日本の農業は大きな転換期を迎えています。令和7年2月時点で全国の農業経営体数は82万8千経営体となり、5年前と比べて23.0%も減少しています。農業者の減少・高齢化が進む一方で、1経営体あたりの経営耕地面積は3.7haに拡大し、規模拡大が進展しています。特に注目すべきは、経営耕地面積20ha以上の農業経営体の面積シェアが初めて5割を超えたことです。

このような状況の中、天候不順、価格変動、資材高騰など様々なリスクに直面する農業経営において、単一作物への依存は経営リスクを高めることになります。そこで注目されているのが「複合経営」です。

複合経営とは、稲作を基軸としながら野菜や畜産など複数の部門を組み合わせて経営する手法です。本記事では、実際のデータや事例を基に、複合経営がどのように収益安定化とリスク分散を実現し、持続可能な農業経営を構築するかを詳しく解説します。

コンテンツ 非表示

複合経営とは:定義と5つの重要なメリット

複合経営の定義

複合経営とは、一つの農業経営体が複数の農産物(作目)を組み合わせて生産する経営形態を指します。例えば、稲作を中心としながら、ネギやブロッコリーなどの野菜、あるいは畜産を組み合わせることで、経営の多角化を図ります。

複合経営の5つの重要なメリット

1. リスク分散による経営安定化

単一作物栽培では、天候不順や病害虫の発生、市場価格の暴落により収入が大きく変動するリスクがあります。複合経営では、複数の収入源を確保することで、一つの作物が不作や価格下落に見舞われても、他の作物でカバーできるという大きなメリットがあります。

実際、野菜の産出額は令和5年で2兆3,243億円に達し、農業総産出額の約24%を占めています。野菜価格は変動が大きいため、複数品目を組み合わせることでリスクヘッジが可能になります。

2. 周年雇用の実現と労働力の安定確保

稲作のみの経営では、田植えや収穫時期に作業が集中し、年間を通じた雇用が困難です。しかし、複数の作物を栽培時期をずらして組み合わせることで、年間を通じた作業の平準化が可能になります。

これにより、優秀な労働力を通年で確保でき、従業員の生活も安定します。周年雇用が実現できれば、技術の蓄積も進み、作業効率も向上します。

3. 収入の安定化と増大

複合経営では、年間を通じて複数回の収穫・出荷が可能となり、キャッシュフローが安定します。稲作だけでは年1回の収入ですが、野菜を組み合わせることで毎月収入を得ることも可能になります。また、需要の高い時期に出荷できる作物を選択することで、高単価での販売も期待できます。

4. 経営資源の有効活用

農地、機械、施設、労働力などの経営資源を年間を通じて効率的に活用できます。例えば、稲作用のトラクターを野菜栽培にも利用したり、稲作の閑散期に野菜の栽培・収穫作業を行うことで、設備投資の効率が向上します。

5. 技術の相乗効果と経営力の向上

複数の作物を栽培することで、土壌管理、病害虫防除、肥培管理などの技術が相互に応用でき、総合的な農業技術力が向上します。また、複数の販路を持つことで、市場動向への理解も深まり、経営判断力も高まります。

稲作を基軸とした複合経営パターン

パターン1: 稲作+野菜(露地野菜)

最も一般的な複合経営パターンです。稲作の作業が落ち着く時期に野菜の栽培・収穫を行うことで、労働力と農地を効率的に活用できます。

  • ネギ: 野菜産出額で1,503億円(令和5年)を占める重要品目。秋冬どりと夏秋どりの作型を組み合わせることで、周年出荷が可能。連作障害に比較的強く、機械化も進んでいます。
  • ブロッコリー: 春まきと夏まきの二期作が可能。需要が安定しており、加工・業務用需要も拡大中。機械化による作業効率化が進んでいます。
  • ほうれん草: 春まきと秋まきが可能で、播種から収穫までの期間が短い(40~50日程度)。回転率が高く、キャッシュフロー改善に貢献します。産出額は788億円(令和5年)
  • たまねぎ: 産出額1,273億円の主要品目。貯蔵性が高く、価格が安定している時期に出荷できる利点があります。
  • キャベツ: 産出額1,002億円。春・夏・秋・冬の4作型があり、計画的な栽培で周年出荷が可能です。

