深刻化する畜産業の価格変動リスク

日本の畜産業は今、かつてない経営危機に直面しています。令和5(2023)年のデータによると、畜産経営における飼料費の割合は経営費全体の約4~7割を占めており、飼料コストの変動が経営に与える影響は極めて大きくなっています。

さらに深刻な問題は、日本の飼料の多くを輸入に依存しているという構造的な脆弱性です。主要な肥料原料である尿素、りん酸アンモニウム、塩化加里のほとんどを輸入に依存し、配合飼料の原料となるとうもろこしや大豆も、その大半を米国、カナダ、ブラジルなど少数の特定国からの輸入に頼っています。

令和3(2021)年秋以降、中国による肥料原料の輸出検査厳格化やロシアによるウクライナ侵略の影響により、これらの国から日本への原料輸入が円滑に進まなくなりました。その結果、飼料価格は急騰し、畜産農家の経営を直撃しています。このような国際情勢に左右されやすい輸入依存からの脱却、国産飼料への転換による安定経営実現が、今、強く求められているのです。

現状の課題:輸入依存がもたらす経営リスク

配合飼料価格の高騰と特定国への依存

日本の農産物輸入構造を見ると、令和6(2024)年の農産物輸入額は前年比5.4%増の9兆5,461億円に達しました。その中でも、とうもろこし、大豆、小麦の輸入は上位2か国で8~9割を占めるという極端な集中が見られます。

特に小麦については、カナダ、米国、オーストラリアの上位3か国に輸入の99.8%を依存している状況です。このような特定国への過度な依存は、国際情勢の変化や気候変動、輸出規制などが発生した際に、即座に価格高騰や供給不安につながるリスクを内包しています。

畜産経営への深刻な影響

飼料費が経営費の大半を占める畜産業において、飼料価格の変動は経営の存続に直結する問題です。価格高騰により飼料費が増大すると、生産コストが上昇し、利益率が圧迫されることになります。特に中小規模の畜産農家にとっては、価格変動に対する耐性が低く、経営の持続可能性が脅かされる事態となっています。

農業生産資材については、価格高騰や原料供給国からの輸出停滞により安定供給を脅かす事態が生じ、食料安全保障上のリスクが増大しています。このような状況下で、輸入依存度の高い農業生産資材について、未利用資源の活用を始め、国内で生産できる代替物へ転換していくことが急務となっています。

国のセーフティネット:配合飼料価格安定制度

制度の仕組みと補填金の役割

このような価格変動リスクに対応するため、国は**「配合飼料価格安定制度」**を整備しています。この制度は、配合飼料価格の上昇が畜産経営に及ぼす影響を緩和するための重要なセーフティネットです。

制度の基本的な仕組みは、当該4半期の配合飼料価格が直前1年間の平均価格を上回った場合に補填金を交付するというものです。生産者と飼料メーカーがそれぞれ原則1:2の割合で積立を行い、価格高騰時には補填金として農家に還元されます。

価格高騰緊急対策の実施

令和4(2022)年度第4四半期には、配合飼料価格安定制度による補填金とは別に、生産コスト削減等に取り組む生産者に対して補填単価8,500円/トンの補填金を交付する飼料価格高騰緊急対策が実施されました。

さらに、改正基本法において、国の責務として農業生産資材の価格の著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策を講ずる旨が新たに規定されました。これを受けて、農林水産省では肥料価格の動向を調査するとともに、肥料原料価格が急騰し、肥料小売価格の急騰が見込まれる場合は、影響緩和対策を実施する仕組みが整備されています。

国産飼料への転換:持続可能な畜産経営への道

耕畜連携の推進による資源循環

**輸入飼料への過度な依存から脱却する最も効果的な方法が「耕畜連携」**です。耕畜連携とは、耕種農家が生産した国産飼料を畜産農家が利用し、畜産農家が排出する家畜排せつ物を堆肥として耕種農家に還元する、資源循環型の農業システムです。

生産現場においては、耕種農家の生産した国産飼料を畜産農家が利用する取組が増加しています。水田では、水稲の収穫に伴い、稲わらやもみ殻といった利用価値の高い副産物が産出され、家畜の飼料や敷料等の有用な資源として活用されています。また、家畜の飼養に伴い排出される家畜排せつ物は堆肥にすることにより、肥料や土壌改良資材等の有用な資源として活用されています。

