2025年、オランダの農業金融大手ラボバンク(Rabobank)が2月24日に発表した調査レポートにおいて、「北アフリカが温室農業への投資先として世界で2番目に魅力的な地域」に選出されました(ペルシャ湾岸地域に次ぐ2位)。種苗会社・コンサルティング会社・温室建設技術・設備サプライヤーなど、世界の温室市場関係者を対象に実施された温室農業のマーケット動向を分析する上で、大変参考になる調査レポートです。

特筆すべきは、北アフリカの評価が米国・カナダ・オランダ・ベルギーといった農業先進国を上回っているという点です。かつて「砂漠の国々」として語られることが多かったMENA(中東・北アフリカ)地域が、いまや世界のアグリビジネス界が注目するホットスポットへと変貌を遂げつつあります。

この変革を後押しする背景には、複合的な要因があります。気候変動による農業生産性の低下、2050年までに100億人を超えると予測される世界人口の急増、そして地政学的リスクによる食料供給チェーンの脆弱化——こうした問題が重なり合うなか、制御環境農業(CEA:Controlled Environment Agriculture)が唯一の持続可能な解決策として急速に台頭しています。

本記事では、最新の市場データと調査レポートをもとに、MENA地域の温室農業市場の現状と将来予測、そして日本企業にとっての具体的な参入機会について詳しく分析します。

MENA温室農業市場の現在地:市場データと予測

■ 市場規模と成長トレンド

Market Data Forecastの最新調査によると、中東・アフリカの商業温室市場は2025年時点で52.3億米ドル規模に達しており、2034年には94.8億米ドルへと拡大する見通しです。この間の年平均成長率(CAGR)は6.83%と試算されており、同時期の世界平均を大きく上回る高成長が期待されています。

この成長を牽引するのは、食料安全保障への危機感と都市人口の急拡大です。MENA地域では耕作可能な土地が限られており、年間降水量が極めて少ないため、露地栽培に頼った従来型の農業は限界を迎えつつあります。控制された環境で通年生産を可能にする温室農業は、こうした地域特有の課題を克服する「必然的な選択肢」として政府・民間双方から強く支持されています。

■ セグメント別の特性と動向

【タイプ別】 現在の市場ではプラスチック温室が全体の約60.9%を占めており、設置コストの安さと柔軟性から広く普及しています。特に北アフリカのモロッコでは、スペインのカナリア諸島で発展したローコスト型の温室構造を参考にした「カナリア型ハウス」が主流であり、ポリエチレンやポリカーボネートを使用した軽量・低コストの施設が急速に拡大しています。

一方、ガラス温室セグメントは2025〜2033年にかけてCAGR 8.2%と最も高い成長率が予測されます。UAEやサウジアラビアでは、政府主導の高付加価値農業プロジェクトにおいてガラス温室が積極的に採用されており、気候制御・自動化システムとの統合が進んでいます。高い初期コストを上回るほどの生産性向上効果が実証されつつあることが、投資を呼び込んでいます。

【技術別】 水耕栽培(ハイドロポニクス)・アクアポニックス・垂直農業が急速に普及しています。サウジアラビアでは先進的な水耕栽培・アクアポニックスシステムを活用したプロジェクトが進行中であり、限られた水資源と土地を最大限に活用する取り組みが加速しています。また、IoTとAIを組み合わせたスマート温室技術の導入も2023年以降に急増しており、農家が温度・湿度などの環境変数を遠隔でモニタリング・制御できる環境が整備されつつあります。

【作物別】 野菜・果物セグメントが市場全体の約55%を占め、なかでもトマト・キュウリ・ピーマンが主要品目です。近年注目されているのが花卉・観賞植物セグメントで、2026〜2034年にかけてCAGR 7.8%の成長が見込まれています。UAEやサウジアラビアにおける都市開発・商業不動産の活況が、高品質観葉植物への旺盛な需要を生み出しています。

なぜ今「MENA」なのか? 4つの強力な推進エンジン

  1. 国家プロジェクトの加速:Vision 2030とUAE食料安全保障戦略

サウジアラビアの「Vision 2030」は、石油依存からの脱却と国内産業の多角化を目指す国家戦略ですが、その柱のひとつが農業の自給率向上です。政府は温室農業プロジェクトに対して多額の補助金を拠出しており、水耕栽培や精密農業への投資を積極的に支援しています。この結果、サウジアラビアは本レポートの予測期間中にCAGR約9%という域内最速の成長率を達成する見込みです。

UAEもまた、食料輸入依存度を下げるため国家食料安全保障戦略を策定し、IoTとAIを駆使したハイテク温室プロジェクトに巨額投資を行っています。2024年初頭にはEden Green TechnologyがUAEでのレタス生産能力拡大に向けて大型投資を実施したことが報告されており、民間資本の参入も本格化しています。また、NEOMプロジェクト(サウジ北西部の未来都市構想)内でも、砂漠の中に自動化された完全制御型農場を建設する計画が進行中で、世界の農業技術の最先端をいく実験場となっています。

