近年、燃油価格の高騰と地球温暖化対策の両面から、施設園芸におけるエネルギー転換が急務となっています。トマトやイチゴ、みかんのハウス栽培では冬季の暖房が欠かせませんが、重油依存の経営は原油価格の変動リスクにさらされ続けてきました。この現状を打開する有望な選択肢として、ヒートポンプ(HP)の導入と、さらに進んだ「ゼロエネルギーグリーンハウス(ZEG)」の実証が全国各地で進んでいます。本記事では、施設園芸の脱炭素化をめぐる背景・課題・最新事例を詳しく解説します。

コンテンツ 非表示

なぜ今、施設園芸の脱炭素化が求められるのか

燃油依存のリスクと温室効果ガス排出問題

施設園芸において、冬季の暖房コストとCO₂排出量の削減は喫緊の課題です。国内のハウス栽培では従来、A重油や灯油を燃やす燃焼式加温機が主流でした。しかし、原油価格や為替の変動に直接影響を受けるため、経営の安定化という観点からも燃油からの脱却が強く求められています。

さらに、地球温暖化対策の観点からも見過ごせない現実があります。農研機構らの実証研究によれば、冬場のハウス栽培で収穫されるトマトやイチゴは、その重量と同程度のCO₂排出を伴っているとされており、消費者や流通事業者からも「低炭素農産物」への関心が急速に高まっています。

政策的な後押し:みどりの食料システム戦略

2021年に公表された「みどりの食料システム戦略」は、農業分野の脱炭素化目標を明確に掲げています。同戦略では、2030年までに加温面積の50%をハイブリット型(ヒートポンプ+燃油加温機の併用)へ転換し、2050年までに化石燃料からの完全脱却を実現するという高い目標が示されています。

また、環境省の「地域脱炭素ロードマップ」(令和3年6月決定)や「地球温暖化対策計画」(令和3年10月閣議決定)においても、農業を含む地域全体の脱炭素化支援が打ち出されており、国・地方が連携した施策展開が進んでいます。生産者が活用できる設備導入補助や計画策定支援など、多様な支援ツールが整備されてきています。

みどりの食料システム戦略 施設園芸の目標

  • 2030年まで:加温面積の50%をハイブリット型(HP+燃油加温機)へ転換
  • 2050年まで:化石燃料からの完全脱却を実現

ヒートポンプとは何か:省エネ暖房の仕組み

電力で「熱を運ぶ」技術

ヒートポンプは、電力を使って熱を直接発生させるのではなく、空気中や地中などに存在する熱を集めて運ぶ技術です。この仕組みにより、消費する電力よりも大きな熱量を取り出すことができるため、燃焼式暖房機と比べて大幅な省エネ効果が期待できます。

施設園芸へのヒートポンプ導入は徐々に進んでおり、2015年時点ですでに3万台程度に達したと推測されています。ただし、その多くは冬期の暖房利用に限られており、夏期の冷房・除湿への活用は十分に進んでいないのが現状です。

ハイブリット方式が主流に

ヒートポンプだけでハウス全体の暖房を賄うことは、初期費用が高くつく上に、外気温が低い冬季深夜には室外機に霜が付着して暖房能力が低下する(デフロスト問題)という課題があります。一方、重油暖房機だけでは燃料費の変動リスクを避けられません。

そこで注目されているのが、ヒートポンプによるベース暖房+燃油加温機によるピーク対応を組み合わせたハイブリット方式です。この方法では、導入するヒートポンプの規模を抑えながら、暖房費のトータルコストを削減できます。

ヒートポンプ普及拡大の主な阻害要因

  • 初期投資額の負担が大きいこと
  • 光熱費削減効果が期待に達しないこと
  • 電力基本料金への不満
  • 低温時に暖房能力が低下すること(空気熱源HPの弱点)
  • 冷房・除湿効果が十分に活かされていないこと

