日本の農村地域では、人口減少と高齢化が急速に進行しており、集落の維持や農業の担い手確保が深刻な課題となっています。こうした状況を打開するために注目されているのが「関係人口」という概念です。移住でも観光でもなく、特定の地域と継続的かつ多様な関わりを持つ人々を増やすことで、農村コミュニティの活力を取り戻そうという試みが全国各地で展開されています。

本記事では、農林水産省や国土交通省などの公的資料をもとに、関係人口とは何かをあらためて整理したうえで、都市と農村をつなぐ政策の流れ、農業体験・交流プログラムの効果、そして体験を通じて就農や移住へとつながった先進事例までを幅広く紹介します。農村の未来に関心を持つすべての方に、現状と可能性を知っていただける内容となっています。

関係人口とは/なぜ必要か

概念・段階モデル:農村関係人口の「階段」

農林水産省は「農村関係人口」について、都市部にいながら農村と関わる形から始まり、農村での仕事への関与や継続的な訪問を経て、最終的には生活の拠点を農村に移すまで、徐々に段階を追って農村への関わりを深めていくことで農村の新たな担い手へとスムーズに発展していくと整理しています。

この考え方は「農村関係人口の階段」とも呼ばれ、最初は農村への「関心」を持つことから始まり、農泊や農業体験などを通じた「交流」、援農ボランティアや副業などによる「関与」、二地域居住や移住といった「定着」へと、多様な経路で農村との絆を深めていくことが想定されています。重要なのは、このプロセスが一方通行ではなく、人それぞれのペースやスタイルで進んでいくという複線型アプローチの視点です。

引用:農村関係人口について(農水省HP)

持続可能な農村を創造するためには、都市住民も含め農村地域の支えとなる人材の裾野を拡大することが不可欠であり、農村のファンとも言うべき「農村関心層」を創出し、農村関係人口の創出・拡大や関係の深化を図ることが求められています。

農村人口減少・高齢化の現状

農村が抱える危機の深刻さを示す数字があります。農林水産省の資料によれば、山間農業地域の人口は1995年を100とした場合、2040年には40程度まで落ち込むと推計されており、人口が半分以下になると予測されています。これに対し、都市的地域は同期間でほぼ横ばいを維持する見込みであり、都市と農村の格差がさらに拡大する懸念があります。

また、高齢化も深刻で、山間農業地域では年少人口(15歳未満)が急激に減少する一方、老年人口(65歳以上)の比率が高まる構造が進んでいます。こうした状況は農業生産だけでなく、祭りや農業用排水路の管理などの集落活動の維持にも直接影響します。集落の総戸数が9戸以下になると、農地の保全をはじめとする集落活動の実施率が急激に低下することがデータで示されており、山間農業地域における総戸数9戸以下の集落の割合は2000年から2020年の間に2.3倍にも増加しています。

一方、都市部から農村への人の流れを見ると、国土交通省の調査(令和2年度)では全国の18歳以上居住者(約1億615万人)のうち、約2割弱にあたる約1,827万人が特定の地域を訪問する「関係人口(訪問系)」であると推計されています。また、三大都市圏から地方部へは約448万人が訪問していると見られ、関係人口が全国規模で大きく流動していることが確認されています。

小さな拠点・外部人材の必要性

農村振興の観点から、農林水産省は「農村外部の多様な人材(農村関係人口)の拡大が重要」であると明確に位置づけています。農村内部の人口維持だけでなく、企業の社員派遣や副業の活用、二地域居住、地域おこし協力隊の農業への従事、特定地域づくり事業協同組合制度による農村RMOへの人材派遣など、多様な手段を組み合わせることで、農村の「仕事」と「くらし」の両面から活性化を図る戦略が打ち出されています。

特に「小さな拠点」の形成は、複数の集落機能を補完する農村型地域運営組織(農村RMO)の整備と相まって、農村コミュニティを持続させるための核として期待されています。外部人材が地域のビジョン策定から実践まで関わることで、地域内外の人的・経済的つながりが強化されていくと考えられています。

