中で、その価値は再評価されています。家畜排せつ物は、輸入に頼らず国内で安定的に生産される唯一無二の「国産肥料資源」なのです。
バイオガス発電とのシナジー効果
資源循環モデルの高度化において重要な役割を果たしているのが、バイオガスプラント(メタン発酵施設)です。家畜排せつ物をメタン発酵させてバイオガスを取り出し、発電や熱利用を行う取り組みが進んでいます。これにより、再生可能エネルギーの創出と温室効果ガスの削減が可能となります。
そして、このメタン発酵の過程で生じる副産物が「消化液」です。消化液は、発酵過程で病原菌や雑草種子が死滅しており、即効性のある窒素分を豊富に含んでいるため、優れた液肥(バイオ液肥)として利用できます。液肥利用は、地域内での散布ネットワークが必要となりますが、化学肥料の代替効果が高く、飼料用米の栽培などで成果を上げています。
地域資源循環システムの構築
畜産農家が排せつ物を堆肥や液肥にし、それを地域の耕種農家が利用して飼料作物を育て、再び家畜に給与する。この「耕畜連携」による地域資源循環システムは、理想的なモデルです。しかし、前述の通り、地域内での需給バランスが取れない場合が多いのです。ここで重要になるのが、余剰となった堆肥を地域外へ持ち出すための技術、すなわちペレット化です。これにより、地域循環の輪を広域的な循環へと拡大させることができます。
堆肥ペレット化の可能性と効果
ペレット化がもたらす技術的革新
堆肥のペレット化とは、乾燥させた堆肥を圧縮し、円筒形や粒状に成形する技術です。この単純に見える加工プロセスが、従来の堆肥利用が抱えていた多くの課題を一挙に解決します。
- 保存性と輸送性の向上: 乾燥・圧縮により容積が大幅に減少(減容化)するため、一度に大量の輸送が可能となり、輸送コストを削減できます。また、水分が低いため長期保存が可能で、肥料が必要な時期に合わせて供給できます。
- 施用の省力化: 従来のバラ堆肥は、散布に専用の機械(マニュアスプレッダ)が必要で、作業負担も大きかったのです。一方、ペレット堆肥は形状が化学肥料に似ているため、一般的な肥料散布機(ブロードキャスタやライムソワー)を利用でき、機械撒きによる均一な散布が可能となります。これは、人手不足に悩む農業現場にとって極めて大きなメリットです。
- 臭気の低減: ペレット化の過程で熱が加わることや乾燥が進むことで、特有の不快な臭気が大幅に低減されます。これにより、都市近郊の農地でも利用しやすくなります。
高品質化による「効く肥料」への進化
ペレット化は単に形を変えるだけではありません。成分の調整や混合が容易になるという利点もあります。例えば、鶏糞堆肥、豚プン堆肥、牛ふん堆肥を適切な割合で混合することで、窒素・リン酸・カリのバランスを整えた「混合堆肥ペレット」を製造することができます。さらに、不足する成分を化学肥料で補った「指定混合肥料」として製品化することも可能です。
これにより、従来の「土づくり資材」としての堆肥から、作物の生育に必要な養分を供給する「肥料」としての機能が強化されます。化学肥料と同様の感覚で施肥設計に組み込むことができるため、耕種農家にとっても導入のハードルが下がります。
広域流通による需給マッチングの実現
ペレット化によって商品性が向上した堆肥は、通常の物流ネットワークに乗せることが可能になります。これにより、畜産地帯である九州や北海道から、消費地近郊の野菜産地である関東や東海地方へ肥料を供給するといった、全国規模での広域流通が現実味を帯びてきます。
農林水産省も、堆肥の広域流通を後押しするための支援策を強化しています。広域流通に必要なストックヤードの整備や、ペレット化施設の導入支援、さらには耕種農家と畜産農家のマッチングを促進する体制づくりが進められています。これにより、偏在する資源を最適配分し、日本全体での肥料自給率向上を図ることが可能となります。
今後の展望と課題
技術開発とコストの壁
堆肥ペレット化は有望な解決策ですが、課題も残されています。最大の課題は製造コストです。ペレット化には乾燥や成形にエネルギーを要するため、製造原価が上昇する傾向にあります。輸入化学肥料が高騰している局面では競争力を持ちますが、相場が下落した際にも利用され続けるためには、製造プロセスの省エネ化や効率化による低コスト化が不可欠です。廃熱利用や再生可能エネルギーの活用など、製造コストを下げる技術開発が求められます。
品質保証とユーザーの信頼獲得
化学肥料は成分が均一で保証されているのに対し、堆肥は原料のロットや季節によって成分にバラつきが生じやすいのです。プロの農家が安心して使用するためには、成分の安定化と明確な品質表示(成分保証)が必要です。ペレット堆肥においても、肥料取締法に基づく品質管理を徹底し、ユーザーである耕種農家の信頼を勝ち得ることが普及の鍵となります。
「作る人」と「使う人」の連携強化
いくら良いペレット堆肥を作っても、使う人がいなければ意味がありません。畜産農家(作る人)と耕種農家(使う人)の連携を深めることが重要です。耕種農家のニーズ(使いやすい形状、求める成分バランス、散布時期など)を的確に把握し、それに合わせた製品開発を行うマーケットインの発想が畜産側にも求められます。
経済安全保障の観点からの政策支援
肥料の国産化は、単なる農業振興策を超えて、国家の安全保障に関わる問題です。したがって、市場原理だけに任せるのではなく、継続的な政策支援が必要となります。ペレット加工施設への投資支援だけでなく、国産堆肥を利用する農家へのインセンティブ付与や、公共事業での優先利用など、需要と供給の両面からのアプローチが期待されます。
まとめ:持続可能な農業への貢献
これまで見てきたように、畜産業における堆肥のペレット化と広域流通の推進は、日本の食料安全保障を足元から支える極めて重要な取り組みです。輸入依存のリスクが高い化学肥料から、国内で循環する堆肥由来肥料への転換を進めることは、農業経営の安定化に寄与するだけでなく、物質循環のループを閉じ、環境負荷を低減することにもつながります。
畜産業は今、単に食肉や牛乳を生産する産業から、エネルギーや肥料という「資源」を生み出し、持続可能な社会基盤を支える産業へと進化しようとしています。家畜排せつ物を「汚物」から「宝の山」へと変えるイノベーション。堆肥ペレット化はその象徴的な技術であり、輸入依存脱却の切り札として、今後の発展が強く期待されます。
生産者、消費者、そして政府が一体となり、この国産資源循環の輪を大きく育てていくことが、次世代に豊かな食と農を引き継ぐための責務であると言えるでしょう。
参考文献
- 農林水産省「令和5年度 食料・農業・農村白書」(令和6年5月31日公表)
- 農林水産省「みどりの食料システム戦略 ~食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現~」(令和3年5月)
- 農林水産省「肥料をめぐる情勢」(令和6年9月)
- 農林水産省「経済安全保障推進法に基づく特定重要物資(肥料)の安定供給確保の取組」