先進事例①:佐賀県JA からつ果樹部会のHP導入

ハウスみかん産地での実践

農研機構は、佐賀県唐津市・玄海町のハウスみかん農家を対象に、ヒートポンプ導入の実態と普及要件を詳細に分析しています。この地域では10月から翌6月まで加温が必要であり、HPを導入していない経営体では2023年産で年間平均17.37KL/10aものA重油を消費していたことが明らかになっています。

2012〜2015年度に実施された農林水産省「施設園芸省エネ設備リース導入支援事業」では、全国の施設園芸に17,434台のヒートポンプが導入されました。JA からつ果樹部会もこのリース事業を活用し、ヒートポンプの試験的導入を進めてきました。

普及を促進する5つの要件

農研機構の研究では、産地における聞き取り調査を通じて、HPの導入・定着を促進するための5つの要件が整理されています。

  • ① 後継者のいる若い農業者を対象とすること(長期的投資回収が見込める経営)
  • ② 設備導入・更新の費用負担を軽減すること(補助金・リース等の活用)
  • ③ 技術を試行し、効果を実感できる支援の提供
  • ④ 必要なスキルの習得を助けること(技術指導・研修の充実)
  • ⑤ 燃油加温機と同程度の操作性・利便性を確保すること

同研究は、HPが高額な設備であるため、大規模農家が本格導入するには時間を要すると指摘しつつ、農業経営の規模や持続性を考慮した段階的な支援策の重要性を強調しています。

先進事例②:福島県いわき市・あかい菜園の夏期冷房利用

ヒートポンプを暖房・冷房の両方に活用

施設園芸へのヒートポンプ活用において、特筆すべき先進事例が福島県いわき市のあかい菜園株式会社の取組です。同社は自動車部品メーカーが農業参入した企業で、1.5haのハウスでトマトを養液栽培しています。

あかい菜園では、2つのハウス内に計22台の空気熱源ヒートポンプと12台の重油暖房機をハイブリット形式で設置し、ヒートポンプ優先の暖房を行っています。この結果、周辺のトマト農家と比べて10a当たりの光熱費を20%削減することに成功しています。

夏期の夜間冷房で収量40%増を実現

さらに画期的なのは、東北電力研究開発センターとの共同研究を通じて確立したヒートポンプの夏期夜間冷房利用です。トマトの市場価格が高い9〜10月に出荷するには7月上旬に定植する必要がありますが、定植時期の高温が苗の根付きを悪化させるという問題がありました。

この課題に対し、同社は7〜8月の夜間(19時以降)にヒートポンプを稼働し、ハウスの天窓を閉じて気密性を高め、カーテンを閉めて制御体積を縮小するなど、冷房効率を高める工夫を行いました。その結果、9〜11月の生産量が40%増加し、秀品率が60%から70%以上へ向上したほか、高湿に起因する病害の減少効果も確認されました。

あかい菜園 ヒートポンプ活用成果まとめ

  • 暖房利用:光熱費を周辺農家比 20%削減
  • 夏期冷房利用:9〜11月の生産量 40%増加
  • 秀品率:60% → 70%以上に向上
  • 病害リスク:高湿に伴う病害・苗の欠損を減少

一般普及への課題

ただし、同事例は東北電力研究開発センターとの3年間にわたる共同研究を経てようやく知見を蓄積したものであり、一般の生産者が独自に取り組むには専門知識や人材が不足するという課題があります。電力会社やヒートポンプメーカーとの連携体制の構築が普及拡大のカギとなっています。

最先端の取組:ゼロエネルギーグリーンハウス(ZEG)の開発・実証

ZEGとは何か

施設園芸の脱炭素化をさらに推し進める概念として、ゼロエネルギーグリーンハウス(ZEG:net Zero Energy Greenhouse)の研究開発が注目されています。農研機構農業工学研究部門を代表とするコンソーシアムが環境省の技術開発・実証事業として取り組んでいるプロジェクトです。

ネット・ゼロ・エネルギー・グリーンハウス(Net Zero Energy Greenhouse)