パターン2: 稲作+施設野菜

ハウスなどの施設を導入することで、天候に左右されにくい安定生産が可能になります。

  • トマト: 野菜産出額で最大の2,311億円(令和5年)。施設栽培により高品質・高単価での販売が可能。加工・業務用需要も旺盛です。
  • いちご: 産出額2,055億円の高収益作物。観光農園との組み合わせで6次産業化も可能です。
  • きゅうり: 産出額1,413億円。夏秋型と冬春型の作型があり、地域の気候に合わせた栽培が可能です。

パターン3: 稲作+畜産

稲作と畜産を組み合わせることで、耕畜連携による循環型農業が実現できます。

  • 稲わらの有効活用: 稲作の副産物である稲わらを飼料として活用し、畜産から得られる堆肥を水田に還元することで、資材費の削減と土壌改良が同時に実現できます。
  • 飼料用米の活用: 主食用米の需要が減少する中、飼料用米の生産は水田の有効活用と畜産経営の飼料費削減の両面でメリットがあります。

畜産部門では、令和5年の畜産産出額は3兆7,248億円と農業総産出額の39%を占めており、安定した収益源となります。

パターン4: 稲作+野菜+果樹・その他

さらに多角化を進めたパターンです。果樹を加えることで、長期的な収益基盤を構築できます。果実の産出額は令和5年で9,590億円あり、ぶどう、りんご、みかん、なし、もも、柿など地域の気候に適した品目を選択できます。

具体的な事例:埼玉県深谷市をモデルとした複合経営

地域の特性と選定理由

埼玉県深谷市は、ネギ、ブロッコリー、ほうれん草の栽培が盛んな地域で、野菜の生産・出荷体制が整っています。関東地方には、このような近郊農業が盛んな地域が多く存在します。

基本経営モデル(3.2ha単位)

複合経営の基本単位として、3.2haの経営規模を設定します。この規模は、全国平均の1経営体あたり経営耕地面積2.87haを上回り、かつ埼玉県のデータでは3ha以上の経営体が増加傾向にあることから設定されました。

作付計画の詳細

  • ネギ(秋冬どり): 125a(1.25ha)
    作型: 5月定植、10月~翌3月収穫。特徴: 収量が多く、需要期に出荷できる。
  • ネギ(夏秋どり): 75a(0.75ha)
    作型: 3月定植、7月~9月収穫。特徴: 端境期の高単価期に出荷可能。
  • ブロッコリー(二期作): 100a(1.0ha)
    春まき: 3月播種、6月収穫。夏まき: 7月播種、11月収穫。特徴: 加工・業務用需要が大きい。
  • ほうれん草(二期作): 20a(0.2ha)
    春まき: 3月播種、5月収穫。秋まき: 9月播種、11月収穫。特徴: 栽培期間が短く、回転率が高い。
  • 合計: 3.2ha

この組み合わせにより、収穫期の平準化が実現でき、連作障害を回避するための適切なローテーション計画も可能になります。

規模拡大計画(5年間)

1年目・2年目: 各年3.2ha増加
3年目: 6.4ha増加
4年目: 6.4ha増加
5年目: 3.2ha増加

5年目の栽培面積:
ネギ(秋冬どり): 875a(8.75ha)、ネギ(夏秋どり): 525a(5.25ha)、ブロッコリー: 700a(7.0ha)、ほうれん草: 140a(1.4ha)。合計: 約22.4ha