農林水産省では、飼料作物を生産する耕種農家への飼料給与情報や飼料分析結果の提供のほか、耕畜連携協議会が行う畜産農家と耕種農家のマッチング活動といった国産飼料の生産・利用拡大の取組を支援しています。

コントラクター組織による飼料生産体制の強化

コントラクターとは、飼料作物の収穫などの農作業を受託する組織のことです。このような組織が地域で機能することで、個々の農家では難しい大規模な飼料生産が可能になります。

農林水産省では、畜産農家と耕種農家の連携、人材確保・育成を通じたコントラクター等の飼料生産組織の運営強化、品質表示による販売拡大、国産粗飼料の広域流通、草地整備による生産性向上等を支援しています。また、飼料生産も含めた地域計画の策定や実現に向けた取組の促進により、国産飼料の生産・利用拡大を推進しています。

飼料用米の利活用促進

主食用米の需要が減少する中、水田を有効活用して飼料用米を生産することは、飼料自給率向上と農地保全の両面で重要です。飼料用米は、とうもろこしと代替可能な栄養価を持ち、玄米として利用することで配合飼料の一部を国産化できます。

国は交付金などの支援も活用して、地域で協力し合って、積極的に飼料作物の導入を推進しています。これにより、輸入飼料への依存度を下げながら、国内の農地を最大限活用することが可能になります。

エコフィードの利用拡大

エコフィードとは、食品製造副産物等を有効活用した飼料のことで、「環境にやさしい(ecological)」や「節約する(economical)」等を意味する「エコ(eco)」と飼料を意味する「フィード(feed)」を併せた造語です。

エコフィードの利用は、食品リサイクルによる資源の有効活用や国産飼料の生産・利用拡大等を図る上で重要な取組です。令和5(2023)年度のエコフィード製造数量は101万TDNtとなり、濃厚飼料全体の5.3%に相当する水準となっています。

農林水産省では、地域の未利用資源を新たに飼料として活用するため、エコフィードの利用を推進しています。食品残渣を飼料化することで、廃棄物削減と飼料コスト低減の両方を実現できる可能性があります。

成功事例に学ぶ:実践的な取り組み

長野県南牧村:コントラクター組織による資源循環型生産

長野県南牧村は冷涼な気候を活かした高原野菜生産と酪農が盛んな地域です。同村で酪農経営を行う二ツ山牧場は、以前は濃厚飼料により高乳量を目指していましたが、飼料価格の高騰もあり、牛への負担を減らすため自給飼料を中心とした低コスト経営への転換を図りました。

平成24(2012)年に同牧場が中心となり、任意のコントラクター組織「ツワインヒルフィードギルド」を設立。令和6(2024)年10月時点で畜産農家4戸、野菜農家9戸から構成されており、飼料用作物の収穫や野菜生産圃場等への堆肥散布作業等を受託しています。

この組織の特徴は、畜産農家で発生した堆肥を村内外の野菜や牧草等の飼料作物の生産圃場へ散布するとともに、野菜農家の圃場で葉物野菜の輪作として青刈りとうもろこしを生産し、地域の畜産農家に供給するなど、畜産農家と野菜農家が連携した資源循環型飼料生産を実現している点です。

この取組により、畜産農家では野菜農家を通じた飼料作物生産農地の確保や堆肥の販売先の拡大等といった効果が得られています。野菜農家も、青刈りとうもろこしとの輪作により葉物野菜の連作障害が低減し、品質も向上するなどのメリットがあるほか、堆肥散布等の農作業を請け負うことにより農閑期の副収入を得られるため、双方にとってwin-winの生産体制が確立されています。

茨城県下妻市:養豚一貫経営による自社ブランド構築

茨城県下妻市の倉持ピッグファウム株式会社は、平成17(2005)年から種豚の生産・販売から、肉豚の繁殖、肥育、そして最終的な豚肉の加工まで自社で一貫して行えるよう経営の多角化を図りました。

同社の最大の特徴は、3か月齢時から出荷するまで地元の飼料用米を中心とした独自の植物性の飼料を用いることで、赤身にはアミノ酸が、脂肪の部分にはオレイン酸が多く含まれるさっぱりとした味わいが特徴の自社ブランドの豚肉を作り上げたことです。

平成28(2016)年には直売所「ぶぅーぶー~豚職人工房~」をオープンし、お客様に直接おいしさを届けています。モモ等の余りやすい部位の肉は、ハンバーグやウインナー等の加工品にして販売するなど工夫しており、近年は商品ラインナップを増やすことにより、ECサイトでの販売に力を入れています。