ZEGの基本コンセプトは、以下の3つの要素技術を組み合わせて体系化したものです。

  • ① 高効率施設園芸用ヒートポンプ:農村地域の未利用熱(地下水熱など)を活用し、従来の空気熱源HPの弱点(デフロスト問題)を克服した新型HP
  • ② 波長選択型積層フィルム(内張カーテン):暖房時の保温性能と近赤外光の反射による遮熱性能を両立し、冷暖房負荷の軽減と植物の光合成促進を実現する新資材(東洋紡が開発)
  • ③ 高精度環境計測・制御システム:無駄のない精密な温室環境管理を実現する制御装置

実証成果:CO₂排出量50%削減を達成

令和4〜6年度にわたる実証事業では、千葉大学(トマト)、埼玉県農業技術研究センター(キュウリ)、国分寺洋蘭園(コチョウラン)、イオンアグリ創造(イチゴ)の4サイトで実証試験が実施されました。

その結果、暖房設備を有する施設園芸においてCO₂排出量を従来比50%削減するという目標値を達成しました。さらに高温期における作物収量が15%増加するという付随効果も確認されています。特に三重県のイオンアグリ創造のZEG施設では、従来比70%のCO₂排出削減という高い成果が報告されています。

ZEG実証事業 主要成果(農研機構・環境省, 2025)

  • CO₂排出量削減:従来比 50%削減達成(目標値)
  • 三重いなべ農場(イオンアグリ創造)では 70%削減を達成
  • 高温期の収量:15%増加
  • 収穫物の品質向上を確認
  • 2050年における想定CO₂削減量:年間600万t-CO₂(普及目標)

ZEGの普及目標と事業化計画

国内の施設園芸は約4万haありますが、ZEGの主たる対象は燃焼式加温設備を持つ16,000ha・推定320,000台の燃焼式暖房機の置き換えです。事業化においては、導入コストを従来比1.2倍以内、運転コストを従来と同等以下に抑え、投資単純回収年数8年以内を目標としています。

2026年からは環境制御システムの市販化および水熱源ヒートポンプの試験販売が開始される見込みであり、2028年を目標にZEG全構成要素のワンストップ・パッケージ供給が本格化する計画です。普及が進めば、2050年には累積で7,871万t-CO₂以上の削減効果が見込まれています。

施設園芸経営における燃油費削減の重要性

経営コストに占める動力光熱費の割合

日本施設園芸協会(2024)によるモデル経営分析では、施設園芸における動力光熱費は売上高の約12〜15%を占める主要コスト項目であることが示されています。原油価格高騰・資材費上昇の一方で青果物の販売単価は低迷傾向にあり、施設園芸経営は全体として厳しい状況に置かれています。

高知県安芸市のナス生産農家の事例(分ち合ふ農園・せんとうふぁーむ)では、2022〜2023年の収支データを分析した結果、人権費(約20%)に次いで荷造運賃手数料(約13〜16%)、動力光熱費(約12〜15%)、減価償却費(約6〜9%)が主要費目であることが確認されています。特に動力光熱費は暖冬の年には低下するものの、年次変動が大きく、経営リスクの主因となっていることが浮き彫りになっています。

燃油依存脱却がもたらす経営安定化効果

ヒートポンプ導入によって燃油消費量を大幅に削減することは、単なる環境貢献にとどまりません。原油価格変動リスクを緩和し、経営予測の精度を高めるという経営安定化効果が期待できます。電気代は重油ほど急激な価格変動が起きにくく、再生可能エネルギー由来の電力契約を活用することで、さらに価格安定性を高めることも可能です。

また、ヒートポンプの年間を通じた有効利用(冬の暖房+夏の冷房・除湿)は、電気基本料金の固定費負担を分散し、設備投資回収期間の短縮にもつながります。前述のあかい菜園のように夏期の高価格帯出荷を実現する作型への転換は、収益性向上と設備投資回収の両立という観点から非常に有効な戦略といえます。