  • 極端な気候への適応:節水型農業への「必然性」

MENA地域の多くは、年間降水量が100〜200mmを下回る乾燥地帯に属しています。農業用水の確保は慢性的な課題であり、通常の露地栽培を維持することがそもそも困難な環境です。こうした条件下で、温室農業が持つ「節水効果」は絶大です。一般的な農業と比較してドリップ灌漑と組み合わせた温室栽培は水使用量を70〜90%削減できると言われており、水資源の乏しいこの地域において唯一現実的な農業モデルとなっています。

さらに、気候変動による気温上昇が加速するなか、夏季に外気温が50℃を超えることもあるGCC諸国では、冷却システムを備えた温室が「農業インフラの必需品」として位置づけられています。Market Data Forecastの調査では、冷却システムが設備セグメントの52.88%を占める最大カテゴリーとなっており、この地域特有のニーズが市場構造に直接反映されています。

  • 北アフリカの地政学的優位性:欧州市場への「窓口」

北アフリカ(特にモロッコ・チュニジア・アルジェリア)が急速に注目を集めているのは、単に農業条件が良いからだけではありません。地理的に欧州市場への玄関口として機能しているという戦略的優位性が大きく評価されています。

モロッコを例に挙げると、その競争力の高さは具体的な数字で示されています。2023年のUK市場におけるモロッコ産キュウリのCIF価格(輸送・保険・運賃込み)は1kg当たり1.45ドルで、スペイン産(1.79ドル)を大幅に下回っています。また、チリペッパー(唐辛子)の輸出量は過去10年間で平均6%の成長率を記録しており、スペインが最大の輸入国となっています。

英国はフルーツの約80%、野菜の約50%を輸入に依存しており、気候変動や地政学的リスクによって従来の欧州産サプライチェーンが不安定化するなか、北アフリカは代替供給源として急速に存在感を高めています。豊富な日照時間・低コストの労働力・ナイル川デルタや大西洋岸の肥沃な農地という自然条件が、この地域の比較優位を形成しています。

  • エネルギー転換:アグリボルタイクスによる低コスト化

MENA地域が持つもう一つの構造的優位性が、太陽光エネルギーの豊富さです。年間日照時間が2,500〜3,500時間に達する本地域では、太陽光発電コストが世界最低水準にあります。この特性を農業に組み合わせた「アグリボルタイクス(Agrivoltaics)」——農地と太陽光パネルを共存させる技術——の導入が進んでおり、温室農業の電力コストを大幅に削減しながら二酸化炭素排出量を抑制する取り組みが広がっています。

また、海水淡水化技術と農業の連携も注目分野です。GCC諸国は世界最大規模の海水淡水化プラントを保有しており、その廃熱を活用した温室加熱・冷却システムの研究開発が進んでいます。こうした「エネルギー循環型農業」モデルは、長期的な農業コスト削減と環境負荷軽減の両立を可能にするものとして、国際的な農業技術者から高い評価を受けています。

地域別分析:中東(GCC)vs 北アフリカ

中東のGCC諸国と北アフリカでは、温室農業の目的・投資スタイル・強みが大きく異なります。以下の比較表で両地域の特性を整理します。

比較項目中東(GCC:サウジアラビア・UAE等)北アフリカ(エジプト・モロッコ等)
主な目的自国への食料供給(輸入依存からの脱却)欧州向け輸出・外貨獲得
投資スタイル超ハイテク型(完全人工光・完全自動化)低〜中コスト温室・大規模農園
主な強み潤沢な政府資金・強力な政策支援肥沃な土地・欧州への近さ・低コスト労働力
主な課題高エネルギーコスト・技術人材の不足水不足・病害リスク・インフラ整備
注目プロジェクトNEOMプロジェクト・Eden Green Technologyスース・マッサ地域のトマト・キュウリ産地
2025年の動向政府主導の大型案件が継続拡大中世界第2位の投資魅力度を獲得(出典:Rabobank)

GCC諸国では2024年初頭にEden Green TechnologyがUAEのレタス生産能力を大幅拡張したことが象徴するように、民間資本の本格流入が始まっています。一方、北アフリカではモロッコのスース・マッサ(Souss-Massa)地方が温室農業の中核産地として急成長しており、10月から6月にかけて露地栽培ができない欧州向けに「早出し野菜」を安定供給するハブ機能を担っています。

技術トレンドと今後のビジネス機会

■ AIとIoTによる精密農業

2023年以降、MENA地域での温室農業においてAIとIoTを統合したスマート農業技術の導入が急増しています。温度・湿度・CO2濃度・日射量などの環境データをリアルタイムで収集・分析し、最適な栽培条件を自動制御するシステムは、もはや先進国だけの技術ではなくなりつつあります。

