「このまま主食用米を作り続けていていいのだろうか?」——そんな不安を抱える農家の方は、今や少なくないはずです。国内の米消費量は年々減少し続け、かつてピーク時には1人あたり年間118kgあった消費量が令和6年度には約53.4kgとほぼ半減しています。一方で、ウクライナ侵攻を契機とした国際的な食料・資材価格の高騰が、農業経営を直撃しています。

こうした状況を受け、国は2024年6月5日、約25年ぶりとなる「食料・農業・農村基本法」の改正を施行しました。今回の改正では「食料安全保障の確保」が基本理念に新たに位置づけられ、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」を実現することが国家的な目標として明確化されました。農業生産の基盤(農地)を守り、国内の食料供給能力を維持することが、この改正法の核心的なメッセージです。

本記事は、このような大転換期において、「作らざるを得ない転換」から「経営を強くするための戦略的転換」へと視点を切り替えるきっかけを提供することを目的としています。麦・大豆・加工用米(米粉用米含む)への作付転換が、単なる補助金受け取りのためではなく、農業経営の根幹を安定させる攻めの選択肢であることをご理解いただけるよう、政策の最新動向・支援措置・実践のポイントを整理していきます。

なぜ「麦・大豆・加工用米」なのか?(食料安全保障の観点)

自給率向上の国家戦略:輸入依存から脱却する必要性

日本のカロリーベース食料自給率は2022年度で38%にとどまっています。特に深刻なのが、小麦・大豆の輸入依存度の高さです。小麦はほぼ9割、大豆は約9割を輸入に頼っており、国際的な気候変動や地政学リスクが高まるなか、この構造的な脆弱性は看過できない問題となっています。

三菱総合研究所が2024年7月に公表した「食料安全保障の長期ビジョン」は、2050年を見据えた日本農業の目指すべき状態を提言しています。同レポートは、「最悪のリスクシナリオは、国内の農業生産力が弱体化した状態で、大規模な気候変動が起きて世界の食料生産量が急激に低下した場合」であると指摘し、耕地と農業従事者を確保し続けることの重要性を強調しています。水田農業における戦略作物(麦・大豆・米粉用米等)への転換は、まさにこの「生産基盤の維持」に直結する取り組みです。

改正基本法では、政策目標として麦の作付面積30.7万ha、大豆17万haを令和12年度までに達成することが掲げられています。現状の麦・大豆の水田作付面積はこの目標にまだ届いておらず、転換に取り組む農業者への需要と支援は今後さらに拡充されることが見込まれます。

新たな主役「米粉用米」:グルテンフリー市場という新大陸

近年、特に注目を集めているのが米粉用米(新市場開拓用米)です。米粉はパン・麺・菓子など幅広い加工食品に使用できる素材であり、グルテンを含まないという特性から世界的なグルテンフリー市場のニーズとも合致しています。

米粉用米の生産量・需要量の推移

農林水産省のデータによれば、米粉用米の需要量は平成29年度までは2万トン程度で推移していましたが、「ノングルテン米粉第三者認証制度」や「米粉の用途別基準」が運用開始された平成30年度以降、令和4年度には約45,000トンまで急増しています。また、農水省は令和5年度補正予算において「米粉の利用拡大支援対策事業(140億円規模)」を措置しており、米粉製品の新商品開発・製造設備の整備・消費拡大キャンペーンに至るまで、集中的な支援が展開されています。

世界のグルテンフリー市場は米国・欧州を中心に拡大しています。国内で唯一自給可能な穀物である「米」を原料とした米粉は、日本農業が国際市場に打って出る際の有力な武器にもなり得ます。

Fortune Business Insights

作付動向から見る転換のリアル

農林水産省が2024年10月に公表した「令和6年産の水田における作付状況(令和6年9月15日時点)」によれば、全国の主食用米の作付面積は前年実績(124.2万ha)から1.7万ha増加し、125.9万haとなりました。表面上は増加に見えますが、これは一時的な需給要因による動きであり、構造的な減少トレンドは継続しています。

令和4年産では主食用米の作付面積が約125万haであったのに対し、長期トレンドで見れば昭和37年度の158万haから一貫して減少し続けており、この先も人口減少に伴う需要減と相まって縮小が続く見通しです。一方で、同報告では新市場開拓用米・加工用米・WCS用稲が前年比増加し、農業者が着実に需要のある作物へのシフトを進めていることが読み取れます。