このように、飼料用米の利用による低コスト化と差別化を実現し、6次産業化により付加価値を高めるという戦略が、経営の安定化に大きく貢献しています。

今後の展望:飼料自給率向上への道筋

飼料自給率の現状と目標

日本の飼料自給率は約25~26%程度にとどまっており、国際情勢に左右されにくい安定的な飼料供給体制の構築が急務となっています。このうち、粗飼料自給率は78%と比較的高い一方で、濃厚飼料自給率はわずか13%程度という状況です。

農林水産省では、限られた農地や労働力を有効に活用し、牧草、青刈りとうもろこし等の国産飼料の生産に立脚した畜産へ転換する必要があるとしています。飼料自給率向上は、単なる経営安定策にとどまらず、日本の食料安全保障の強化にも直結する重要な政策課題なのです。

地域連携と持続可能な経営体制の構築

飼料自給率向上を実現するためには、個々の農家の努力だけでなく、地域全体での連携体制の構築が不可欠です。耕畜連携協議会によるマッチング活動、コントラクター組織の運営強化、飼料生産を含めた地域計画の策定など、地域ぐるみでの取組が求められています。

また、草地整備による生産性向上、国産粗飼料の広域流通、品質表示による販売拡大など、生産から流通までの総合的な支援体制の整備も重要です。放牧は、自らの農場で育てた牧草を活用するため、飼料自給率向上に寄与するとともに、飼料の生産・給与や家畜排せつ物処理の省力化も可能であり、低コストで持続可能な経営モデルとして注目されています。

技術革新とスマート農業の活用

飼料生産の効率化には、技術革新も重要な役割を果たします。スマート農業技術の導入により、飼料作物の生産性向上や作業の省力化が可能になります。ドローンによる圃場管理、AIを活用した生育予測、自動運転トラクターによる作業効率化など、最新技術の活用が期待されています。

また、子実用とうもろこしの生産技術の確立も進んでおり、これまでWCS(ホールクロップサイレージ)として利用されてきたとうもろこしを、子実を収穫して濃厚飼料として利用することで、より高い栄養価を得ることが可能になっています。

輸入依存からの脱却に向けて

畜産業における価格変動リスクへの対策は、短期的なセーフティネットの整備と、中長期的な国産飼料への転換という二つの軸で進める必要があります。

配合飼料価格安定制度や補填金制度といったセーフティネットは、緊急時の経営を守る重要な役割を果たしています。しかし、これらはあくまで対症療法であり、根本的な解決には、国産飼料の生産・利用拡大による輸入依存度の低減が不可欠です。

耕畜連携による資源循環、コントラクター組織の活用、飼料用米やエコフィードの利用拡大、そして草地整備や放牧の推進など、多様なアプローチを組み合わせることで、持続可能な畜産経営の実現が可能になります。

長野県南牧村や茨城県下妻市の事例が示すように、地域の実情に応じた創意工夫と、関係者間の連携により、輸入依存からの脱却と経営の安定化を両立させることができます。

今後、国際情勢の不確実性がさらに高まることが予想される中、日本の畜産業が持続的に発展していくためには、国産飼料の生産基盤を強化し、国際価格変動の影響を受けにくい経営体質への転換が急務となっています。農家、地域、そして国が一体となって、飼料自給率向上に向けた取組を加速させることが求められています。


参考文献

  1. 農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書」第1章第3節「我が国における農業生産資材供給の状況」
  2. 農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書」第1章第4節「輸入の安定化」
  3. 農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書」第2章第4節「消費者の需要に即した農業生産の推進と農業経営の安定」
  4. 農林水産省「令和6年度 食料・農業・農村白書」第2章第5節「農業生産資材の生産・流通の確保と経営の安定」
  5. 農林水産省「配合飼料価格安定制度について」https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/haigou/index.html
  6. 農林水産省「耕畜連携ポータルサイト」https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/shiryo/koutiku_rennkei/portal.html
  7. 農林水産省「エコフィードについて」https://www.maff.go.jp/j/chikusan/sinko/lin/l_siryo/ecofeed.html
  8. 一般社団法人全日本配合飼料価格畜産安定基金「補てん金について」https://www.zennikki.or.jp/
  9. 農畜産業振興機構「飼料価格高騰緊急対策について」
  10. 農畜産業振興機構「飼料国産化から地産地消へ向けた農商工連携~山口県『山口市子実用トウモロコシ利用促進協議会』の取組~」