機械・設備の計画的導入

規模拡大に合わせて、機械の稼働率を高める計画的な導入が重要です。

  • 1年目に導入: トラクター30ps、培土専用機(ネギ用)、移植床畦成形機2条、簡易移植器、ネギ収穫機(振動式)、ネギ調整機(ベストロボ)、ネギ選別機(チョイサー)など。
  • 5年目までに追加導入: ネギ収穫機SOFI(4台)、ネギ調整機(追加5台)、ネギ選別機(追加1台)、軽トラ(追加10台)など。

ネギ収穫機や調整機などの高額機械は、5年目の栽培面積(ネギ計14ha)で稼働率が高まるように計画されています。

人員計画と労働力配分

作業時間と必要人数を月別に整理し、機械の作業に必要な人数を確保します。

  • 基本的な考え方: ネギ調整機1台につき作業者2名が必要。繁忙期(定植・収穫期)と閑散期の作業量を平準化し、通年雇用を前提とする。
  • 1年目: 常時雇用2~3名、繁忙期のパート雇用2~3名。
  • 5年目: 常時雇用8~10名、繁忙期のパート雇用5~8名。

周年での作業配分により、優秀な人材の通年雇用が可能になり、技術の蓄積と作業効率の向上が期待できます。

販売戦略

深谷市の農業経営体の出荷先は、農協が41%、地方卸売市場が29%と、市場出荷が主流です。特に地域によっては、地方卸売市場への出荷が62%に達するところもあります。

  • 農協出荷: 手数料約16%。メリットは出荷の安定性と営農指導。
  • 地方卸売市場出荷: 手数料約7.5%。メリットは手数料の低さと機動性。1年目の利益で比較すると、平均で地方卸売市場のほうが約27万円高い結果が出ていますが、価格変動リスクも伴います。

リスク分散の観点から、農協、地方卸売市場、契約栽培、直売など複数の販路を組み合わせることが推奨されます。また、現在では加工・業務用が全体の約6割を占めており、これらへの対応も重要です。

経営収支のシミュレーション

5年目の支出構成は、人件費約60%、販売費等約10%、種苗・肥料・農薬等約10%、賃借料約10%を想定しています。収支見通しとしては、3年目から黒字経営に転換し、8年目で初期投資を回収するモデルとなります。

複合経営を成功させる7つの重要ポイント

1. 栽培技術の継続的な習得

複合経営では複数の作物を扱うため、それぞれの栽培技術を確実に習得することが成功の鍵です。企業による経営継承型農業参入の事例では、指導料を支払うことで継続的に農家から技術指導を受ける仕組みを構築しています。また、データ活用農業を行っている経営体も増加しており、データ分析による技術向上も有効です。

2. 作業の平準化と収穫期の分散

複合経営の最大のメリットである周年雇用を実現するためには、作業の平準化が不可欠です。作型の異なる品目・品種を組み合わせ、播種・定植時期をずらして収穫期を分散させることが重要です。

3. 経営資源の最大活用

限られた経営資源を効率的に活用することで、投資効率を高め、収益性を向上させます。特に農家からの経営継承では、施設・機械の残存価値を買い取ることで初期投資を削減することが可能です。

4. 連作障害への対応

同じ科の作物を連続して栽培すると、土壌病害や生育不良が発生する連作障害のリスクがあります。輪作計画の策定(例:ネギ→ブロッコリー→ほうれん草)により、異なる科の作物をローテーションさせることが必要です。

5. 経営管理能力の向上

青色申告の実施と経営データの記録・分析は、経営改善の基礎となります。また、農業経営改善計画を作成し、認定農業者の認定を受けることで、各種支援措置を受けることができます

6. 販売戦略の多様化

複数の販路を確保し、有利販売を実現することが収益向上につながります。市場出荷だけでなく、輸出への挑戦(農産物の輸出を行っている経営体も増加中)も視野に入れるべきです。

7. 支援制度の積極的な活用

国や地方自治体の支援制度を活用することで、初期投資の負担軽減や経営安定化が図れます。

支援制度と活用方法

認定農業者制度

農業者が作成した農業経営改善計画を市町村等が認定する制度です。令和5年度末時点で21万7千経営体が認定されており、法人経営体に占める割合は87.2%と非常に高くなっています。