また、麦・大豆・飼料作物については、1.8万haの畑地化が進んだことにより、水田における作付面積(基幹作)が前年比で減少しています。これは、畑地化促進事業の活用によって水田が本格的な畑作地帯へ転換されつつあることを示しており、中長期的には麦・大豆の国内生産力強化に結びつく動きです。

現場の農業者の動向を見ると、「周囲の農家も転換を始めているから検討したい」「交付金の締め切りが迫っているので早めに決めたい」という声が増えています。転換の波は静かに、しかし確実に広がっています。

経営を支える強力な支援策

水田活用の直接支払交付金:仕組みと単価

水田で主食用米以外の作物を生産する農業者を支援する中核的な政策が、「水田活用の直接支払交付金」(令和8年度予算概算決定額 275,200百万円)です。食料自給率・自給力の向上に資する麦・大豆・米粉用米等の「戦略作物」の本作化を進めるため、以下のような品目別交付金が設けられています。

【戦略作物助成の単価一覧(令和8年度)】

対象作物交付単価(10a当たり)備考
麦・大豆・飼料作物3.5万円多年生牧草の収穫のみは1万円
WCS用稲8万円
加工用米2万円
飼料用米・米粉用米5.5万円〜10.5万円(収量に応じ)飼料用米の一般品種は、標準単価6.5万円/10a(5.5~7.5万円/10a)

※出典:農林水産省「令和8年度 水田活用の直接支払交付金等

さらに、都道府県・地域農業再生協議会が独自に助成内容を設定できる「産地交付金」により、地域の実情に応じた上乗せ支援も受けられます。そば・なたねや新市場開拓用米の作付けには2万円/10a、新市場開拓用米の複数年契約(3年以上)には1万円/10aが配分されます。加えて、「コメ新市場開拓等促進事業(200億円)」では、産地と実需者が連携した低コスト生産取組を行う農業者に対し、新市場開拓用米4万円/10a・加工用米3万円/10a・米粉用米(専用品種)9万円/10a・酒造好適米 最大3万円/10aの交付単価で支援が行われます。

戦略的転換を成功させる3つの鍵

① 米粉用米のポテンシャルを最大限に引き出す

転換作物の中で、今後最も成長余地が大きいと考えられるのが米粉用米です。農水省の政策目標は令和12年度までに米粉用米13万トンの生産拡大を掲げており、このギャップを埋める生産者が求められています。

米粉用の専用品種(パン用:「ミズホチカラ」「笑みたわわ」、麺用:「亜細亜のかおり」「ふくのこ」等)は、主食用米品種に比べて2割以上の増収が期待できるものもあり、収量面でも有利です。また、「米粉の利用拡大支援対策事業(140億円規模)」では米粉製品の新商品開発・製粉工場の施設整備(補助率1/2)・消費拡大に向けた情報発信等を幅広く支援しており、6次産業化や産地・実需者連携の取り組みとセットで活用することで相乗効果が見込めます。

さらに、「コメ新市場開拓等促進事業」の採択を受ければ、米粉用米(パン・めん用専用品種)については最大9万円/10aという高水準の交付単価が適用されます。これは戦略作物助成の単価(5.5〜10.5万円/10a)と合算されるのではなく、コメ新市場開拓等促進事業での交付を受けた面積は水田活用の直接支払交付金の戦略作物助成から除外される仕組みになっていますが、それでも実需者と契約して計画的に生産することで、安定した販売先と高い交付単価の双方を確保できる優位性があります。

② 団地化とスマート農業で作業効率を最大化する

麦・大豆への転換を進める際に最大の課題となるのが、労働力と機械コストの問題です。特に個々の農家が分散した圃場で細々と転換作物を作付けしても、機械の稼働率が低く採算が合わないことがあります。この問題を解消するカギが「団地化(ブロックローテーション)」です。

地域の農地中間管理機構や集落営農組織と連携して圃場を集積・集約し、麦・大豆の作付けをまとまった面積で行うことで、大型機械の導入や共同作業による大幅なコスト削減が実現します。また、改正基本法においても「農地の集団化・適正利用」が基本的施策として明示されており、地域計画(人・農地プラン)との連動が重要です。