日本企業にとってのビジネスチャンスは、こうしたシステムのハードウェアだけでなく、「栽培ノウハウそのもの」にも存在します。高温・乾燥・塩類集積といった過酷な環境条件下での作物管理技術は、日本の施設園芸研究機関や農業法人が世界トップレベルの知見を持つ分野であり、現地農業者へのコンサルティングや技術移転事業には大きな需要があります。

■ 水リサイクルと淡水化技術との連携

水资源の確保はMENA地域の温室農業における最大の制約のひとつです。閉鎖型水循環システム(NFTやDFTなどの水耕方式)の普及や、海水淡水化プラントの廃水・廃熱を農業に活用する技術への投資が活発化しています。日本がリードする膜分離技術・逆浸透膜(RO)技術・廃水リサイクルシステムは、この地域の農業インフラ整備において即戦力となりうる技術領域です。

■ コールドチェーンの高度化と輸出対応

北アフリカからの欧州向け青果物輸出が拡大するなかで、収穫後の品質管理・低温物流(コールドチェーン)のインフラ整備が急務となっています。日本は鮮度保持技術・MA包装(Modified Atmosphere Packaging)・低温輸送管理において世界有数の技術蓄積を持っており、このセグメントへの参入は比較優位を活かした高付加価値ビジネスとなる可能性があります。

■ 持続可能性への対応:ESGと欧州規制への適合

Rabobankのレポートは、北アフリカの温室農業の持続的発展のカギとして「環境・社会的サステナビリティと気候・植物衛生リスクの管理」を挙げています。欧州連合(EU)は2023年以降、農産物に関するサステナビリティ要件を強化しており、農薬残留基準・水使用量・カーボンフットプリントなどのESG開示が輸出条件となりつつあります。日本の農業技術・認証取得支援・農業コンサルティング企業には、こうした規制対応支援の分野でも大きな市場機会があります。

まとめ

MENA地域の温室農業市場は2034年に向けてCAGR 6.83%という高い成長軌道にあり、2025年にはラボバンクの調査で北アフリカが世界第2位の投資魅力度を獲得するという注目すべき評価を受けました。この地域の成長を牽引するのは、国家規模の食料安全保障政策・気候変動への適応必要性・欧州市場への地政学的近接性・そして豊富な太陽エネルギーという、相互に強化し合う複数の要因です。

日本企業にとっての参入視点として、以下の3点を強調したいと思います。

  • ハードウェアよりも「ソフトウェア」に商機あり: 施設・設備の輸出だけでなく、過酷な環境下での栽培管理ノウハウ・AIによる収量予測・病害診断技術など、知識集約型サービスへの需要が大きく高まっています。
  • 政府系ファンドとのパートナーシップを視野に: サウジアラビアのPIF(パブリック・インベストメント・ファンド)やUAEの政府系投資機関は農業技術への投資を積極化しており、日本の農業技術企業にとって官民連携スキームでの協業が現実的な参入経路となります。
  • 北アフリカは「輸出農業」の観点からアプローチ: GCC諸国が食料安全保障に主眼を置くのに対し、モロッコ・エジプトは欧州向け輸出を通じた外貨獲得が主目的です。コールドチェーン・品質管理・EU輸出規制対応という日本の強みを持ち込める分野として、具体的な事業機会を探ることをお勧めします。

2030年を見据えたとき、MENA地域は単なる新興市場の枠を超え、「世界の食卓を支える戦略的農業ハブ」としての地位を確立しつつあります。農業投資の地図は確かに塗り変わっています。このダイナミックな変化の波に乗るために、今こそ参入戦略の検討を始める時ではないでしょうか。

参考文献

  1. Market Data Forecast. (2026). Middle East and Africa Commercial Greenhouse Market Report (2026-2034). https://www.marketdataforecast.com/market-reports/middle-east-and-africa-commercial-greenhouse-market
  2. Yahoo Finance. (2025). Controlled Environment Agriculture Research Report. https://finance.yahoo.com/news/controlled-environment-agriculture-research-report-110100903.html
  3. Food Business MEA. (2025, March 6). North Africa emerges as key investment destination for greenhouses in 2025. https://www.foodbusinessmea.com/north-africa-emerges-as-key-investment-destination-for-greenhouses-in-2025/
  4. Willagri. (2025, March 12). North Africa is the second most attractive area in the world for greenhouses. https://willagri.com/2025/03/12/north-africa-is-the-second-most-attractive-area-in-the-world-for-greenhouses/?lang=en
  5. Rabobank. (2025, February 24). Global greenhouse update 2025. https://www.rabobank.com/knowledge/q011467836-global-greenhouse-update-2025
  6. SDKI Inc. (2025). Agriculture in MENA: Growth Trends and Forecast 2020-2025. https://www.sdki.jp/reports/agriculture-in-mena-growth-trends-and-forecast-2020-2025/78786
  7. Ken Research. (2025). Middle East Greenhouse Market. https://www.kenresearch.com/middle-east-greenhouse-market