農業制度資金

新規就農や規模拡大、施設・機械の導入に必要な資金を、有利な条件で借り入れることができます

  • 青年等就農資金: 45歳未満の認定新規就農者が対象。融資限度額3,700万円、融資期間12年以内、金利無利子、担保無担保
  • 農業近代化資金: 認定農業者などが対象。施設、機械、家畜等の取得に利用可能。
  • 経営体育成強化資金: 前向きな経営展開や運転資金に利用可能。

補助事業の活用

  • 産地生産基盤パワーアップ事業: 高収益作物への転換や新技術の導入を支援。補助率は1/2以内など。
  • 強い農業づくり総合支援交付金: 農産物の生産・加工・流通施設の整備を支援。補助率は3/10以内~1/2以内。
  • 物価高騰対策(重点支援地方交付金): 令和6年度には、農業生産資材費高騰分の直接支援(68.1%)などが行われています。

スマート農業技術の導入支援

データ活用農業や省力化技術の導入に対する支援も充実しています。自動操舵トラクターやドローンなどの導入により、作業効率の向上、労働負担の軽減、品質の安定化が期待できます。

まとめ:複合経営による持続可能な農業経営の実現

日本の農業は、農業者の減少・高齢化、気候変動、資材価格の高騰など、多くの課題に直面しています。しかし、これらの課題は、複合経営という戦略的な経営手法によって克服できる可能性を秘めています。

複合経営の本質は、リスク分散、経営資源の最適配分、周年雇用による優秀な人材確保、そして安定した収益基盤の構築にあります。農業経営体数が減少し続ける中で、法人経営体は増加傾向にあり、1経営体あたりの経営耕地面積も拡大しています。この流れは、より経営的な視点での農業運営が求められていることを示しています。

本記事でご紹介した事例では、3年目から黒字経営、8年目で投資回収という現実的な目標が示されました。成功には、計画的な規模拡大機械の効率的導入作業の平準化、そして地域との連携が不可欠です。また、農家の経営資源(農地、施設、機械、栽培技術)を最大限活用する経営継承という手法は、初期投資の削減と技術習得を可能にし、優良農地の維持にも貢献します。

野菜の需要構造が変化し、加工・業務用が全体の約6割を占める中、輸入依存度の高い作物への転換も推奨されています。需要のある作物を組み合わせ、市場のニーズに応える生産体制を構築することで、収益性の高い農業経営を実現し、日本の農業を次世代へ継承していくことが期待されます。


参考文献

  1. 農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要(概数値)」令和7年11月
  2. 農林水産省「生産農業所得統計」令和5年
  3. 農林水産省「令和5年度 食料自給率・食料自給力指標について」
  4. 農林水産省「農業構造動態調査」令和6年
  5. 農林水産省「認定農業者の認定状況」令和5年度
  6. 農林水産省「野菜をめぐる情勢」令和7年4月
  7. 農林水産省「施設園芸をめぐる情勢」令和6年
  8. 農林水産省「令和6年度農業白書」
  9. 添田信行・稲村肇「企業による経営継承型農業参入のビジネスモデルの開発と参入地域への影響」第58回土木計画学研究発表会・講演集
  10. 全国農業会議所「農業経営の第三者継承マニュアル」2014年
  11. 農林水産省「産地生産基盤パワーアップ事業実施要綱」
  12. 農林水産省「強い農業づくり総合支援交付金実施要綱」
  13. 農林水産省「みどりの食料システム戦略」令和3年5月
  14. 農林水産省「スマート農業推進法」令和4年
  15. 群馬県「農業経営指標」平成27年3月
  16. 埼玉県農林部「企業の農業参入の手引き」
  17. 内閣府「重点支援地方交付金実施計画」令和6年度
  18. 日本政策金融公庫「農業制度資金のご案内」

※本記事は2026年2月時点の情報に基づいています。制度内容や統計数値は変更される場合がありますので、最新情報は各行政機関にご確認ください。