加えて、近年急速に普及が進むスマート農業技術(農業用ドローンによる薬剤散布、GPS自動操舵トラクター、リモートセンシングを活用した生育診断等)を麦・大豆の転換を機に積極的に導入することで、さらなる省力化と品質安定化が期待できます。「強い農業づくり総合支援交付金(産地基幹施設等支援タイプ:令和5年度予算121億円の内数)」等の補助事業を活用した機械・施設整備の検討もお勧めです。

③ 市場ニーズとのマッチングで「売れる農業」へ

転換を成功させるための最も重要な鍵は、「誰に、何のために作るのか」を明確にすることです。補助金目的だけで生産量を増やしても、販売先が確保されていなければ経営は安定しません。

農水省は「産地・実需協働プラン」の策定を要件とし、産地と実需者(食品加工業者・米粉製造業者・輸出業者等)が連携した需要に応じた生産体制の構築を強く推進しています。日本米粉協会が実施する米粉用米生産者と製造事業者のマッチング支援や、JETROが運営する輸出マッチングデータベースを積極的に活用することで、国内市場にとどまらず海外のグルテンフリー市場まで視野に入れた「売れる農業」の実現が可能です。

加工用米についても、日本酒・焼酎・みりんの醸造原料や米菓・せんべい等の製菓原料として安定した産業需要があります。地域の食品加工業者との直接契約(複数年契約)を結ぶことで、価格変動リスクを抑えながら安定した収益確保が期待できます。産地交付金では新市場開拓用米の3年以上の新規複数年契約に対して追加配分も設けられており、長期契約を結ぶインセンティブが制度的にも手当てされています。

大豆についても、国産大豆への需要は豆腐・納豆・味噌・醤油等の加工食品メーカーを中心に旺盛です。輸入大豆からの切り替えを進める実需者との直接取引を模索することも、経営安定化に有効な戦略です。

おわりに:未来へつなぐ水田農業

今回取り上げた「主食用米から麦・大豆・加工用米(米粉用米)への作付転換」は、決して農家に対して一方的に迫られる「不本意な変化」ではありません。食料安全保障という国家的な命題に応えながら、自らの農業経営を強靭化するための積極的な戦略選択です。

水田は日本が誇る食料生産の基盤であり、一度失われると容易には取り戻せない資産です。「水田を守る」ことと「経営を強くする」ことは、決してトレードオフではありません。むしろ、適切な作物への転換と支援策の活用こそが、水田農業の持続可能性を高める最良の道筋です。

転換を検討する際には、以下の点を改めて確認してみてください。

  • 水田活用の直接支払交付金の交付要件(湛水設備・用水路の有無)
  • 地域の農業再生協議会・集落営農組織との連携(団地化・スマート農業の導入)
  • 産地・実需者とのマッチング(複数年契約による安定販売先の確保)
  • 米粉の利用拡大支援対策事業等の補助金活用(140億円規模の支援)

政策と支援策を賢く組み合わせながら、持続可能で収益性の高い水田農業の基盤を、一歩ずつ着実に築いていきましょう。農業者一人ひとりの転換が、日本の食料安全保障を守ることに直結しています。

参考文献

  • 農林水産省「令和6年産の水田における作付状況について(令和6年9月15日時点)」(2024年10月11日) https://www.maff.go.jp/j/press/nousan/s_taisaku/241011.html
  • 農林水産省「食料・農業・農村基本法の一部を改正する法律の概要」 https://www.maff.go.jp/j/basiclaw/attach/pdf/index-15.pdf
  • 農林水産省「食料・農業・農村基本法の改正について(基本法改正関連資料)」 https://www.maff.go.jp/j/basiclaw/attach/pdf/index-13.pdf
  • 農林水産省 関東農政局「令和6年度水田活用の直接支払交付金について」(2024年3月) https://www.maff.go.jp/kanto/nouson/shigen/lets_nougyou/attach/pdf/240314-4.pdf
  • 農林水産省 九州農政局「米粉をめぐる状況について」(令和6年1月) https://www.maff.go.jp/kyusyu/seiryuu/komeko/attach/pdf/240202-1.pdf
  • 三菱総合研究所「食料安全保障の長期ビジョン:2050年・日本の農業が目指すべき状態」(2024年7月31日) https://www.mri.co.jp/knowledge/insight/policy/i5inlu000000ito0-att/nr20240731pec-2.pdf