都市と農村をつなぐ政策の流れ

農業白書が示す多様な交流推進策

令和6年農業白書の第6章第8節では、「都市と農村の交流による農村関係人口の創出と移住の促進」を主要テーマとして取り上げており、近年の政策方向を総括する内容となっています。

内閣府が令和5年9~10月に実施した世論調査では、農村との関わりについて「農村地域との関わりを持っていない」と回答した人が約4割で、約6割が何らかの関わりを持っていることが明らかになりました。また、今後の農村との関わり方として「農村地域の特産品の購入をしたい」と回答した人が約5割に上り、農村への潜在的な関心の高さがうかがえます。

こうした潜在的関心を実際の関係人口へと育てるために、農林水産省は複数の政策を推進しています。

農泊(農山漁村宿泊)の推進は代表的な施策の一つです。農山漁村の活性化と所得向上を図るため、地域における実施体制の整備、食や景観を活用した観光コンテンツの磨き上げ、ワーケーション対応等の利便性向上、国内外へのプロモーション等を支援し、古民家等を活用した滞在施設や体験施設の整備も一体的に進めています。たとえば栃木県大田原市では、農泊を推進する株式会社大田原ツーリズムが約180軒の農家の窓口を担い、100を超える農業体験プログラムを提供しています。令和5年度には延べ約9,400人泊を達成し、関係人口の創出・拡大と地域経済の活性化に貢献しています。

二地域居住の普及・定着も重要な政策方向です。都市住民が農村にもう一つの生活拠点を持つことで、農村への定期的な関与が促進され、将来的な移住への足がかりにもなります。国土交通省の調査でも、関係人口の来訪が多い地域ほど三大都市圏からの移住(転入超過)も多いという相関が確認されており、関係人口が移住の前段階として機能している実態が示されています。

都市農業の振興も都市住民と農業・農村をつなぐ接点として位置づけられています。市民農園や体験農園を通じた農業体験の推進により、都市に住みながら農業に親しむ機会を拡大し、農村への関心を育てることが期待されています。

山村留学(主に都市の小・中学生が農山漁村へ留学する取り組み)の参加者数は、令和5年度に632人と前年度より減少したものの、近年は再び増加傾向にあります。受け入れを始める学校が増加し、家族ごとの留学ケースも増えており、留学を終えた子どもたちが留学先農村と継続的に関わりを持つことで農村関係人口の増加につながることも期待されています。

農業体験・交流プログラムが生む関係人口

滋賀県「しがのふるさと応援隊」に見る農村体験の可能性

農村体験事業が関係人口創出に果たす可能性を示す取り組みとして、滋賀県の「しがのふるさと応援隊」が注目されています。農業体験や農村交流を通じて都市住民が農村に継続的に関わるきっかけを作るこの取り組みは、農村関係人口の創出と地域コミュニティの維持の両面に貢献する事例として評価されています。

参加者が農作業を通じて農家と交流し、地域の文化や景観に触れることで、単なる観光以上の「地域への愛着」が育まれます。こうした継続的な関与が、やがてふるさと納税による応援、ボランティアとしての再訪、さらには移住の検討へとつながる可能性を持っています。農村への「関心」を持った人が「交流」のステップへと進む際の具体的な受け皿として、農村体験プログラムは大きな役割を果たしています。

農林水産省は令和4年度から「農山漁村関わり創出事業」として、潜在的な就農希望者等が農林水産業や地域における様々な活動を体験する「農山漁村体験研修」の場を広げることにより、農山漁村を知ってもらう機会の提供と地域との「関わり」の創出を支援しています。

子ども農山漁村交流プロジェクトの教育的・社会的効果

内閣官房・内閣府、総務省、文部科学省、農林水産省および環境省が連携して取り組む「子ども農山漁村交流プロジェクト」は、都市部の子どもたちが農山漁村に宿泊しながら農林漁業体験や自然体験活動等を行う事業です。