今後の展望と生産者が取るべきステップ

段階的な脱炭素化の進め方

施設園芸における脱炭素化は、一足飛びに完全転換を図るのではなく、段階的なアプローチが現実的です。まず現行の燃油暖房機とのハイブリット導入でリスクを分散しながらヒートポンプの効果を実証し、投資回収の見通しが立った段階でZEGへの移行を検討するという流れが推奨されます。

ZEGのような統合システムは確かに高い導入コストを伴いますが、農林水産省・環境省の各種補助事業や、脱炭素目的のESGリース、地域脱炭素推進交付金なども活用できる可能性があります。自らの経営規模・後継者の有無・地域の支援体制を確認した上で、専門家や普及指導員と相談しながら計画を立てることが重要です。

「脱炭素農産物」のブランド価値

ZEG実証事業で実施された大手小売バイヤーへのアンケート調査では、「脱炭素化技術で作られた農産物を販売したい」と回答した割合が非常に高く、大多数のバイヤーが商品のアピールにも活用すべきと回答しています(環境省, 2025)。

将来的には、クルマや家電の省エネ星マークのように農産物にも脱炭素達成度を表示する認定制度の創設が期待されており、脱炭素型農業の実践は単なるコスト削減策を超えたブランド価値の向上と市場競争力の強化につながる可能性があります。

技術革新と産学官連携の加速

ZEGプロジェクトでは、センサーネットワーク技術がIEEE 2992として国際規格に成立するなど、日本の施設園芸技術が国際標準化の分野でも貢献しています。農研機構・大学・企業・電力会社・行政が連携したエコシステムの形成が、技術の普及と経営実装を加速させる原動力となるでしょう。

施設園芸の脱炭素化は、地球環境への責任を果たしながら、生産者の経営安定化と農産物のブランド価値向上という好循環を生み出す大きな可能性を秘めています。今こそ、燃油依存からの脱却を本格的に検討するタイミングといえるでしょう。

施設園芸の脱炭素化:実践のポイントまとめ

  • ハイブリット導入から始める:初期投資リスクを抑えながら効果を実証できる
  • 年間を通じて活用する:冷房・除湿にも使い基本料金を分散・収益性を向上
  • 補助金・リースを積極活用:農水省・環境省・地方自治体の支援制度を確認
  • 専門家・普及指導員と連携:電力会社やメーカーとの協力体制が成功のカギ
  • 脱炭素農産物としてPRする:流通事業者・消費者の関心は急速に高まっている

参考文献

  1. 渡邉真由美・芦田敏文・唐﨑卓也・山口正洋・遠藤和子(2026)「施設園芸におけるヒートポンプ導入と定着の要件―佐賀県JA からつ果樹部会の実践から示唆されるもの―」農業経営研究第63巻第4号, pp.39-. https://www.jstage.jst.go.jp/article/fmsj/63/4/63_39/_pdf/-char/en
  2. 環境省(2025)「施設園芸の脱炭素化に資するゼロエネルギーグリーンハウス(ZEG)の開発・実証」脱炭素技術開発・実証事業成果報告. https://www.env.go.jp/earth/ondanka/cpttv_funds/pdf/db/330.pdf
  3. 農林中金総合研究所(2017)「施設トマト栽培におけるヒートポンプの夏期の冷房利用―いわき市・あかい菜園の取組み―」農中総研 調査と情報 第62号. https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/nri1709re4.pdf
  4. 一般社団法人日本施設園芸協会(2024)「最近の生産コストを反映した施設園芸経営収支のモデル分析事例集および農業用ハウス設置コスト低減事例集」令和5年度みどりの食料システム戦略実現技術開発・実証事業費補助金 事業報告書(別冊3). https://jgha.com/wp-content/uploads/2024/04/TM06-05-bessatsu3.pdf
  5. 環境省(2025)「地域脱炭素の取組に対する関係府省庁の主な支援ツール・枠組み」令和7年6月. https://policies.env.go.jp/policy/roadmap/assets/guidebook/supports-datsutanso-chiiki-zukuri.pdf