このプロジェクトには、子どもたちの学ぶ意欲・自立心・思いやりの心・規範意識等を育み、力強い成長を支える教育活動という側面があります。農山漁村での宿泊体験活動を推進することで、都市部と地方の子どもたちの交流を通じた相互理解を深めることも重要な目的の一つです。

幼少期に農山漁村での体験を持つことは、成長後も農村への親しみや関心を持ち続ける素地を育てます。農業白書でも指摘されているように、「留学を終えた子供たちが留学先の農村と継続的に関わりを持つことで、農村関係人口の増加につながることも期待される」とあり、子ども時代の農村体験が長期的な関係人口の創出に資することが期待されています。

こうした取り組みは、農村側にとっても「知ってもらう」「来てもらう」という関係人口づくりの第一歩として機能しています。体験を受け入れる農家や地域コミュニティにとっては、都市住民と交流する機会であるとともに、農業や地域の魅力を発信するプラットフォームともなっています。

企業と農村をつなぐ新たな体験型交流

近年では、企業の社員が農村での活動に参加する形の交流も広がっています。青森県弘前市では、JTB・弘前市・ニッカウヰスキー・アサヒビールが連携した「ひろさき援農プロジェクト」が実施されています。企業版ふるさと納税を活用し、全国から企業参加を含むボランティアを募りリンゴ収穫作業を支援するこの取り組みは、農家の人手不足解消と観光を融合した新たな交流の形として注目されています。全国規模での関係人口創出、地域経済の活性化、参加者および受け入れ農家双方のウェルビーイング向上というインパクトを生み出しています。

岡山県真庭市の「GREENable HIRUZEN」では、観光拠点のブランディングに阪急阪神百貨店・両備HDから地域活性化企業人・企業版ふるさと納税を活用した人材受け入れを実施し、多様な専門性の導入により新たな訪問客やリピーターの増加と地域経済の活性化というインパクトを創出しています。

農林水産省は令和6年度に「農山漁村インパクト可視化ガイダンス」を策定・公表しました。これは農山漁村における企業の事業活動や資金拠出・人材派遣が生み出す社会的・環境的なインパクトを可視化することで、企業が自社のマテリアリティ(重要課題)に結びつけやすくし、農山漁村への参入を促進するためのツールです。食料供給基盤である農山漁村の持続可能性は、企業活動の継続性とも深く結びついており、農山漁村の課題解決は企業のマテリアリティとも関わるという視点が打ち出されています。

体験から地域振興・担い手確保へ

農村関係人口事例に見る「関わり」の深化

農村体験が一過性の交流にとどまらず、地域振興や担い手確保へとつながっていく事例が各地で生まれています。農林水産省の「農山漁村体験研修事例集」(令和4年採択)では、農山漁村地域での新たなビジネス創出や外部人材との関わりづくりのモデルが蓄積されており、自走化(行政支援に頼らない継続的な運営)に向けたポイントと課題も整理されています。

農業白書が描く「農村への関与・関心の深化のイメージ図」では、たとえば農泊や農業体験で農村に触れた都市住民が援農ボランティアとして農村の仕事に携わるようになり、二地域居住を経て、最終的には就農するために農村へ生活の拠点を移すというケースが典型的な経路として想定されています。

このように、「関心 → 交流 → 関与 → 定着」という関係人口の段階的な深化こそが、農村の担い手確保と地域コミュニティの再生に向けた最も現実的なルートとなっています。一度きりの農業体験が、リピート訪問、ふるさと納税、副業参加、そして移住・就農へと発展した事例は決して珍しくありません。

新規就農支援と体験の連携:体験から就農・移住へ

農林水産省が推進する新規就農支援においても、農村体験との連携が重要な位置を占めています。就農に先立つ体験・研修の段階を丁寧に支援することで、参入ハードルを下げ、定着率を高める効果が期待されています。

具体的には、農山漁村関わり創出事業において農山漁村体験研修を経て、その後実際に就農・移住に至るケースも生まれています。体験で農家の暮らしや農業の現実を肌で知ることで、漠然とした就農への憧れが具体的な計画へと変わり、地域側も受け入れ候補者として認識していくという好循環が生まれます。

農林水産省の政策方向として、通いによる農業への参画やコミュニティ維持が明記されており、いきなり移住するのではなく、農村に通いながら関係を深めていくプロセスを支援する仕組みが整備されています。地域おこし協力隊の農業への従事や農村RMOへの参画も、外部人材が農村の担い手として定着するための重要なステップとなっています。

農村RMOと関係人口の融合

農村型地域運営組織(農村RMO)は、複数の集落の機能を補完しながら農用地保全活動や農業を核とした経済活動と生活支援を一体的に担う組織です。近年では農村RMOへの関係人口の参画が促進されており、地域外から定期的に訪れる都市住民が農村RMOの活動を担う一員として加わるケースも出てきています。

秋田県にかほ市の横岡集落では、地域運営組織(農村RMO)の取り組みとして、築100年の古民家を改装した「ゲストハウス麓〼(Rokumasu)」を拠点に、農用地の保全や生活支援、地域資源活用等を推進しています。こうした取り組みは住民コミュニティの活性化に寄与するとともに、外部からの関係人口を呼び込む場としても機能しています。

農林水産省は「官民共創の仕組みを活用した地域内外の民間企業の参画促進や地域と企業のマッチング」「都市部や市街地の企業のCSV活動や研修等による持続的な農村への社員の派遣」「官民の副業の促進」など、多様な入口から関係人口が農村に関わり続ける仕組みを打ち出しています。

「デジ活」中山間地域と新たな人材の活躍

農林水産省が推進する「デジ活」中山間地域では、基幹産業である農林水産業の「仕事づくり」を軸として、地域資源やデジタル技術を活用しながら多様な内外の人材を巻き込んで活性化を図る地域を登録し、取り組みを支援しています。デジタル技術を活用したスマート農業の導入や情報通信環境の整備は、都市在住の専門人材が農村の課題解決に遠隔で関わるきっかけにもなっており、新たな形の関係人口を生み出す可能性を秘めています。

また、農林水産省では省内若手有志によるプロジェクトチーム「チーム2050」が「全ての農山漁村に消えない火を灯すプロジェクト」として、地域に根差しながら幅広い農村地域のビジョンの具体化から実現までのプロセスにオーダーメイドで寄り添う「農村寄り添い事業体」という新たな概念に関する政策提言を行っており、関係人口創出の新たなアプローチとして注目されています。

まとめ

都市と農村をつなぐ関係人口の創出は、単なる交流促進にとどまらず、農村コミュニティの維持・再生と農業の担い手確保という、日本の食料・農業政策にとって根本的な課題の解決に向けた重要なアプローチです。

本記事で見てきたように、農村関係人口を創出・拡大するための取り組みは多岐にわたります。農泊・農業体験・農山漁村留学・山村留学・子ども農山漁村交流プロジェクトなどの体験型交流から、企業版ふるさと納税や社員派遣を活用した企業との連携、デジタル技術を活用した新たな関わり方まで、「農村への関心を持ったすべての人に関わる入口を用意する」という複線型アプローチが着実に広がっています。

鍵となるのは、体験を「一度きりの思い出」で終わらせない仕組みです。農村との関わりを段階的に深めていけるよう、体験から就農・移住までを切れ目なく支援するプラットフォームの充実が今後も求められます。また、農山漁村インパクト可視化ガイダンスに見られるように、企業・金融機関を巻き込んだ社会的インパクトの観点から農村支援を「ESGや社会課題解決」として捉え直すことも、持続可能な資金・人材の流入につながる重要な視点です。

国土交通省の調査が示す1,800万人超の関係人口という数字は、農村への潜在的な関心が日本社会に十分に存在することを示しています。この巨大な潜在力を具体的な行動に変えるための政策・事業の工夫が、農村の未来を切り開く鍵となるでしょう。都市に住む私たち一人ひとりが、農村と「つながる」第一歩を踏み出すことが、農村の持続可能性と日本の食の安全保障を支えることにつながっています。

参考文献